人肉と焼肉の夢《Dream Diary 25》
xxxx年05月19日(x)
父が食卓に座っている。傍らに母もいるようだが姿がはっきりしない。私は父と向き合って座っていた。食卓には人肉の料理が並べられている。父も母も私も、人肉を食べるべきではないと思っているが、世界的な食糧危機や人間の倫理観念の変化などの社会情勢から、食べてもいいかなとも思っている。しかしやはり気が進まないので、料理には手が付けられておらず、父は何とも言えぬ困惑した表情をして座っている。かつて、「僕はいざとなったら泥棒でも何でもやって生きて行けばいいと思っている」と書いた詩人の思想家がいたが、それを読んで私は内心共感したことを思い出した。そして、「僕はいざとなったら人肉でも何でも食って生きて行けばいいと思っている」ではどうだろうか?と自問した。私の前に座っていた父が、いつの間にかその詩人に変わっている。人肉を食べなければ私と私の大切な人達が餓死してしまうような状況なら、その時は選択を迫られることに‥‥やっぱり嫌だな。「嫌だよねえ‥キモイねえ‥‥悲しいねえ‥‥」。詩人が呟いている。「人肉を食べるのが嫌なら昆虫を食べましょう」。どこからか聴こえて来たアナウンスに、私はそれこそ虫唾が走るような嫌悪感を覚えた。「昆虫を殺して食べるのは嫌なのに、牛や豚や鳥を殺して食べるのは嫌じゃないの?」。また聴こえて来たアナウンスに、私は心の中で「ケッ!」と叫び、そこから臭って来る底意地の悪さや偽善のようなものに、最も強い嫌悪感を覚えた。おう、いいんだよ! 牛や豚や鳥を殺して食えばいいんだよ! 「焼肉を食べに行かないか?」。詩人が私を焼肉に誘っている。ああいいですね。行きましょう。牛や豚のロースやカルビやタンやレバーやナンコツを食べに行こう。そして私は、両親と三人で囲む食卓に並べられていたのは人肉ではなく、普通の牛や豚の肉だったことに気が付いた。私は網の上の牛ロースやカルビやピーマンをトングでひっくり返し、父と冷えたビールで乾杯をした。父の傍らでは、ビールを三分の一だけ注いだコップを手にした母が微笑んでいる。今度は姿がはっきりと見えた。
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