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顧客ロイヤルティの可能性が広がる、Web3.0のポテンシャル

前回に引き続き、Web3.0と小売業界に関するトレンドをレポート。今回はNFTをはじめとするトークンの可能性に着目し、大手小売企業の取り組みや、小売業界への貢献が期待されるWeb3.0領域の海外スタートアップ企業をご紹介します。

Web3.0のトークン経済圏がもたらす社会的インパクト

経済産業省の資料 ※1によると、インターネットプロトコルは「情報の伝達」には向いているのに対し、仲介者不要で価値の共創・保存・交換をするという「価値の伝達」には向いていなかった、と解説しています。

そして、新たに「価値のインターネット」のレイヤーとしてWeb3.0が加わることで、あらゆる価値をデジタル化し、ボーダーレスかつ取引時間・コストを縮減した価値のやりとりを容易にしたり、価値の共創が促進されるといった可能性が生まれることについて言及。さらに、暗号資産やNFTなどのトークン ※2を活用することで、「新たなサービスの創業環境や消費活動、資産形成環境」としての「トークン経済」が形成されると述べています。

 ※1:「Web3.0事業環境整備の考え方-今後のトークン経済の成熟から、Society5.0への貢献可能性まで-」
   (経済産業省 大臣官房 Web3.0政策推進室 2022年12月発表)
 ※2:トークンとはブロックチェーン技術を活用して発行される暗号資産等デジタル上の価値を示すもの。
   ビットコインのように同等の価値を持つ「代替性トークン/FT:Fungible Token」と、
   唯一無二の価値を持つ「非代替性トークン/NFT:Non-Fungible Token」に大別される。

経産省はこのトークン経済がもたらす社会的インパクトについて、「文化経済領域の産業振興」「個人向けの金融商品等の多様化による投資・経済活性化」「社会課題解決の促進」「個人のエンパワーメント」「組織の在り方の多様化・高度化」「デジタル原則を元にした規制の見直しの進展」という6つのポイントを挙げています。
例えば「文化経済領域の産業振興」については、日本の強みであるコンテンツやゲーム、アート、スポーツなどの文化経済領域を中心に、ファントークン保有者にインセンティブを付与することでロイヤルティの高いファンを獲得・維持できるようになると述べています。

また、トークン保有者はトークン価値が向上することで金銭的リターンを得られるため、Web3.0プロジェクトに携わる従業員や消費者などのステークホルダーが「プロジェクト価値の向上に貢献する」というインセンティブが働き、トークン経済の「好循環」が生まれることについても触れています。
例えば世界の名門プロスポーツクラブの取り組みでは、クラブチームの運営がファントークンを発行し、それを購入した保有者に対して特定のイベント参加権やクラブ運営に関する投票権を付与。さらに選手にもトークンを配布することでトークンコミュニティを形成しています。そして、イベント・グッズの充実やファンのエンゲージメント効果、更なるファン流入などを通じてトークンコミュニティがクラブチームの成長を支援することで、トークン保有者への金銭的リターンも含めた「トークン価値の向上」が期待できると紹介しています。

個人向けの金融商品等の多様化による投資・経済活性化」については、あらゆる価値の伝達が可能になることで、従来は管理コスト等の関係で個人への販売が難しかった金融商品等をトークン化(デジタル化)して販売・管理できるようになります。このような多様な価値の流通は、金融商品だけにとどまらないようです。一例として挙げているのが、ウイスキー樽中の蒸留酒を小口化し、NFTとして販売するUniCaskの事例です。同社はブロックチェーンを活用することで、今まで難しかった所有権の販売を実現。愛飲家などの消費者はデータの真正性の確保や既存マーケットプレイスでの2次流通を含む売買ができるようになり、企業は事業開始時における資金繰りを改善できるため、双方にとってメリットがあることを述べています。

なお、経産省はトークン経済のユースケースが「文化経済(ゲーム・アート・スポーツ等)や金融(暗号資産による分散型金融・資産形成)の領域」で先行しているのが現状であることについても指摘。また、デジタル庁Web3.0研究会が2022年12月に発表した報告書では、デジタル資産を「暗号資産」「証券トークン」「それ以外の多様なトークン(NFTなど)」の3つに分類しており、先述したNFTなどのトークンについては、「NFTが表章しているコンテンツに係る権利を保有するクリエイターの保護が図られていない、暗号資産該当性の判断基準が明確でない、NFT発行者がコンテンツに係る権利を保有しているとは限らない、コンテンツに係るセキュリティが確保されていない事例が多い、資金洗浄への利用が懸念される」といった様々な観点からの課題が挙げられています。そして、NFTの性質が多種多様であることから、規制の在り方や課題への対応は個別に検討すべきであり、「国際的な議論の動向を踏まえつつ、事業者・業界団体のガイドライン策定等への支援を含めた適切な対応が必要」という見解を示しています。

NFTを活用した新たな顧客体験の創出とロイヤルティ向上

このように、企業はトークンやブロックチェーンを活用することでロイヤルティの高いファンの獲得・維持などを実現できる可能性があり、すでにNFTなどを用いてWeb3.0でのビジネス展開にチャレンジしている企業が出てきています。

