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【読書ノート】43 「危機の外交 岡本行夫自伝」

◆ 岡本行夫氏は外務官僚を務めた後、政府要職も数多く歴任。日本の外交政策に大きな貢献を行った著名人だがコロナで数年前に急逝した。この自伝では大戦中の自己の両親の話から始まるが、著者の父親が頑迷な農水省官僚で、戦時中は徴兵されロシア語を習得し満州のあの731部隊で勤務していたことを初めて知った。父親の話だけでもかなり読み応えがある。

◆ 著者は非常にバランス感覚に富んだ外交官・政府官僚で以前から多くの人々から高く評価されてきたが、首尾一貫して「アメリカと日米安全保障が日本にとって最重要」といった考えの持ち主で、宗主国(アメリカ)に随時貢献する非常に有能な植民地官吏といった印象。例えば批判の多い「思いやり予算」も全面的に肯定している。橋本首相や小泉首相など歴代の首相から強い信頼を受け適切な政策アドバイスやその実行に関与する反面、民主党や野党の政策に対しては批判的な記述が多い。

◆ 橋本内閣においては沖縄問題担当として60回以上沖縄入りしている。普天間基地の返還・代替地移設問題に関しては、現在の辺野古埋め立てよりも遥に環境的にも優れていると思われる代替案(防衛省の反対でお蔵入り)が紹介されている。

◆ 第一次イラク戦争(湾岸戦争)について筆者は当事者(外務官僚)として日本政府側の混乱と失敗を詳細に描き出しており貴重な記録となっている。筆者たちが懸命に何らかの物的支援を行おうとするが空回りする様子、またクウェート日本大使館がアメリカ人保護に貢献したが全く感謝されなかったことなど、当事者でないと知りえないことが述べられている。以前、手嶋龍一が「一九九一年 日本の敗北」で分析したように、大蔵省(当時)と外務省の二重外交(二重の権力)が大きな足かせとなり、米国政府に大金をムシり取られたにも関わらず何も感謝されないという失態に繋がっていくことが記述を通じて理解できる。(著者は湾岸戦争後に外務省を退職してフリーになる。)

◆ 第二次イラク戦争(イラク戦争)後のイラク復興にも首相補佐官として参加。イラク戦争後の米国のイラク統治の失敗分析は秀逸。日本の占領の成功と比較して、米国政府は様々な失敗や不手際により統治を混乱させた様子が良く理解出来る。これは著者が当事者(アメリカ人)ではないから客観的に分析理解出来るのではないかと思われる。

◆ 著者は政府要職を歴任しアメリカ政府や米軍に全面的に信頼を置く政策を採用してきたが、中国や韓国に対する歴史観はかなりリベラルで、前の戦争は1931年の満州事変から始まっており、中国に対しては侵略戦争であった立場をとっている。これは大陸での戦争は「自衛のため」といった立場を取る日本の保守的な政治家たちとはかなり異なっており、むしろ「左翼」と総称される人々の考えに近い。韓国の慰安婦問題などに関しても、保守層の多数派と異なり極めてバランス感覚に富んだ考察を述べており一読に値する。

◆ 全体的な感想として、著者は極めて有能でまた外務官僚・政府要職として長きにわたり様々なアメリカに関わる日本政府の外交政策活動に従事してきており、この自伝を通読するだけで表に出てこなかった様々な事柄(特に日米同盟に関する)が理解できる。しかしながら、著者のような有能な人材がアメリカの馬鹿げた戦争(第一次・二次イラク戦争)に日本政府と共に翻弄され、その処理に人生の大半を捧げたことは何ともやりきれない感じがする。著者のようなバランス感覚に富んだ優れた政治・外交能力を持った人物は貴重であり、急逝したことが悔やまれる。特に政治家や外務官僚などにとっては、湾岸戦争から現在に至る日米協力関係の詳細を理解する上でもこの自伝は必読書とも言えるのではなかろうか。

(2023年6月19日)


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