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【短編】LTEのハロウィンマーチ

空気がもったりと湿度を含んでいた頃が信じられないほど、乾いた風の吹く夕方だった。雑誌やテレビを見て急いで厚着を始めたような人以外にとって、その日は薄ら寒くて居心地が悪かった。暗くて陽の光の少ない季節が迫ってくると思うと憂鬱だった。気軽に外で本を読めなくなるな。僕は窓から刺す弱弱しい西日に目を細めながらそう思った。窓ガラス越しにノイズのような振動音が聞こえる。

いや。凍える闇の中で孤独に珈琲を啜るのだって悪くない、とも思う。1年にせめて1度くらいは闇夜の不満足が必要な気もするのだ。


どうしても見たい映画を見るために僕は外に出ることにする。黒いコーデュロイのジャケットを羽織って赤茶色のローファーに足を通す。街はすこぶる混雑していた。

「なんだ、スグルじゃないか」
振り向くと背の低い人間がこちらを向いている。いや、こちらを向いているのだろうか。視線の先は定かではない。というのも目の前の奴はオレンジ色の仮面をつけているからだ。

「えっと、失礼だけど君は?」と言う前にその仮面の人は周りの人ごみに流されて消えていった。

**

「先輩、こんなところで何してるんですか?」
振り向くと小柄な女性がこちらを向いている。いや、女性なのだろうか。というのも、目の前の奴はオレンジ色の仮面をつけているからだ。

「えっと、失礼だけど君は?」という前にその仮面は目の前から居なくなった。気に留めたって仕方ないので、忘れたことにする。電車を降りて映画館に向かう。

***

「ねえ、そんなところで何してるの?」

振り向くと筋肉質の人間がこちらを向いている。いや、人間なのだろうか。というのも、目の前の奴はオレンジ色の仮面をつけているからだ。すかさず僕は口を開いた。「君こそ、何してるの?」

目の前の彼あるいは彼女あるいは――は答えなかった。正確には何か返事をしたけれど、まったく質問の答えになっていなかったので僕はもう忘れてしまった。なんだかもう可笑しくて笑ってしまったことだけは覚えている。

その日僕は結局見たい映画を見ることは出来なかった。
窮屈な電車に乗って僕は家路につく。羊雲が綺麗だ。

****

無数の小さなドローンが大きな荷物を大量に街に落としたらしい、ということを後に僕は知る。あの時のノイズのような振動音はどうやらドローンの羽音らしかった。その荷物の中身はF社, G社, そしてT社の3社が合同で制作したカボチャのお面だ。それは暗い場所を見通すことのできる謂わば暗視スコープのようなものらしい。「かつてのランタンのように誰もが持つデバイスにしたい」という意味を込めてジャック・オ・ランタンをモチーフにデザインされた。そしてそのコンセプトを実現するパフォーマンスとして突如として、この街に無料配布されたらしかった。

民衆は目のつり上がったジャック・オ・ランタンを嬉嬉として取り上げて駆け回った。あまりに気持ちが昂ってしまい、好きなように歌い、思うがままに踊った。ある者はフリースタイルを吐き出し、ある者はサックスを吹き乱し、ある者はバケツを雨のように叩く。素敵な音楽と、それほどでもない音楽が交互に聴こえる。

決してあかるいとは言えないような地域の住民たちこそ、大いに歓喜して肩を組みあい輪を作り、ささやかに祝杯をあげた。闇を闇とも思わずに。


仮面の夜はまだ続く。
外は肌寒い。
コートでも羽織ってくればよかった。
寒い。
冬が近づいている。

<了>

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