米スターバックスは2022年、Web3.0によるメンバーシッププログラム「Starbucks Odyssey」のβ版を立ち上げました。これは米国のスターバックスリワード会員と従業員に向けて、特典や没入型のコーヒー体験にアクセスするためのNFTを獲得・購入できるプログラム。メンバーはスターバックスリワードのログイン情報を使ってアクセスし、インタラクティブなゲームやチャレンジなど、コーヒーとスターバックスに関する知識を深める一連のアクティビティである「ジャーニー」に参加できます。ジャーニーを達成することで「ジャーニースタンプ(NFT)」やOdysseyポイントを獲得し、他では見られないユニークな特典や体験へのアクセスが解除されます。また、2023年からはStarbucks Odyssey Marketを通じて「限定スタンプ(NFT)」を購入することもできるようになり、Web3.0領域での取り組みを通して顧客ロイヤルティの向上を目指していることがうかがえます。

大手スーパーマーケットチェーンの取り組みとして紹介したいのが、フランスの大手小売企業Carrefourです。同社は2022年にNFTマーケットプレイスのThe Sandbox内で「NFBEE」というミツバチのNFTキャラクターを販売。この背景には、Carrefourが生物多様性を損なわない食品、製品、サービスの提供を目標に掲げる中で、食品の生物多様性とミツバチの関係を消費者に伝えるという狙いがあり、収益はフランス財団を通じてミツバチの保護に専念するBEEFUNDに寄付されるそうです。さらに、NFT所有者には現実世界でジャムや蜂蜜を受け取れるなどの特別な報酬を用意し、自社と顧客との間に新しい関係を築くことを目的としたロイヤリルティプログラムにも取り組んでいます。同社はデジタルリテールカンパニーへの変革を目指しており、お客様により良いサービスを提供すべく、今後もWeb3.0の探求と実験を継続していくと述べています。

商品の真正性や特別な顧客体験をWeb3.0で拡張

前回の記事で、小売業界がブロックチェーンを活用したトレーサビリティ向上に取り組んでいることをご紹介しましたが、商品が本物で適切に取引されたものであることを証明したり、パーソナライズされた体験を提供することを通じて、顧客ロイヤルティの向上を追求するケースもあるようです。

例えば、プラダグループ、LVMH、カルティエといったラグジュアリー業界を代表する企業は、2021年に非営利団体Aura Blockchain Consortiumを設立しています。この組織はテクノロジーへの投資を通じて顧客体験の向上を実現し、ラグジュアリー業界の価値ある未来を築くことを目指しており、ラグジュアリーブランドがブロックチェーンをはじめとする関連技術を簡単に活用するためのプラットフォームを提供しています。
Aura Blockchain Consortiumのプラットフォームを用いることで、高級品の真正性と所有権を常にデジタルで証明・利用できることから、お客様に所有価値の持続的な保証や新しい所有者へ簡単に譲渡することを可能にします。また、二次元バーコードなどをスキャンすることで製品に関するすべての情報にアクセスできるため、サプライチェーンの透明性といったことも実現しています。さらに、パーソナライズされた店舗内イベントへの招待状や、修理サービス、スタイリングのヒントといった特別なアフターサービスなどを提供することで、顧客体験やロイヤルティの向上につなげることもできるようです。

他にもティファニーは2022年にNFTアート「CryptoPunks」の所有者に向けて、ブランド初のNFT「NFTiff」を発表し、デジタル版を含むカスタムペンダントをオーダーできる「NFTiffパス」を販売。ディーゼルも同年に限定品のNFTコレクション「D:VERSE NFTS」を発表し、購入者には実物商品のほか、プライベートなDiscordチャンネルを通じた「D:VERSEファミリー」へのアクセス権や、NFT先行販売、割引、抽選、新しいゲームやプロジェクトに関するニュースなどの特典を提供し、顧客ロイヤルティの向上に取り組んでいることがうかがえます。

このように、商品が本物で適切に取引されたものであることを証明する手段や、パーソナライズされた特別なサービス提供など、ブランドに求められる顧客体験をWeb3.0の世界観の中で実現しようとする動きが見られます。

小売業界におけるWeb3.0の顧客体験については、National Retail Federationが主催する「NRF2023 RETAIL’S BIG SHOW」内のカンファレンス「Web3: Retail’s 3 year roadmap produced by McFadyen Digital」でも話題に挙がっていました。
登壇者の1人であるMcFadyen Digitalの最高戦略責任者・Peter Evans氏は今回、戦略的プランニングにおいて、いくつか焦点を当てるべき要素の一つとして「Web3.0についても広く見ていく」と述べています。
そして、Peter氏は、小売業界が2025年までの今後3年間、計画を策定するために多くの選択肢がある中で、興味深い領域として「顧客体験の最適化」を挙げ、そこにはメタバースやNFT、DAppsなどの様々な要素が含まれていると説明。その上で、「小売業界はWeb3.0にどの程度投資すべきなのか?少しずつ投資すべきではないのか?それとももっとたくさん投資する意味があるのか?どこに投資するのか?それを実行するためにどんな機能が必要なのか?どのようなリスクを管理する必要があるのか?」といった疑問点が浮かんでくると言います。そして、小売業界やeコマースには多くのテクノロジーのトレンドや世界経済などのマクロトレンドがあることから、全体像を把握するためにトレンド分析を行うことは非常に価値があると述べるとともに、ほかのブランドが何をしているのかを見ることを推奨しています。

