びす男

30代の元記者。これまで小説などを中心に1200冊以上を読んできました。 旅行記のほか…

びす男

30代の元記者。これまで小説などを中心に1200冊以上を読んできました。 旅行記のほか、「読書メーター」で登録した250字の感想文をそのまま転載します。 大学生時代の書評ブログ 「本と6ペンス」 http://niksa1020book.blog.fc2.com/

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  • 読書感想

    読んだ本の感想。主に読書メーターから転載。たまに長いものも。

  • 散文

    エッセイです。いい文章を書くために、思ったことを書き散らしています。

  • モルディブ・リッツ滞在記

    モルディブ新婚旅行の記録です。写真、楽しんだこと、考えたこと……など。連載形式で、随時更新。

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ことばを集めて新聞記者になった話・リンク集(完結)

    • 愛【読書感想】

      井上靖は、中学の頃に読書感想文の課題だった。自伝小説を読んだのだが、誰かから「読め」と言われた本を面白く読めたためしはなく、ただ長くて辟易した記憶しか残っていない。 この本は対照的だ。三つの短編がおさめられ、100ページちょっと。ところがサクッと読めるかと言えば、そうではない。文章が濃密な感じがする。細かい見落としがあるだけで、読んだ感触が大きく損なわれてしまう。 短編はそれぞれ、特徴がある。これはとても勉強になった。 人の機微がよく描かれているのが「結婚記念日」。オチ

      • グレート・ギャッツビー【読書感想】

        華々しい物語だった。影があるから、光は存在感を発する。 「グレート」という題と、侘しい結末。ギャッツビー邸の華やかなパーティーと、彼の薄暗い過去。一途にデイジーを追い続けたギャッツビーと、不貞に走るデイジーの夫。そして、生き残るものと、死ぬもの。 この小説は、対比の構図が随所に仕組まれている。映画で言えば、シャンデリアの明かりと、街灯ひとつない夜道のシーンが反復するようなものだ。読者は必死に目を慣らしながら、物語の起伏に振り落とされないように必死についていく。 大学の頃

        • 僕の習慣独立宣言

          「習慣」は、現代人にとってもっとも大切な武器であるという。 考えてみれば、そのとおりだ。「無意識でしていること」が、暮らしのどれほど大きな割合を支配していることか。 日々の習慣を思い出そうとして、僕が苦労をしたのも、そのためである。無意識だから、思い出せない。思い出せても、つまらないものに思えてしまうのだ。 朝起きて、まずスマホでSNSを覗く人。郵便受けから新聞を取って読む人。冷たい水を一口飲む人。テレビをつける人。どれも何気ない行動だが、しかし一日の滑り出しを決定的に

        • 固定された記事

        ことばを集めて新聞記者になった話・リンク集(完結)

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        • モルディブ・リッツ滞在記
          10本

        記事

          夜、街頭に照らされた樹が美しくて

          それだけで、なんだか得した気分になる。木のシルエットを、暖かみのある 光がぼんやりと縁取っていた。 僕は帰りに立ち寄ったスーパーでシシャモと惣菜を買って、家に帰ってから何をしようか考えていた。たくさんのスーツ姿の人たちとすれ違った。誰かと喋ったり、スマホを操作したりしていた。「都会の夜空に見るべきものなどない」と決めつけているような姿だった。 こういう瞬間に、つい、以前の職場で忙殺されていた時期を思い出してしまう。本を楽しむ余裕がなくなり、やがて肌や嗅覚で感じる季節の変化

          夜、街頭に照らされた樹が美しくて

          ことばを集めて新聞記者になった話(10)終

          おそらく僕は、この眼にやさしくない「言葉の収集作業」を死ぬまで続けるだろう。旅は終わらない。人生が終わらないのと同じように。 ただ、このエッセイは終わらせなければならない。自分の来し方と向き合ったままでは、僕は新しい文章をうまく書き始められない。原稿に終止符を打ち、自分の過去にもケジメをつける必要がある。 どこで読んだのか失念したが、「文章を書く人は、書かないでいるよりも、書いた方が楽だから書いているのだ」という文に触れたことがあった。30年以上生きて分かったが、どうやら

          ことばを集めて新聞記者になった話(10)終

          ことばを集めて新聞記者になった話(9)

          僕はまとまった休みをとり、晴れて新しい職場に加わった。 転職してどうだったか?ーーよかった、の一言に尽きる。 働き方のメリハリもつき(休日に会社携帯を家に置いておけるなんて!)、取材と執筆の自由も、裁量もある。 可能性は洋々と広がっている。いまの会社では、ライターは珍しい人材だ。取材・執筆というスキルが一般企業でどう生かせるのか、一緒に探している。 確かに10年後、20年後の自分がなにをしてどうなっているかは、まったく見えなくなった。でも、前の会社に勤めていた時に見え

          ことばを集めて新聞記者になった話(9)

          ことばを集めて新聞記者になった話(8)

          迷うことはなかったが、10年近く勤めた会社を辞めるということは、そのこと自体がものすごい恐怖だった。 同僚と職場、ひいては会社に貢献していることで、自分のアイデンティティの一面はずっと保たれてきたのだ。誰もが忙しく立ち回っているこの職場から退くことは、明確に会社の利益とは反する行為にほかならない。 ただ、心理的に高いハードルを感じて悩んでいたものの、結局解決してくれたのは現実だった。内定が出て、条件を踏まえて妻と相談し、僕は受諾した。あとは会社に辞めると告げるしか道はない

