見出し画像

小売業界の覇者は何がすごいのか?『アマゾンVSウォルマート』読みどころ紹介

アメリカ小売業界の売上高トップに立つウォルマートと、業界の常識を変える“破壊者(ディスラプター)”として急成長を続けるアマゾン。

ウォルマートはなぜ業界の頂点に君臨することができたのか?そして、新興勢力のアマゾンが他社を次々と追い抜きウォルマートを脅かすほどの存在にまで成長できたのはなぜなのか?その背景にあるストーリーを一冊にまとめたのが、『アマゾンVSウォルマート ネットの巨人とリアルの王者が描く「小売」の未来』です。

本書の著者、鈴木敏仁氏は西武百貨店を経て1986年に渡米し、アメリカの流通小売業界に関する情報を20年以上にわたって発信し続け、業界誌に多数の連載をもつほか、米国視察の企画コーディネートやセミナーなどを展開。アメリカでウォルマートとアマゾンの2社の動向を追い続けている人物です。

著者はウォルマートに関する著作を書き上げた2003年頃、「世界最大の売上高となってウォルマートを追い抜く企業が私の生きている間に出てくることはもはやないだろう」と考えていたようですが、その感慨は「わずか20年弱で打ち壊された」と述べ、「まさかこの短い期間にウォルマートの規模に肉薄する企業が登場するとは思いもしなかった」と急成長したアマゾンの衝撃を語っています。小売業界のみならず社会経済に大きな影響をもたらした2社の変革は著者に多くの示唆を与えており、そのイノベーションの源泉や成長し続ける理由をまとめたのが本書となります。

第1章で2社が覇者である理由を示し、第2章でウォルマート、第3章でアマゾンについて詳しく解説するシンプルな構成となっており、いずれも読み応えのある内容ですが、本記事では各章のポイントをいくつか紹介したいと思います。

なぜ、アマゾンとウォルマートは「覇者」なのか?

第1章では、アマゾンとウォルマートが覇者たる理由を両社が起こしたイノベーションに着目しながら解説しています。

ウォルマートが起こしたイノベーションとは、「ただの“安売り店”ではなくて、安く売るためにはどうすれば良いのかを考え抜いて、上流までさかのぼっていって全体最適をはかるということをして、結果として業界全体にまで影響を与えるに至った」と述べています。

その一例として著者は「EDLP(Every Day Low Price)とEDLC(Every Day Low Cost)」を取り上げています。

ウォールマートにとってEDLPとは単なる販促キャチフレーズではなくビジネスモデルであることをウォルマート自身が公言していますが、これは、毎日の経費を低く抑えるEDLCを対で考えることによりEDLPのビジネスモデルが成り立ち、「We Save People Money So They Can Live Better(お客様がよりよい生活ができるよう皆さんのお金を節約させます)」という企業ミッションの実現につながると指摘しています。つまり、ELDPの実践によって「もし取引原価が下がったら、同じ値入率で売価を変えて、そのまま年間を通して固定する。これがEDLP/EDLCモデルの基本」ということなのです。

そして著者はこのEDLPのメリットについて、ダグ・マクミロンCEOの「EDLPは配送センターのけが人を減らす」という言葉を引きながら、プロモーションをしないことで店頭や商品部、配送センターなど上流から下流まで多くのプロセス負荷を下げ、効率化が図れる点にあると解説。トヨタが実践した「生産の標準化」と同じ効果を持ち、「製配販を一気通貫として効率化で得た経費削減分を売価に反映させ、EDLP価格を下げて価格競争力を強化してプライスリーダーとなる。これがウォールマートがやったことなのである」と述べています。

このようなイノベーションを経て、ウォルマートは世界最大の売上規模を持つ企業となり、「ウォルマートは小売というビジネスが世界の頂点に立てるようなポテンシャルの大きな存在であることを証明した企業」と評価します。続けて、「それをあっという間に超える存在が登場した」と、アマゾンについて触れています。

アマゾンが起こしたイノベーションは、「データを中心に据えたデジタルなビジネスモデル」であり、デジタルやデータを軸として小売業界に変革を促している「最大の存在」だと言います。著者はアマゾンについて、「売上で測るならばEC企業、利益で測るならばクラウド企業」と評価軸が複数あることを述べた上で、「デジタルを中心に据えたコングロマリットであり、今後は他にも利益を出す事業が増えることになるだろう」と、様々な業界にビジネスを拡大し利益を生み出していくことを予測しています。

著者は両社の共通点として「過去にないなにか、つまりイノベーションを起こしたからこそ、トップへ上り詰めることができたのである」と言います。2章以降、両社の変革の歴史が詳しく述べられていますので、ポイントをいくつか紹介します。

