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短編小説

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#短編小説

【短編小説】うばすて

【短編小説】うばすて

 おばあちゃんは赤ちゃんだ。なんにも一人ではできない。歩くのも、ごはんを食べるのも、おふろにはいるのも、うんちするのも、みんなお母さんに助けてもらう。ときどきいなくなって、夜中におまわりさんから電話がきたりする。お父さんは交番にすっとんでいって、おばあちゃんをカクホして帰ってくる。おばあちゃんがいない間、お父さんもお母さんもお姉ちゃんもみんながシンパイする。あたしだってシンパイする。でも、心のどこ

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【短編小説】罠

【短編小説】罠

   1

 ええ、ずうっと先まで蜜柑畑でした。よく覚えています。私は二、三個失敬してモグモグやっていました。そうして自動車が一台、やっと通れるくらいの道を歩いていたんです。朝から、なにも食べていませんでした。しかし、だからといってそんなに腹が減っていたわけでもないんです。
 ただ蜜柑が生ってっていたから食べていた。

   2

 女の子はびっこを引いていました。
 華奢なその体は、背中のランド

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【短編小説】新釈「山の人生」

【短編小説】新釈「山の人生」

   序

 今では記憶している者が、私の他には一人もあるまい。三十年あまり前、世間のひどく不景気であった年に、西美濃の山の中で炭を焼く五十ばかりの男が、子供を二人まで、鉞(まさかり)で斬り殺したことがあった。
 女房はとくに死んで、あとには十三になる男の子が一人あった。そこへどうした事情であったか、同じ歳くらいの小娘を貰って来て、山の炭焼小屋で一緒に育てていた。その子たちの名前はもう私も忘れてし

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【短編小説】バット

【短編小説】バット

 僕たち兄弟が野球チームに入れてもらえるのは、全くバットのおかげだった。草野球で必要なのは、まずボール。次にバット。グローブは三番目。のはずなのだが、なぜか近所にグローブを持っているやつはいても、バットを持っているやつはいなかった。なるほど、人数が集まらなければ、野球の試合はできないし、家の前の道路でやれることといったらキャッチボール。(車なんか、滅多に通らなかった)だから親に買ってもらうのは、ボ

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【短編小説】ブルーライト・ヨコハマ

【短編小説】ブルーライト・ヨコハマ

「いしだあゆみ」が歌う「ブルーライト・ヨコハマ」が大ヒットしていた。保育園児の僕も大声で歌った。歌詞の意味なんかどうでもよかった。爺さんも婆さんも子供も大人も皆が歌った。歌とはそういうものだった。
 僕は港でよくこの歌を歌った。時間つぶしに。何回何回も歌って、時間が経つのを兄と待った。
 母が男を家に引き入れて、それからお小遣いを兄に渡して、自分の腕時計を僕に渡す。
「二時間したら帰っておいで」

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【短編小説】食卓

【短編小説】食卓

 ゆっくりと左足を上げる。軸になる右足は、投げる方向につま先が直角になるよう踏み込んでいる。後ろに引いた右手の肘は、これも直角に曲げ、肩より下げない。投げる方向にグラブをはめた左手がまっすぐに伸びている。小指は上を向き、掌は外に向いている。胸を張り、腰を切り、肘からしなるように投げる。右手は、時計の2時の高さから7時の低さに振られていく。同時に左手は体に引きつけ、投げ終わった後、肘が三角に体の後に

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【短編小説】電話

【短編小説】電話

この作品は、拙作「サンドイッチとウィンナー」で、小説内小説として使ったものです。元々は、一つの短編として書いたものなので、それとはラストが違っています。作者としては思い入れがある作品なので、元の形で公開したいと思います。お読みになる方は、そういう事情ですので、ご寛容くださいませ。     
          潮田クロ

