びす男

30代の元記者。これまで小説などを中心に1200冊以上を読んできました。 旅行記のほか…

びす男

30代の元記者。これまで小説などを中心に1200冊以上を読んできました。 旅行記のほか、「読書メーター」で登録した250字の感想文をそのまま転載します。 大学生時代の書評ブログ 「本と6ペンス」 http://niksa1020book.blog.fc2.com/

マガジン

  • 読書感想

    読んだ本の感想。主に読書メーターから転載。たまに長いものも。

  • 散文

    エッセイです。いい文章を書くために、思ったことを書き散らしています。

  • モルディブ・リッツ滞在記

    モルディブ新婚旅行の記録です。写真、楽しんだこと、考えたこと……など。連載形式で、随時更新。

記事一覧

愛【読書感想】

井上靖は、中学の頃に読書感想文の課題だった。自伝小説を読んだのだが、誰かから「読め」と言われた本を面白く読めたためしはなく、ただ長くて辟易した記憶しか残っていな…

びす男
2か月前
8

グレート・ギャッツビー【読書感想】

華々しい物語だった。影があるから、光は存在感を発する。 「グレート」という題と、侘しい結末。ギャッツビー邸の華やかなパーティーと、彼の薄暗い過去。一途にデイジー…

びす男
2か月前
4

僕の習慣独立宣言

「習慣」は、現代人にとってもっとも大切な武器であるという。 考えてみれば、そのとおりだ。「無意識でしていること」が、暮らしのどれほど大きな割合を支配していること…

びす男
2か月前
7

夜、街頭に照らされた樹が美しくて

それだけで、なんだか得した気分になる。木のシルエットを、暖かみのある 光がぼんやりと縁取っていた。 僕は帰りに立ち寄ったスーパーでシシャモと惣菜を買って、家に帰…

びす男
2か月前

ことばを集めて新聞記者になった話(10)終

おそらく僕は、この眼にやさしくない「言葉の収集作業」を死ぬまで続けるだろう。旅は終わらない。人生が終わらないのと同じように。 ただ、このエッセイは終わらせなけれ…

びす男
2か月前
1

ことばを集めて新聞記者になった話(9)

僕はまとまった休みをとり、晴れて新しい職場に加わった。 転職してどうだったか?ーーよかった、の一言に尽きる。 働き方のメリハリもつき(休日に会社携帯を家に置いて…

びす男
2か月前
14

ことばを集めて新聞記者になった話(8)

迷うことはなかったが、10年近く勤めた会社を辞めるということは、そのこと自体がものすごい恐怖だった。 同僚と職場、ひいては会社に貢献していることで、自分のアイデン…

びす男
2か月前
2

ことばを集めて新聞記者になった話(7)

バスで寝過ごした乗客みたいなものだった。 大学時代の僕が選んだバスは、最初、目的地に向かって快走していた。ところが気がつくと、思わぬ方向へと突き進み始めていたの…

びす男
2か月前
12

ことばを集めて新聞記者になった話(6)

地方勤務を終えて東京で働き始めた。 自由に書き続けていた記者生活は、とたんに官僚的な色彩を帯びていく。失敗は許されなくなり、仕事は「作るもの」から「指示されるも…

びす男
2か月前
11

ことばを集めて新聞記者になった話(5)

記者の仕事は楽しかった。車を乗り回して、ありとあらゆるものを取材した。片側1車線しかない、間に細いワイヤーが張られただけの高速道路で現場に向かうとき、対向車の大…

びす男
2か月前
5

ことばを集めて新聞記者になった話(4)

多くの人がそうである以上に、僕は恋愛において不器用だった。ぶつかって、何度も絶望し、そして最後に一緒に泣いてくれた人が、いま僕の妻になっている。それは文章を書き…

びす男
2か月前
6

ことばを集めて新聞記者になった話(3)

新聞記者となった僕は、まず地方都市に配属された。 研修で伝えられた、「初任地は第二の故郷になる」「地方時代は第二の青春」という言葉は、まったくその通りだった。僕…

びす男
2か月前
4

ことばを集めて新聞記者になった話・リンク集(完結)

びす男
2か月前
1

ことばを集めて新聞記者になった話(2)

僕は名言をかき集めた。 歴史の授業で出てくるような小説や、勉強していた政治や経済、哲学に関する本を中心に読んだ。大学時代の4年間で500冊以上読んで、数千文字の読書…

びす男
2か月前
7

ことばを集めて新聞記者になった話(1)

その本は、実家にある書棚のなかにあった。日の当たらない、薄暗い書庫にあった。ほかの本はよく保存され、つやつやした光をわずかに帯びていたが、その本だけはカバーがな…