「キーパーソン」で見る、ウォルマートのデジタル変革

第2章はウォルマートの1970年代から現在に至るまでの変革と成長の軌跡がまとめられています。著者は「そもそもウォルマートはアメリカの小売業界のみならずすべての企業の中でもテクノロジーの導入においてもっとも先進的な企業だった」と、1970年代から先進的なデジタル変革に取り組んできたことを紹介します。さらに、2010年代からスタートしたデジタルトランスフォーメーションについて「レガシーなシステムから未来へ向かって長く使えるシステムへ移行するために、土台からすべて刷新する大がかりなものであった」と述べ、これはウォルマートに限らずほとんどの大手小売企業に立ちはだかったハードルであり、「この高いハードルに恐れをなしてお茶を濁すということをせずに真っ先に真正面から取り組んだということから、やはりウォルマートのデジタル感度は相変わらず高いということが分かるのだ」と語っています。

なお、ウォルマートの章には歴代CEOをはじめとするキーパーソンがたくさん登場します。著者が「ウォルマートという企業の凄みは、サム・ウォルトン亡き後のサラリーマン経営者が4人ともに経営を間違うことなく、時には自己変革しながら、成長を今も続けている点にある」と評価するように、変革や成長のタイミングで適した人物がいるところがウォルマートの歴史の面白いところです。

ウォルマートをテクノロジー企業に転換させたEC担当責任者の功績

ウォルマートにおけるキーパーソンはCEOだけにとどまりません。例えば同社は大規模なデジタル戦略に取り組み始めた2011年にネット上の情報をトピック別に整理する技術を持つコスミックスを買収したほか、2014年までに計15社を買収していますが、単なる技術の買収だけでなく優秀な人材の買収という側面もありました。コスミックスの創業者2人はアマゾンやグーグルに多大な影響を与えた人物で「今となっては米デジタル世界の伝説的な技術者で起業家」だと言います。また2016年にウォルマート社史上最も高い30億ドルで買収したジェット・コムについても、創業CEOであるマーク・ロリー氏や彼のチーム、そして技術を見込んだ上での買収だったと著者は指摘しています。

そのロリー氏がウォルマートで推進したのが、テクノロジー企業への転換です。ウォルマートは2012年に「米国事業CEOが統括していたリアル店舗ビジネスの中にあった組織を切り離し」、新たにグローバルEC部門を作ってCEOを設置しました。その役職に2017~2021年の約5年の間、就任したのがロリー氏です。これについて著者は「リアルもデジタルも小売であり、双方を融合したいならば屋根は一つであるべき」という理想に対して、「リアル店舗のDNAしか持っていない社員がやっていてはなかなか先に進まない」ために、部門を切り離すことで「ロリーとその組織人員がEC事業を推進し社風を帰る起爆剤」になったと解説しています。
なお、ロリー氏退任後、グローバルEC事業部門は店舗事業責任者がECを管轄する組織体制に戻っているようで、著者は「これはおそらく本来あるべき姿なのだろう」と評しています。

本書ではロリー氏が推進したさせた施策として3つのテーマに分けて紹介しています。

  1. 店舗は従来通りEDLP主体/ECは品揃えを拡大しアマゾンを目指す

  2. 店舗のフルフィルメントセンター化

  3. 物流システムのバージョンアップ

それぞれのデジタル戦略について詳しく知りたい方は本書をお読みいただきたいのですが、ロリー氏は2021年の退任時に「ECと店舗を一つのオムニ組織とし1人のリーダにしようともともと考えていた」「社内と社外から見えるウォルマートという企業のストーリーを、テクノロジー企業ウォルマートへと変えることが目標だった」と述べ、その5年計画で達成したかったことはほとんどできたと振り返っています。

このように、本書はウォルマートが行なってきた投資を「設備」や「サプライチェーン」という軸ではなく「人材」という軸で見ているのが面白く、ウォルマートの有名な取り組みを知っている方でも新しい発見や示唆が得られる内容となっています。

今までの常識では考えられないビジネスを展開するアマゾン

第3章で紹介されているのが、アマゾンの変革と成長の軌跡です。ウォルマートは創業者サム・ウォルトン氏が小さな雑貨屋からスタートしたのに対して、アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏はもともとエンジニアでリアル店舗の経験がありませんでした。著者はそれこそが「アマゾンがどういう企業なのかを理解する決定的要因」とし、すなわちリアル店舗の常識を知らないがゆえに「我々にとって想像もつかなかったようなまったく異なるビジネスモデルを作り上げることができているのである」と言います。

多くの顔を持つ企業」と書かれているとおり、アマゾンは「小売業界が自ら設定している常識だと考えているルール」とは異なる方法で、かつデータという視点であらゆる業界に入り込んでおり、「そのポテンシャルは果てしなく大きい」と述べられています。

本書ではアマゾンが起こした数々のイノベーションが紹介されていますが、特に注目すべきポイントは次に述べる「画期的なビジネスモデル」と「AWSの価値」の2つだと思います。

1. 画期的なビジネスモデル

著者はアマゾンが実践した画期的なビジネスの手法を様々な視点から述べています。例えば、「自らが仕入れて売っている商品と隣にサードパーティ商品を並べてしまう」というマーケットプレイスが結果として「手数料だけで9兆円ビジネス」になっていることや、マーケットプレイスで「オンデマンド型短時間宅配経済圏の構築」をしたことで、ユーザーの購買データを入手できるようになった点などを評価しています。