例えば、ナイキがRobloxのメタバース空間に「NIKELAND」を開設して670万人が訪れたことや、ニューヨークの旗艦店でNIKELANDのゲームを表現していたことを紹介。このように、実店舗に訪れた人をデジタルアセットに誘導するといった「フィジカルとデジタルの橋渡しをすること」が非常に重要だと述べます。さらに、ナイキとRTFKT(アーティファクト)によるNFTの取り組みでは2種類のトークンが使われており、「トークンのデザインがかなり洗練されている」ことを革新的なポイントとして挙げ、このようにNFTのことを理解しているパートナー企業と一緒に仕事をすることは理にかなっていると言います。

また、同氏はナイキとRTFKTが発売したパーカーについても言及。これはバーチャル上のNFTアイテムと物理的なアイテムがセットになったもので、実物にはNFCチップが搭載されています。所有者はARフィルターを介してバーチャルな翼を装着したり、限定イベントへのアクセスといった特典が得られます。Peter氏は、「これを手に入れるためには多くのお金を払わないといけませんが、とてもクールでデジタルな表現ができるようになります」と述べ、「小売衣料品店でこのようなことが起こるのは想像がつくと思いますが、自動車産業が同じことをしたいと考え、車に翼をつけるかもしれません。つまり、本当に面白いことができるのです」と、ブランドやメーカーが新たな顧客体験を提供できる可能性について解説していました。

小売業界の顧客体験向上に貢献しうる、Web3.0領域のスタートアップ企業

ここ数年、Web3.0領域で起業するスタートアップ企業も次々と生まれており、一部のブランド・メーカーではスタートアップ企業との共創も進められています。

例えば、先述したスターバックスの「Starbucks Odyssey」やナイキが展開するWeb3.0プラットフォーム「.SWOOSH」には、スタートアップ企業Polygonのブロックチェーン技術が活用されています。Polygonは2017年にMatic Networkとしてインドのムンバイでプロジェクトをスタートし、2021年にPolygonへと名称変更。ブロックチェーンプラットフォームのEthereumが抱えていた処理速度の遅延やコスト増大といった課題を解決すべく、低価格にプロジェクトをスケーリングできる「Polygon PoS」をはじめとする様々なソリューションを提供しています。2022年には4億5,000万ドルを調達したほか、同年にThe Walt Disney Companyのアクセラレータープログラムにも参加してディズニーの従業員を表彰する限定デジタルコレクション開発のPoCを進めているそうです。

米国のAlchemyは、世界197カ国の何百万人ものユーザーにブロックチェーン開発プラットフォームを提供する企業。先述したPolygonやEthereumをはじめ、Optimism、Arbitrumなど、ブロックチェーンのエコシステム全体に関わる開発者をサポートしており、インフラストラクチャーを構築するために必要なエンジニアリングの時間を大幅に短縮します。例えば音楽プラットフォームRoyalは、ファンがRoyal経由でアーティストに投資することでロイヤリティ権や限定曲、グッズなどの特典を獲得し、SpotifyやApple Musicなどのストリーミング再生数に応じてロイヤリティを受け取れる仕組みを実現しています。このプラットフォームを構築するためには規模や安定性、コスト面を考慮する必要がありましたが、Alchemyのインフラストラクチャーを活用することでビジネスのコスト削減効果を実現し、エンジニアリング作業に関しては推定40万ドル以上が節約されたそうです。2022年には評価額が102億ドルに到達し、ユニコーンを超える“デカコーン”として投資家からも多くの注目を集めています。

フランスのArianeeはブロックチェーンをベースとしたオープンソースのプロトコルを基盤として、NFT管理プラットフォームやWeb3.0のウォレットなどのソリューションを提供しています。ブランド・メーカーはこのソリューションを活用することで、製品のデジタル証明書の発行や、NFTの作成・配布・管理などが可能になります。ラコステやモンクレールなどのアパレルブランド、シャトー・パプ・クレマンなどのワイナリーといった幅広い企業を支援しており、フランスのディスカウントストアチェーンLeader Priceは実店舗からECサイトのみのブランド「Le Club Leader Price」への移行を記念し、Arianeeのソリューションを活用してNFTを活用したロイヤルティプログラムを開発。ブランドの常連客500人にNFTを配布し、プレミアムサービスの提供や希少なプログラムへの参加をインセンティブとして付与しています。

Web3.0は世界中の人たちが注目している領域である一方、小売業界における活用はまだ試行錯誤の段階であり、これからどんどん新しいアイデアやソリューションが出てくる可能性もあります。今後、Web3.0がどのように社会に浸透してくのか、引き続き注目したいと思います。

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