 学帽を被った兄はずっと外ばかり見ていた。小学校三年生だった僕は、あの学帽を

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【短編小説】卒業

【短編小説】卒業

 あのころ、イケとヤナギは必死に逃げていた。つかまってボコられるときの痛さはハンパないから。ヤマのパンチに強れつだ。
 たまたまそれを見てた下級生は青くなって先生に言いつける。すると担任の洋子先生に、三人は呼び出しをくらう。

 ヤマは平気だ。遊びでーす、って言えばいいと思ってる。まだしつこく先生が聞いてきたら、誰がそんなこと言ったんすか。教えてくださいよ。会ってゴカイをときたいんすけど、て言う。

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【短編小説】うどん屋

【短編小説】うどん屋

 町田さんの手術は明日の午前11時からだそうだ。
「どうか。不安か」
レースのカーテンを開けながら町田さんに訊いてみる。四階の窓からは、午後の青空がよく見えた。
「そうねえ。体切るの初めてだし」
天井を見ながら町田さんが言う。
 10年ぶりの再会だった。町田さんの旦那さんから、会いたがっているので、お見舞いに来てもらえないだろうか、と連絡をもらった。
 自分のような人間が。迷惑でしょうと言うと、重

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【短編小説】八百青

【短編小説】八百青

 八百青の源さんは今年五十になる。母が言うのだから間違いない。母は子供の頃、八百青によく使いにやらされて、二つ上の源さんに会うのが嫌だったそうだ。
 三年前、商店街の近くに大型スーパーができて、まず魚屋が店を閉めた。次には肉屋が。そして酒屋。花屋。最後に洋服屋。あっ、靴屋も。
 実際言って八百青は、真っ先に潰れてもおかしくなかった。なのに、まだ続いている。それは源さんのお母さんのハルさんのお陰だと

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【短編小説】猫

【短編小説】猫

 家を建てる時、書斎にする二階は、壁を大きく切って広い窓にしてもらった。見下ろせば隣家の屋根だが、こうして机について水平に目をやれば、幾分かの雑木林、その向こうに山々の清とした連なりを見ることができる。秋が深まれば、尾根は白く染まり、私の目を更に楽しませてくれる。
 もうひとつ私を楽しませるのは、窓の手すりに野良猫が、やってくることだった。一階の屋根づたいに近づいてきて、雨樋に器用に足をかけ、ヒョ

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【短編小説】特別な日

【短編小説】特別な日

 日曜日のフードコートで見れるもの。うるさい子供連れの幸せ家族、ラーメン啜る汚い不良学生、妻の買い物待ちのほうけたオヤジ、ただ喋りたいだけのおばさん二人連れ、やっすい化粧してここしかくるとこない女子高生、嫌がる子供に焼きそばを食わす女、さっきから煙草を吸いたい男。不安でただ自分の手をさするしかない老女。不機嫌な爺さん。漫画を読むかゲームしてる小学生。うどんを持って空いてない席を呪う貧乏カップル。

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【短編小説】野良犬

【短編小説】野良犬

 昔はね、年頃になったら、いろんな人が、お見合い話もってくるのよ。田舎でしょ、もうお節介な人ばっかりでさぁ、女は年頃になったら嫁に行くもんだったのよ。今みたいに、自立して生活するなんてできなかった。女なんて働き口もないしね。就職できて農協の窓口か製材所の事務員、給料やっすいしね、簿記なんかもちゃんと習ってないから、歳いって、若い子来たら、いつでも真っ先にに首切られるわけ。あの頃、ちゃんとした女の仕

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【短篇小説】幽霊

【短篇小説】幽霊

 どんなに深く結ばれていても、時間が経つにつれ、去っていった者への思いは淡くなり、あると信じていた絆もゆるんでいく。そして、全ては忘却の海に沈められる。
 妻の真世が亡くなって、もう半年になる。時がたてば、その悲しみも薄まるものと思っていた。薄まることを期待していたわけではない。亡くなった当初は、この痛みをずっと覚えていよう、忘れまいと誓ったぐらいだ。
 しかし、生きている人間には生活がある。私は

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