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フリーライターはビジネス書を読まない

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#ニューノーマル

フリーライターはビジネス書を読まない(1)

フリーライターはビジネス書を読まない(1)

インターネットが普及する前、パソコンでテキストをやり取りできる通信サービスはパソコン通信だった。
「ホスト」と呼ばれるサービス運営業者のホストコンピューターに、電話回線でアクセスする。

アクセスしてしまえば、中身は、誰もが書き込める掲示板のほか、同じ趣味をもつ者どうしが集まるフォーラム、仲間うちだけでテキストをやり取りしたり、チャットもできた。

今のSNSの原型になったサービスは当時からだいた

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フリーライターはビジネス書を読まない(54)

フリーライターはビジネス書を読まない(54)

顧問弁護士がいうことには自宅に戻ってすぐ織田に電話をかけ、北原裕美が入院していることと、病院で妹の早紀子から聞いた話を伝えた。
北原が“白血病”を自称していることは、あまりにもアホらしいから黙っていた。

電話の向こうで、織田が大きくため息をついた。
「弊社の顧問弁護士と相談してみます」
下手をすると、北原に違約金が課せられるかもしれないと思った。契約書の中にも、どちらかに虚偽の申告や不法行為があ

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フリーライターはビジネス書を読まない(53)

フリーライターはビジネス書を読まない(53)

自己破産した女談話コーナーのベンチに腰をおろして待っていると、早紀子が1人で戻ってきた。
「すみませんでした」と頭を下げ「姉は『疲れたから休む』といって、布団にもぐりこんでしまいました」と、呆れたようにいった。
「そうですか……。申し遅れました、平藤と申します。裕美さんとは――」
あらためて挨拶をして、これまでの経緯をかいつまんで説明した。

「裕美の妹で、山本早紀子と申します」
早紀子は再度、て

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フリーライターはビジネス書を読まない(52)

フリーライターはビジネス書を読まない(52)

意外な事実北原から電話で聞いた八尾市民病院の2階ナースセンターで用件を告げ、病室を尋ねる。
201号室。6人部屋の入り口に「北原裕美」の名があった。

「失礼します」
ほかの患者もいるので、声をかけて入る。だが、北原の名札がかかったベッドはカラだった。
トイレかな? 外で待つことにしよう。と、病室を出たとき、北原と鉢合わせした。
「あ…」
「織田さんも心配してました。どうしたんですか?」
「あっち

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フリーライターはビジネス書を読まない(51)

フリーライターはビジネス書を読まない(51)

北原裕美が入院3週間の予定で書き始めた北原の原稿は、インタビューの内容が濃かったことが幸いした。話を膨らませる必要がなく、サクサク書き進めることができたのだ。
本人がいっていたように、本当に波乱万丈な半生だ。それでもまだ30歳。見た目が実年齢よりやや上に見えるのは、きっと苦労を重ねてきたせいだろうと思った。

初稿ができたので、出版社へ渡す前に北原へ送って、内容を確認してもらわないといけない。

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フリーライターはビジネス書を読まない(50)

フリーライターはビジネス書を読まない(50)

出版社と契約3回に分けて録るつもりだったインタビューが1回で終わった。なんと6時間半、北原裕美は自分の半生を一気に語り続けた。

録音した音声を文字に起こす。自分で使うためのテープ起こしだから、一字一句ていねいに起こすことはしない。内容が分かればいい。

出版社にも連絡した。駆け出しの頃からお世話になっている編集者に声をかけて、この案件を引き受けてくれないか打診したところ、前向きな返事がもらえた。

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フリーライターはビジネス書を読まない(48)

フリーライターはビジネス書を読まない(48)

そこは古い文化住宅だったJR八尾駅の改札を出て、線路を右に見ながら歩いて6番目の辻を左に入って、細い道を道なりに行くと見えてくる酒屋とプロパン屋のあいだの路地を入って……。
スマホがナビゲーションしてくれる、便利なサービスはまだない。道順を電話で聞きながら、途中で迷う自信しかなかった。

本当にたどり着けるだろうか。
「こっちのほうが近そうじゃない?」という邪念は、道に迷う原因の上位を占めている。

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フリーライターはビジネス書を読まない(49)

フリーライターはビジネス書を読まない(49)

1回目のインタビュー北原裕美からの原稿依頼を受けたとはいえ、正式な契約は出版社を入れるつもりだったから、まだ書面を交わしていない。そんな状態で書籍の執筆を前提にしたインタビューを始めるのは、いささかリスクが高いと思った。
だが、あるていど原稿を進めておいたら、時間の節約にもなる。そう考えて、インタビューを先にやってしまうことにした。

インタビューの場所は、北原の希望で、またも例の文化住宅だった。

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フリーライターはビジネス書を読まない(47)

フリーライターはビジネス書を読まない(47)

またまた自費出版の原稿依頼その日は広告の初日だったこともあって、水曜日にしては朝から多くの来客があった。
惣菜売り場のバックヤードは開店直後から、通常の商品に加えて、揚げ物の追加がひっきりなしにオーダーされ、トイレに行くヒマすらないほど忙しかった。
やっと勤務時間が終わって店から解放され自宅に帰ってきたが、しばらくはボーッとして、何をする気力もなかった。
タイマーで録画しておいた朝ドラを見ながらウ

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フリーライターはビジネス書を読まない(46)

フリーライターはビジネス書を読まない(46)

試食品ドロボー惣菜売り場で試食品の出し方は、商品によって異なる。
サラダとかマリネは小さなカップに小分けして、使い捨てのスプーンかフォークをつける。トンカツや唐揚げなどの揚げ物は、小さく切って皿に乗せ、横に爪楊枝を置いておく。お客さんは自分で爪楊枝に刺して、味見をするというわけだ。

あくまで試食だから、1人1カップもしくは1カケラと考えるのが道理だろう。でも「タダで食える」と、前回みたいに、わざ

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フリーライターはビジネス書を読まない(45)

フリーライターはビジネス書を読まない(45)

スーパーの店員はこうして常連さんを憶える畑中の私家版を降りた後も、午前はスーパーでバイト、午後は原稿書きという生活を続けていた。生活費が減った繋ぎに、ほんの2~3カ月で辞めるつもりだったのに、気が付けば半年が過ぎ、年末年始の段取りをする時季に差しかかっていた。
すっかり仕事にも慣れ、あとから入ってきたバイトやパートのおばちゃんに仕事の段取りを教える立場としてチーフから頼りにもされ、なかなか辞めづら

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フリーライターはビジネス書を読まない(44)

フリーライターはビジネス書を読まない(44)

有名企業の専務がストーカー!?畑中から預かった原稿を自宅へ持ち帰って、じっくり読んでみた。よく書けているが、そのまま本にするには、やっぱり文章に難がある。
全体に共通語で書いてあるけれど、ところどころに大阪弁の言い回しが混じっている。たぶん本人は気づいてない。

それにしても、内容が凄まじい。売れない私家版を出すより、有名人のゴシップばかり書きなぐっている週刊誌にでも売り込んだら、波及効果でひと財

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フリーライターはビジネス書を読まない(43)

フリーライターはビジネス書を読まない(43)

「ある人を懲らしめたいの」
宴会コンパニオンの派遣をやっているプロダクションの女性経営者と連絡を取って、バイトが終わったあとの午後の時間に、先方の事務所を訪ねることになった。
宴会コンパニオンは、ホテルの宴会場やパーティー会場などで、客に飲み物を勧めたり運んだりして、宴会に華を添える役割だと聞いた。その元締めみたいな仕事をやっているようだ。

事務所は、心斎橋のにぎやかなエリアから少し離れた場所に

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