びす男
2か月前
3

20240407春のにおい

「春の匂いがする」と、つい先日、会社の若手が言っていた。 きょう朝起きて居間の窓を開いたとき、僕も春の匂いが部屋のなかに流れ込んでくるのを感じた。湿り気と、暖か…

びす男
4か月前
1
愛【読書感想】

愛【読書感想】

井上靖は、中学の頃に読書感想文の課題だった。自伝小説を読んだのだが、誰かから「読め」と言われた本を面白く読めたためしはなく、ただ長くて辟易した記憶しか残っていない。

この本は対照的だ。三つの短編がおさめられ、100ページちょっと。ところがサクッと読めるかと言えば、そうではない。文章が濃密な感じがする。細かい見落としがあるだけで、読んだ感触が大きく損なわれてしまう。

短編はそれぞれ、特徴がある。

もっとみる
グレート・ギャッツビー【読書感想】

グレート・ギャッツビー【読書感想】

華々しい物語だった。影があるから、光は存在感を発する。

「グレート」という題と、侘しい結末。ギャッツビー邸の華やかなパーティーと、彼の薄暗い過去。一途にデイジーを追い続けたギャッツビーと、不貞に走るデイジーの夫。そして、生き残るものと、死ぬもの。

この小説は、対比の構図が随所に仕組まれている。映画で言えば、シャンデリアの明かりと、街灯ひとつない夜道のシーンが反復するようなものだ。読者は必死に目

もっとみる
僕の習慣独立宣言

僕の習慣独立宣言

「習慣」は、現代人にとってもっとも大切な武器であるという。

考えてみれば、そのとおりだ。「無意識でしていること」が、暮らしのどれほど大きな割合を支配していることか。

日々の習慣を思い出そうとして、僕が苦労をしたのも、そのためである。無意識だから、思い出せない。思い出せても、つまらないものに思えてしまうのだ。

朝起きて、まずスマホでSNSを覗く人。郵便受けから新聞を取って読む人。冷たい水を一口

もっとみる
夜、街頭に照らされた樹が美しくて

夜、街頭に照らされた樹が美しくて

それだけで、なんだか得した気分になる。木のシルエットを、暖かみのある
光がぼんやりと縁取っていた。

僕は帰りに立ち寄ったスーパーでシシャモと惣菜を買って、家に帰ってから何をしようか考えていた。たくさんのスーツ姿の人たちとすれ違った。誰かと喋ったり、スマホを操作したりしていた。「都会の夜空に見るべきものなどない」と決めつけているような姿だった。

こういう瞬間に、つい、以前の職場で忙殺されていた時

もっとみる
ことばを集めて新聞記者になった話(10)終

ことばを集めて新聞記者になった話(10)終

おそらく僕は、この眼にやさしくない「言葉の収集作業」を死ぬまで続けるだろう。旅は終わらない。人生が終わらないのと同じように。

ただ、このエッセイは終わらせなければならない。自分の来し方と向き合ったままでは、僕は新しい文章をうまく書き始められない。原稿に終止符を打ち、自分の過去にもケジメをつける必要がある。

どこで読んだのか失念したが、「文章を書く人は、書かないでいるよりも、書いた方が楽だから書

もっとみる
ことばを集めて新聞記者になった話(9)

ことばを集めて新聞記者になった話(9)

僕はまとまった休みをとり、晴れて新しい職場に加わった。

転職してどうだったか?ーーよかった、の一言に尽きる。

働き方のメリハリもつき(休日に会社携帯を家に置いておけるなんて!)、取材と執筆の自由も、裁量もある。

可能性は洋々と広がっている。いまの会社では、ライターは珍しい人材だ。取材・執筆というスキルが一般企業でどう生かせるのか、一緒に探している。

確かに10年後、20年後の自分がなにをし

もっとみる
ことばを集めて新聞記者になった話(8)

ことばを集めて新聞記者になった話(8)

迷うことはなかったが、10年近く勤めた会社を辞めるということは、そのこと自体がものすごい恐怖だった。

同僚と職場、ひいては会社に貢献していることで、自分のアイデンティティの一面はずっと保たれてきたのだ。誰もが忙しく立ち回っているこの職場から退くことは、明確に会社の利益とは反する行為にほかならない。

ただ、心理的に高いハードルを感じて悩んでいたものの、結局解決してくれたのは現実だった。内定が出て

もっとみる
ことばを集めて新聞記者になった話(7)

ことばを集めて新聞記者になった話(7)

