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イオンリテールのダイナミックプライシング戦略〝AIカカク〟の導入で惣菜の値引きや廃棄が1割削減

小売業界の人出不足改善のため、テクノロジーを活用する動きが活発になってきています。すでに国内でも、テクノロジーを取り入れることで業務効率化のみならず、コスト削減や収益向上、さらには社会課題解決への貢献につなげている事例が出てきています。
今回はAIを活用し、ダイナミックプライシングを実現することで利益の確保と食品ロスに取り組み、成果を上げているイオンの事例について「食品商業」編集委員の渡辺米英さんにレポート頂きました。

イオンは2021年度からスタートした中期経営計画の中で、DXを成長戦略の重要な柱として位置付けています。
DXの方向性としては、「ECの拡大」、「CX(顧客体験)」、「コミュニケーション/セキュリティ対策」、そして「生産性向上/データドリブン」の4つを掲げています。なかでも力を入れているのが「生産性向上/データドリブン」で、AIを活用した業務プロセスの改革です。
今回紹介するダイナミックプライシング戦略もAIを核としたもので、AIを活用した大きな取り組みは、グループ会社のイオンリテールにおいて、現在6つの分野で進行中です。それらはいずれも、ある程度全社的に取り組むことができるものとして、それぞれ社内的に名称がつけられています。
すなわち、①AIカカク、②AIカメラ、③需要予測、④業務サポートの応答自動化、⑤人員配置計算、⑥コミュニケーションツールの構築の6つです。
同社が開催したDX戦略説明会では、中期経営計画においてIT投資を増やしDXを推進、顧客体験、従業員満足度、生産性向上などを目指していると説明がありました。
それを推進するソリューションとして同社は、「チェックアウト改革、業務プロセス改革、サプライチェーン改革」の3つを挙げています。
今回は、このうちの「業務プロセス改革」の一つとして、ロス削減において大きな成果を上げている「AIカカク」について紹介します。

(出典:イオンリテール記者会見資料より)

●勘と経験が中心だった売価変更にAIを活用

AIカカクは、イオンリテールが大手情報システム企業と共同で開発を行ったものです。記者会見では、イオンリテールの山本実執行役員システム企画本部長(会見当時)が、開発の狙いを「適切な売価変更を行うことによってロスを削減すること」だったと説明しています。
スーパーの現場で特に重要な業務のひとつが「ロスの削減」です。なかでも生鮮や惣菜は、時間の経過とともに商品の鮮度や味、品質が劣化し、売れ残りが生じます。そのため、ほとんどのスーパーが売れ行き状況に応じて売価変更=値引きを行い、商品の売り切りを図っています。
こうして生まれる値下げロス、廃棄ロスは、営業利益の2割にもなるといったことも耳にします。最近ではコンビニも売価変更を積極化し、ロス削減を図っています。
しかし個々の商品の販売状況はその時々で異なるため、適切な割引率やタイミングを見極めることは非常に難しく、結局は売場の判断、すなわち勘と経験に頼るところが大きくなっています。
売場には、経験豊富なベテランがいて、試行錯誤しながら独自の法則のようなものを確立しているといった声も聞かれます。しかし勘や経験は、他の従業員へ簡単に共有できるものではありません。また店舗ごとに立地環境や様々な条件が異なるため、マニュアルを作って他の店舗へ横展開することも難しいものがあります。
また最近は人手不足が深刻化し、考えながら仕事する余裕も少なくなってきていると聞きます。
そこでイオンリテールはAIを活用して、客観的で、より的確な意思決定を行うシステムの構築に取り組み始めました。AIがビッグデータを解析して適切な売価変更を提示するという新システムです。
その開発には約2年間を費やしたといいます。そして2021年5月13日に、売価分析システム「AIカカク」の概要と導入開始を発表。同社の総合スーパー(以下、GMS)の一部で導入がスタートしました。
すると直後から明確な効果が見られたため、その後、約2ヵ月の間に、同社が運営するGMSのほぼ全店にあたる約350店舗に導入されました。
現在、AIカカクは同社店舗の惣菜を中心に和菓子、パンなど消費期限の短い商品で主に活用されています。

AIが惣菜売場の収益を改善

イオンリテールの惣菜部門も、コロナ禍における内食需要の拡大などの影響によって、しばらく苦戦を強いられてきたといいます。食品の他の部門が、前年に比べ売上高を大きく伸ばす中で、惣菜だけがマイナス成長を続けていました。
そうした中でのAIカカクの導入でしたが、その効果として、惣菜部門では値引きや廃棄ロスで発生する損失額が、以前に比べ1割近く減少。食品廃棄は約半分に抑えられ、また一部商品の割引率が、平均で2割強も改善したといいます。「AIカカク」によるロス削減効果が惣菜部門の収益性を引き上げたのです。

(出典:イオンリテール記者会見資料)
惣菜売場では客数に見合わない大量調理といった製造方法や不足による欠品が発生。
売れ行きをみて見切り担当が「勘」と「経験」で割引率を判断していた。