さらに、リアル店舗の経験がないからこそ既存の発想では思い付かないモデルを構築した例として、サプライチェーンの先進性を挙げています。

著者は、小売業界のサプライチェーンが「メーカーから小売へと商品を運ぶフローを指すもの」であり、「お客が来て買い物をして持って帰る店舗」を最終地点と考えられていたことについて説明した上で、ECの需要増加に伴い「メーカーの製造拠点からお客の手元まで(ファーストマイルからラストマイルまで)」を考える必要が出てきた背景を述べています。

実際、アマゾンは1997年頃から「お客」を最終地点としたサプライチェーン構築をスタートしており、「リアル小売企業がラストマイルに取り組み始めたのはごく最近のこと」と、20年近いラグが生じていることを指摘します。さらに著者はアマゾンが「宅配日数短縮化」のために、より消費者に近い場所にデリバリーステーションと呼ばれる小型ハブを2019年頃から急速に増やしていることについても丁寧に解説しています。これは国土の広いアメリカで「2日宅配が標準」(そもそもアマゾンが2日宅配を業界標準にした)、と言われているところに対して、「“2日間”を“翌日”に短縮するために必要」な戦略だったようです。

さらにラストマイルについてアマゾンは、増え続ける宅配個数に対して宅配輸送手段を他社任せにできないと判断し、2013年頃より自前化の本格検討を開始。この結果、アマゾンの自社宅配シェアは2019年に48%へ、そしてある調査企業によると2021年には72%に達すると推定されました。これについて著者は「輸送手段としてすでに自社宅配が中心で、バッファーとして他社を使っている、と表現して良いだろう」と述べています。

また、アマゾンはラストマイルの自前化を実現しつつある中で、自社宅配を物流コスト削減のため「Shipping with Amazon(SWA)」と名付け他社へ販売を始めており、そうすることで、例えばA地点からB地点へ商品を運んだ後に戻る際にコンテナが空になる無駄をなくすことができると解説しています。

この自社宅配ネットワークを他社へ販売する、いわゆる「宅配のAWS化」の事業は専門家に「将来的には売上1兆ドルを超える」と言われているようです。

このようなサービスはアマゾンの大手宅配サプライヤーである「米国郵政公社」にも販売しており、「他社のサービスを買いながら、同じ会社に自社のサービスを売る」こと、すなわち“バイヤーでもありセラーでもある”というユニークな側面があることを指摘。この“バイヤーでもありセラーでもある”という側面は広告ビジネススキームでも実践しており、「デジタル広告を売るセラーとして215億ドルを売り上げながら、その一方で広告を買うバイヤーとしても世界でトップを争う企業」であり、「このような構造を持った企業はおそらく他にいないだろう」と、アマゾンのユニークな構造として紹介しています。

2. AWSの価値

著者はアマゾンを「売上で測るならばEC企業、利益で測るならばクラウド企業」であるとして、「従来の小売業界に存在しなかったまったく異質なビジネス設計思想を持っており、その象徴的な存在がAWSなのである」と述べています。

AWSの価値とは、自動車業界やヘルスケア業界、金融業界など、「クラウドを必要とするあらゆる業界にインフラとして入り込めてしまう」ところにあると言います。実際、金融業界には「ステルスモードで上手に入り込んで」おり、銀行業として参入するのは難しいものの、「すでに金融ビジネスを一つの大きな事業として持っている」と説明します。また、ヘルスケア業界に関しては2018年にオンライン調剤企業のピルパックを買収してプライム会員向けに他社との調剤価格比較を始めたり、本社社員向けに遠隔診療をスタートしていることを指摘。「遠隔診療の本質とは双方向型のライブストリーミングで、テーマを変えれば、コスメ、料理、DIY等々、多くの分野で応用可能だ」と、そのポテンシャルの大きさを解説しています。

このように、データを起点として今までの常識では考えられないようなビジネスを多角的に展開しているのがアマゾンなのです。

バックボーンの異なる2社は、互いに影響を与えながら成長してきた

先述したとおり、小さな雑貨店からスタートしたウォルマートと、エンジニアが立ち上げたアマゾンは出自が全く異なり、それぞれが革新的な手法を生み出して小売業界を代表する企業へと成長しました。

一方、本書では両社が互いに影響を与えながら進んでいった側面についても触れられています。例えば、ベゾス氏はウォルトン氏の自伝から様々なアイデアを自社の社風に取り込んでいき、アマゾンが掲げている顧客第一主義はウォルトン氏からの影響ではないかと著者は考察しています。逆にウォルマートもECの品揃えを拡大してアマゾンに近づけるなど、アマゾンを意識した施策を実践しています。

顧客ニーズに応えるサービスを追求し、新しいテクノロジーやアイデアの実現に挑戦しながら常識を塗り替えてきた2社の姿勢は、小売業界に携わる方はもちろん、新事業にチャレンジする方やスタートアップ企業の方にとっても参考になるのではないでしょうか。2社の革新性に触れたい方は、ぜひ本書を手に取ってみてください。


この記事が参加している募集

読書感想文

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!