マガジンのカバー画像

短編小説

50
運営しているクリエイター

#短編小説

【短編小説】式歌を弾く者

【短編小説】式歌を弾く者

「郷田満子ちゃん家には、ピアノがあるぞ。それが、どんなに羨ましいことであるのか、お前には分かるまい」
「分からんの」
「それもの、アップライトピアノじゃのうてグランドピアノじゃ」
「どう違うのか」
「第二音楽室にある、ちっさい、四角いピアノがアップライトでのー、第一音楽室やら体育館のステージやらに置いてある、奥行きのある、でっかいんがのー、グランドじゃ」
「お前、なんでそんな事に詳しいんじゃ」

もっとみる
【短編小説】団子屋の息子のこと

【短編小説】団子屋の息子のこと

 いつも必ずお代わりし、時には、誰かが残した給食まで頂こうとするカナコに異変があったのを、わしは先週から気づいていた。
 給食半ばで人目を盗んで、カナコはパンを半分に千切り、その半分をプリントに包み、机の中に突っ込む。本人だけ知られてないつもりでおるが、カナコより後ろの席の者は、とうに気づいておった。ただ、そんなこと言うても、カナコが大騒ぎするだけで面倒くさいので、だれも何も言わんだけじゃった。

もっとみる
【短編小説】母、逃げる

【短編小説】母、逃げる

「サッちゃん。ちょっと」
 振り返ると、人混みの中にしのぶさんが立っていた。今日は祭りなんで神社の白い半被を着ている。
「あ。こんばんは」
 しのぶさんは、うちのお母さんの親戚だ。姪とかいってたっけ。この神社に嫁に入った。お母さんが出て行ってから、親戚同士はなんとなく疎遠になっていったけど、しのぶさんだけは、今も何かと私を気にかけてくれている。
「ちよっと、いいかな」
 しのぶさんがまた言う。側に

もっとみる
【短編小説】再会

【短編小説】再会

 アパートのドアを開けると、駅前の駐在さんが立っていた。
「ああ、ヨッちゃん。朝早うからすまんの」
「なんですか」
 昨日も出歩かず、家で飯を作って食った。酒は飲まない。だから、喧嘩も随分ご無沙汰だ。
「実はの、ちょっと確かめたいことがあっての。この人、知っちょるか」
と、住所と人名の書かれた紙を渡される。
「・・・」
「いや、県警から問い合わせがあっての」
「親父ですが」
紙を突き返そうとしたが

もっとみる
【短編小説】相良

【短編小説】相良

 結局、氏神様にお詣りできたのは、大学4年の夏休みだった。地方の高校からまぐれで入れた医学部は、講義全てで自分の学力のなさが痛感させられた。1年は、授業準備とその理解、テストやレポートに明け暮れた。
 長い石段を登りなら、左手を見る。遠く見渡せていた景色は、今ではマンションの壁に遮られている。登り切ると、狭い境内に出る。正面に本殿。右に回り込むと、小さいながら舞殿があって、その奥が社務所だ。
 社

もっとみる
【短編小説】まんが道・その2

【短編小説】まんが道・その2

 研ちゃんが電器店にやってきたのは、漫画のノートを幸子に渡した翌日だった。恐らく学校でそれを見て、ひと晩考えて、ここにやってきたのだろう。
 名前は幸子から聞いて知っていた。昔の俺に劣らぬ漫画馬鹿であると。作品を見て、ああ確かに馬鹿野郎だと、懐かしく嬉しかった。
「健ちゃんさんですか。こんにちは。山本研二と申します」
そう言って、もうひとりのケンちゃんは、俺の描いた"赤マント"のノートを机に置く。

もっとみる
【短編小説】家出

【短編小説】家出

 家を出て、頼るところもなくて、結局、駅でひと晩明かした。始発で東京に出ようかと思っていた。
 それなのに夜が明けて、始発が来ても乗れなかった。勤め人の人とか通学の生徒さんやらがだんだんに増えてきて、駅を離れた。
 行くところがなくて、結局木村電器店の前にいた。親父さんが店を開ける時、私に気づいて店に入れてくれた。いきさつを話して、朝ご飯をいただいて、奥の部屋で寝かせてもらった。気を遣って幸子ちゃ