●操作はバーコードスキャンと陳列数入力のみ

AIカカクにおいて、AIが分析に用いるデータは多岐にわたります。まず、店舗ごとの単品別に記録された過去の販売データ(何時何分にどれだけ売れたか)や、特売データ、さらにその日の天候やカレンダー、催事、地域イベント、客数などの情報を、システムが取り込んだ上で、各売場でそれぞれの商品の残数を入力します。
それらのデータをAIが分析し、時間帯ごとに、各商品の陳列量に応じた適切な割引率を算出するというものです。売場の従業員がハンディターミナルでJANコードをスキャンすると、その数値が表示されます。
売場で従業員が行う操作は、商品バーコードのスキャンと陳列数の入力のみです。入力後、AIの提示した割引率が携行したシール発行機で自動印刷され、そのシールを該当商品に添付すると作業が完了します。

(出典:イオンリテール記者会見資料)
過去の販売実績データを分析、時間帯ごとに
各商品の適切な割引率を自動で算出する。

●教育やトレーニング時間の短縮でコスト削減に貢献

作業負担が軽減されるだけではありません。同社では従来、売場の従業員に対し、値下げや売り切り業務に関わる実務教育に力を入れてきました。しかしそうした業務を、AIがより正確に遂行するようになるため、教育に費やすコストや時間が軽減でき、その分ほかの重要な業務に時間を費やすことができるようになったとのことです。
もちろん、割引率の最適化がAIカカク導入による最大効果です。同システムの「一番のコアの部分」について、山本氏は次のように説明しています。
過去の販売実績、すなわち店舗別、日別、時間別における単品ごとの3年分のビッグデータをAIが解析し、最適な割引価格を出す。そのアルゴリズム(問題を解くための手順や計算方法)を、我々は築き上げたのです。 そのことによって、大変大きな成果を生み出すことができました。全国展開を行うことになったのは、そのためです

先述したように、導入当初からAIカカクを主に活用してきたのが惣菜部門です。2021年の記者発表の際に、山本氏はその概略を以下のように述べています。
特にデリカの部門においては、当社が得意とするばら売りや飲食との連携が、現在(のコロナ禍の中では)、しづらくなっています。(当社の惣菜は)香りや触感で購買を決めていただけるケースが非常に多かったのですが、現在はそれが非常に厳しい状況です。
その中で商品の造りすぎや、あるいは逆に欠品が発生して、お客様にご迷惑をおかけしています。また現場のオペレーションも大変難しくなっている。これまで以上に勘と経験に頼らざるを得ない状況になっており、そういったことをなんとか改革したいというのが(今回のシステム開発の)きっかけでした

●「食品ロス」の問題解決への取り組み

AIカカクの導入には、「食品ロス対策」の側面もあり、システムの役割は一企業の利益確保という枠を超えて、重要な社会貢献活動にもつながります。同社食品ロス削減プロジェクトの小林由美子プロジェクトリーダー(取材当時)はこのように述べます。
食品ロス問題をどう解決していくかという課題が、以前からありました。
そのために、ひとつはデータアナリティクスという分析方法を使って何かできないかと。またSDGs(持続可能な開発目標)の12番目の目標としてフードロスがあるので、それと掛け合わせるかたちで今回のAIカカク開発に取り組んだのです

実際、システム導入後に食品廃棄が約半分に抑えられたという明確な効果が表れています。
また同社デリカ商品部の新藤吉郎MD改革マネージャー(取材当時)も
実際に導入してみて、食品ロスが減っていくのが体感できました。それとはまた別に、店舗の現場では見切りに悩んでいたコミュニティ(従業員)さんが多かったのですが、その悩みが非常に改善、あるいは解消され、よかったと感じています」と話します。
また現場の声からも、業務改善につながっている様子がわかります。
イオンスタイル幕張ベイパークのデリカ担当の方は、「廃棄を減らすことができて助かっています。現場の意識を変えるシステムだと思います」と語っています。
冒頭で述べたように、イオンは2021年度からの中期経営計画の中で、DXを重要な柱と位置付け、なかでもAIを活用した業務プロセス改革に力を入れていく方針です。
AIカカク以外にも、店内映像を分析して接客・売場改善に活用するAIカメラも導入店舗を増やしています。これは衣料品や住居余暇売場において、店内カメラの映像を通じてお客の行動を分析、学習し、接客が必要かどうかをAIが判断する仕組みです。
AIがスーパーの進化を担う時代がきたという証しです。

(出典:イオンリテール記者会見資料)
店内映像を分析して、接客を要する顧客をAIカメラが感知し
従業員に通知するなど、AIカメラ活用によって機能を拡張し
業務プロセス改革を進める。

(文:「食品商業」編集委員 渡辺米英)

海外では、データやテクノロジーを活用したダイナミックプライシングがすでにトレンド化していますが、日本でも大手イオンリテールが全店舗規模で「AIカカク」導入を決めたことのインパクトは大きく、今後は様々な企業でAIを活用したダイナミックプライシング導入が加速する可能性も考えられるでしょう。廃棄ロスは小売店や飲食店で重要課題の一つとされているだけでなく、「2030年までに小売・消費レベルにおける世界全体の一人当たりの食料の廃棄を半減させ、収穫後損失などの生産・サプライチェーンにおける食料の損失を減少させる」という、SDGsの項目にも明記されている地球課題です。私たち東芝テックCVCもスタートアップ企業様と一緒に、ダイナミックプライシングを含むプライステックの社会実装を推進しておりますので、引き続き国内外の情報をキャッチアップしていきたいと思います。