バスで寝過ごした乗客みたいなものだった。

大学時代の僕が選んだバスは、最初、目的地に向かって快走していた。ところが気がつくと、思わぬ方向へと突き進み始めていたのだーー僕がやることはただひとつ、「次、停まります」のボタンを押すことだけだった。

眠れなくなって、身体中の関節が重くなった。頭が痛くて、常に熱っぽかった。転職活動を始めた時の僕は、そんな状況だった。平気な顔して仕事をして、人目を忍んで、

もっとみる
ことばを集めて新聞記者になった話(6)

ことばを集めて新聞記者になった話(6)

地方勤務を終えて東京で働き始めた。

自由に書き続けていた記者生活は、とたんに官僚的な色彩を帯びていく。失敗は許されなくなり、仕事は「作るもの」から「指示されるもの」へと比重が移っていった。

取材も、書くことも好きだった。好きだからこそ、降りかかってくる仕事と、自分が書きたい仕事のバランスをとることが、難しくなった。

いろいろな人が、いろいろな話をしてくれた。時には新聞で取り上げられることを期

もっとみる
ことばを集めて新聞記者になった話(5)

ことばを集めて新聞記者になった話(5)

記者の仕事は楽しかった。車を乗り回して、ありとあらゆるものを取材した。片側1車線しかない、間に細いワイヤーが張られただけの高速道路で現場に向かうとき、対向車の大型トラックとすれ違うたびに死を覚悟した。

それ以外には、身の危険を感じることはない程度に平穏で、ときどき嵐のように忙しい日が訪れた。その繰り返しだった。

僕は車の窓を全開にして田舎の道を走ることが好きだった。数十万単位のものを買うのは、

もっとみる
ことばを集めて新聞記者になった話(4)

ことばを集めて新聞記者になった話(4)

多くの人がそうである以上に、僕は恋愛において不器用だった。ぶつかって、何度も絶望し、そして最後に一緒に泣いてくれた人が、いま僕の妻になっている。それは文章を書き続けることとはまた別の、険しい道だった。

でも、本を読んでわかったこともあった。「運命の出会いなどない」ということ。愛情というのは電撃のように自然発生するものではなく、育てるものだということ。そして、それは今のところ、正しい見解のように思

もっとみる
ことばを集めて新聞記者になった話(3)

ことばを集めて新聞記者になった話(3)

新聞記者となった僕は、まず地方都市に配属された。

研修で伝えられた、「初任地は第二の故郷になる」「地方時代は第二の青春」という言葉は、まったくその通りだった。僕はそこで、記者という仕事の基礎を叩き込まれ、そして学生時代おろそかにしていた恋愛を含む、人と関わることの全般を学んだ。

駆け出し記者の日常は慌ただしい。平日休日を問わず、事件事故が起きれば布団から飛び起きて、現場に急行した。丁寧で正しい

もっとみる
ことばを集めて新聞記者になった話(2)

ことばを集めて新聞記者になった話(2)

僕は名言をかき集めた。

歴史の授業で出てくるような小説や、勉強していた政治や経済、哲学に関する本を中心に読んだ。大学時代の4年間で500冊以上読んで、数千文字の読書感想文を300記事書いた。ただそれくらい没頭していて、気がついたらこれくらいの数字になっていた。

読書は趣味であり、ちょっとした勉強であり、自分の人生の基礎を作るための作業でもあった。司馬遼太郎の「燃えよ剣」に熱をあげ、ドストエフス

もっとみる
ことばを集めて新聞記者になった話(1)

ことばを集めて新聞記者になった話(1)

その本は、実家にある書棚のなかにあった。日の当たらない、薄暗い書庫にあった。ほかの本はよく保存され、つやつやした光をわずかに帯びていたが、その本だけはカバーがなかった。表紙のガサガサした感じをむき出しにして、遠慮がちに並んでいた。

小学生の僕がなぜその本を手に取ったのか、今は覚えていない。タイトルも正確には覚えていないが、「名言大全集」とかいうやつだった。出会い、別れ、仕事、死別……といったテー

もっとみる
20240407春のにおい

20240407春のにおい

「春の匂いがする」と、つい先日、会社の若手が言っていた。

きょう朝起きて居間の窓を開いたとき、僕も春の匂いが部屋のなかに流れ込んでくるのを感じた。湿り気と、暖かくなる予感と、少しの埃っぽさ。

春の匂いがするとはいっても、正直なところまだ若干肌寒い。もう少し暖かくなればと思いもするが、最近は気温は一気に上がるものだから、望むべくもないのかもしれない。気がついたら酷暑に見舞われて、冬が恋しくなって

もっとみる