もっとみる
【短編小説】丸出だめ夫

【短編小説】丸出だめ夫

 今日はタツが休みじゃった。どうせまた、父ちゃんの手伝いさせられとんのじゃろう。と、思っていると。
「まずいのー! なんじゃこれ。人の食うもんじゃねえど」
まあた始まった、相良の給食クサシが。旨かろうが不味かろうが、黙って食え。バカモンが。まあ、確かに、そんなに旨くはないけどな。

 ヒジキの煮物に、ナスと竹輪と豆が入っている。あと微かな肉片。

 それがオカズ。あとコッペパンとマーガリン、脱脂粉

もっとみる
【短編小説】母帰る

【短編小説】母帰る

 見たのは三度目だった。
台風で、山田川の堤防が崩れて、後少しで決壊しそうになった。それをコンクリートで固める護岸工事があって、今、川に以前の面影はもう残っていない。次には老朽化した橋を架け替えると、もっぱらの噂だった。
 それが証拠に、護岸工事で集まってきた労務者たちの多くは、近くの安アパートを引き払わず住み続けている。
 ワシはこの橋に愛着があった。この春、学校の宿題で、幸子と橋の由来について

もっとみる
【短編小説】さえ子

【短編小説】さえ子

「やっと仕事が決まったんに、もう辞めるちゅうの」
お母ちゃんは、ため息をついて、天井を見上げる。
「定時制高校に行きたいんじゃ」
ずっと考え考えして、今日やっと言えた。言ってしまえば、もう後戻りはできない。
「定時? 夜学か。行ってどうするんじゃ。銀行員にでもなるつもりか。アホらし。そんなんなれるか」
「別に銀行員にならんでもええよ。簿記とかの勉強をして、ちゃんとした会社にはいりたいんじゃ」
「あ

もっとみる
【短編小説】神楽舞

【短編小説】神楽舞

 夏祭りの夜に境内でその勝負は始まった。
 晩方、俺は神楽が見たいというカナコんところの清子婆さんと神社に来ていた。一緒に行くはずだったカナコは、熱を出して寝込んでいる。カナコの母ちゃんに頼まれて、俺が行くことになったのだ。
「タツ、すまんのう」
「なんの。カナコには借りがあるけえの。それより、御神楽が今年で終い言うんは本当か」
「神社の修繕があるちうからの。おう、タツの親父も大工で入っとるらしい

もっとみる
【短編小説】橋

【短編小説】橋

 山田川にかかる木橋の側に立つ。欄干に付いている橋の名前のプレートを雑巾でゴシゴシ拭いた。
花容橋。
「なんて読むんじゃ」
「カヨウバシかの」
「ええ名前じゃ。初めて知った。どういう意味じゃろ」
「知らんわ」
幸子はそう言って写真を撮る。
春休みの宿題が、"町を調べよう"だった。
中学3年に上がると、クラス替えに伴って、教師集団の人員も変わる。2年で英語を教えていた先生が3年でも教えるかはわからな

もっとみる
【短編小説】町田さん

【短編小説】町田さん

 駅のトイレで化粧を直して、帰りの電車に乗った。結婚相談所のある駅から四つ目が私の駅だった。
「入会ご希望の際は、いつでもお電話くださいね」
係の女性はニッコリ笑って言った。
私は心が疲れていた。
34で、前の恋愛が不倫で、そんなことを真面目に洗いざらい喋ってしまったからだ。
嘘でもよかったんだ。
適当な嘘を言って、その質問をやり過ごせばよかったんだ。
それさえ思いつかない、自分の融通のなさが、機

もっとみる
【短編小説】三婆

【短編小説】三婆

 八百青のハルさんがまだらボケになったのを、うちの婆さんと、仲良しの清子さんは大変心配している。三人とも八十超えているので、次は我が身と思うのか、二人はハルさんの病状にとても関心があるのだ。
「ハルさん。なんぼボケたいうても、ずっと家におったら、ようなかろう」
「ハルさんには皆んな世話になった癖に、ボケてしもうたら知らん顔じゃあ、あんまり酷かろう」
「じゃの」
と二人で僕の顔を見る。無事医大に合格

もっとみる