祖父との思い出
今日は節分ですね。
我が家では、玄関、神棚、トイレに豆を撒きました。
ちなみに、うちの掛け声は
と言います笑
小さい頃から、祖父と一緒にやっていた豆まきですが、訛りが酷く、後半何を言っているのか分からなかったので、
ニュアンスで「○☆%?□ っとめろ〜!!」
と濁していました笑
今年は、ちゃんと祖母に「あれはなんて言っていたの?」と確認をとり、しっかり大声で叫びました笑
祖父は、一昨年他界し、昨年は私が実家にいなかったので、今年は初めて、1人で実家の豆まきを行いました。
割と大きくなるまで、祖父と豆まきをしていた思い出がありますが、いつからか、「寒いからいいや」と断るようになり、
姉と3人から、2人、そして、祖父1人でやるようになっていました。
最後に一緒にやったのはいつだっただろう。
どうして「寒い」だけの理由で、断ってしまったのだろう。
と少し後悔した、今年の節分でした。
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祖父が亡くなった時、今思えば、既に私はうつ気味で、実感も湧かなければ、
親戚の中で1番末っ子という役割からか、泣くより、「いつも通り」を提供しなければと必死でした。
そんなこんなで、「1番近くにいる時間が長かったぶん、私が1番泣くんだろうな」という予想とは裏腹に、
思い切り泣くタイミングを逃し、今も身体のどこかに、その時の涙が溜まっているのではないかとすら、感じます。
人は、きちんと泣けるタイミングで、泣かなければいけません。
堪えてしまった涙は、行き場をなくし、気持ちの中に迷い込んで、濁って、どす黒い何かとして、たまに牙を剥きます。
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そういうわけで、きちんと祖父の死と向き合えず、約2年。
私の中で燻っていた感情が、まさか「豆まきのあの濁していたフレーズ」という形で、出現するとは思わず、
ただ一心不乱に、あの時はわからなかったフレーズもハッキリと大声で、発音しながら豆をまいたのでした。
ちなみに、祖母曰く、
母には、「そんなフレーズ聞いた事ないし、お隣に聞こえるから普通に静かにやっていいよ」
と言われたのですが、私はどうしても、亡き祖父と豆まきをしたかったので、おとなりに聞こえるレベルで豆まいてやりました。
もはや私が鬼なのでは。
でも、豆まきは大声でやらないと意味が無いらしいよ。
じーちゃん、私やってやったぜ!(?)
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