          ことばを集めて新聞記者になった話(8)

          ことばを集めて新聞記者になった話(7)

          バスで寝過ごした乗客みたいなものだった。 大学時代の僕が選んだバスは、最初、目的地に向かって快走していた。ところが気がつくと、思わぬ方向へと突き進み始めていたのだーー僕がやることはただひとつ、「次、停まります」のボタンを押すことだけだった。 眠れなくなって、身体中の関節が重くなった。頭が痛くて、常に熱っぽかった。転職活動を始めた時の僕は、そんな状況だった。平気な顔して仕事をして、人目を忍んで、コンビニのアイスクリームを何本も食べて頭を冷やした。 育ててもらった会社を去ろ

          ことばを集めて新聞記者になった話(7)

          ことばを集めて新聞記者になった話(6)

          地方勤務を終えて東京で働き始めた。 自由に書き続けていた記者生活は、とたんに官僚的な色彩を帯びていく。失敗は許されなくなり、仕事は「作るもの」から「指示されるもの」へと比重が移っていった。 取材も、書くことも好きだった。好きだからこそ、降りかかってくる仕事と、自分が書きたい仕事のバランスをとることが、難しくなった。 いろいろな人が、いろいろな話をしてくれた。時には新聞で取り上げられることを期待して。時には親密さの証として。もう習い性になっていたから、話を聞いたら、すぐに

          ことばを集めて新聞記者になった話(6)

          ことばを集めて新聞記者になった話(5)

          記者の仕事は楽しかった。車を乗り回して、ありとあらゆるものを取材した。片側1車線しかない、間に細いワイヤーが張られただけの高速道路で現場に向かうとき、対向車の大型トラックとすれ違うたびに死を覚悟した。 それ以外には、身の危険を感じることはない程度に平穏で、ときどき嵐のように忙しい日が訪れた。その繰り返しだった。 僕は車の窓を全開にして田舎の道を走ることが好きだった。数十万単位のものを買うのは、その車が初めてだった。 仕事の合間を縫って温泉に足を伸ばした。いつ鳴るとも知れ

          ことばを集めて新聞記者になった話(5)

          ことばを集めて新聞記者になった話(4)

          多くの人がそうである以上に、僕は恋愛において不器用だった。ぶつかって、何度も絶望し、そして最後に一緒に泣いてくれた人が、いま僕の妻になっている。それは文章を書き続けることとはまた別の、険しい道だった。 でも、本を読んでわかったこともあった。「運命の出会いなどない」ということ。愛情というのは電撃のように自然発生するものではなく、育てるものだということ。そして、それは今のところ、正しい見解のように思う。 「星の王子さま」に書かれていた言葉が、僕は一番のお気に入りだ。でも、ほか

          ことばを集めて新聞記者になった話(4)

          ことばを集めて新聞記者になった話(3)

          新聞記者となった僕は、まず地方都市に配属された。 研修で伝えられた、「初任地は第二の故郷になる」「地方時代は第二の青春」という言葉は、まったくその通りだった。僕はそこで、記者という仕事の基礎を叩き込まれ、そして学生時代おろそかにしていた恋愛を含む、人と関わることの全般を学んだ。 駆け出し記者の日常は慌ただしい。平日休日を問わず、事件事故が起きれば布団から飛び起きて、現場に急行した。丁寧で正しい取材があってはじめて、多くの人に伝えるに値する情報が届けられる。それが記者稼業の

          ことばを集めて新聞記者になった話(3)

          ことばを集めて新聞記者になった話(2)

          僕は名言をかき集めた。 歴史の授業で出てくるような小説や、勉強していた政治や経済、哲学に関する本を中心に読んだ。大学時代の4年間で500冊以上読んで、数千文字の読書感想文を300記事書いた。ただそれくらい没頭していて、気がついたらこれくらいの数字になっていた。 読書は趣味であり、ちょっとした勉強であり、自分の人生の基礎を作るための作業でもあった。司馬遼太郎の「燃えよ剣」に熱をあげ、ドストエフスキーの「罪と罰」に思想の恐ろしさを覚えた。 本を読むとき、「次のページに、もし

          ことばを集めて新聞記者になった話(2)

          ことばを集めて新聞記者になった話(1)

          その本は、実家にある書棚のなかにあった。日の当たらない、薄暗い書庫にあった。ほかの本はよく保存され、つやつやした光をわずかに帯びていたが、その本だけはカバーがなかった。表紙のガサガサした感じをむき出しにして、遠慮がちに並んでいた。 小学生の僕がなぜその本を手に取ったのか、今は覚えていない。タイトルも正確には覚えていないが、「名言大全集」とかいうやつだった。出会い、別れ、仕事、死別……といったテーマごとに、偉人や小説、映画などの名言がいくつも紹介されていた。 それは、本が好

          ことばを集めて新聞記者になった話(1)

          20240407春のにおい

          「春の匂いがする」と、つい先日、会社の若手が言っていた。 きょう朝起きて居間の窓を開いたとき、僕も春の匂いが部屋のなかに流れ込んでくるのを感じた。湿り気と、暖かくなる予感と、少しの埃っぽさ。 春の匂いがするとはいっても、正直なところまだ若干肌寒い。もう少し暖かくなればと思いもするが、最近は気温は一気に上がるものだから、望むべくもないのかもしれない。気がついたら酷暑に見舞われて、冬が恋しくなっている自分の姿が思い浮かぶ。 今週は土曜日も日曜日も予定がなくて、家でだらだらし

          20240407春のにおい