Web3.0の時代、ブロックチェーンは小売業界に何をもたらすのか?
社会やビジネスに大きな変化をもたらす可能性があるとして、国内外でさらなる発展が期待されている「Web3.0(ウェブスリー)」。日本でも2022年に経済産業省が大臣官房に「Web3.0政策推進室」を設置し、事業環境整備に向けた検討体制を強化しています。今回は経産省の資料を参考に Web3.0の概念をお伝えするとともに、小売業界の課題解決にWeb3.0がどのように貢献しうるのか?Web3.0の基盤技術の一つとされるブロックチェーンの活用にチャレンジしている海外事例を交えながらご紹介します。
プラットフォーマーへの集約を分散化させるWeb3.0の世界
Web3.0とは非中央集権の分散型インターネットのことで、次世代のインターネットとして注目を集めています。
もう少し補足すると、情報を1箇所ではなく複数で分散管理し、さらに特定の管理者が存在しない非中央集権的なインターネットを志向するのがWeb3.0の大きな特徴です。
経産省の「Web3.0政策推進室」が2022年12月に発表した「Web3.0事業環境整備の考え方-今後のトークン経済の成熟から、Society5.0への貢献可能性まで-」によると、Web3.0は「一つ一つの取引履歴(ブロック)が1本の鎖のようにつながる形で情報を記録する技術」であるブロックチェーンを基盤として進展してきたと書かれています。
さらにWeb3.0が勢いを増してきた背景について「メールやHPを通じた情報の受発信を可能にしたWeb1.0から、ビッグデータのような集合知が価値を生み出すWeb2.0 へと進化をした中、プラットフォーマーによる情報管理の独占による懸念が大きくなった。そうした情報管理の独占に対抗するものとして、情報管理を自律分散的に処理するWeb3.0というコンセプトが台頭」してきたことを取り上げています。これはつまり、Web2.0でGAFAMをはじめとするプラットフォーマーの環境下で誰もが情報を発信したり双方向のコミュニケーションを取れるようになった一方で、ユーザーが生成するコンテンツやプライバシーがプラットフォーマーの管理下にあることへの懸念も生まれてきたということ。ブロックチェーンなどの新興技術を活用することで、このような中央集権的ビジネスモデルが抱える問題点の解消を目指すのがWeb3.0の思想であると解説しています。
ブロックチェーンはプライベート型/コンソーシアム型/パブリック型に分類されますが、Web3.0とはパブリックチェーンを活用したものを指すことが多く、その特徴として、「分散性」「改ざんが極めて困難」「永続性」「透明性」「スマートコントラクト」といった要素を挙げています。
本資料ではブロックチェーンの特徴や社会実装に向けた技術的な課題、法や規制の現状等について、詳しく解説しているので、ご興味のある方はチェックしていただければと思います。
ブロックチェーンが、Society5.0の実現に貢献する可能性も
経産省はこうしたパブリック型ブロックチェーンの特徴(分散性、改ざんが極めて困難、永続性、透明性、スマートコントラクト)を活用することで、「Society5.0への貢献可能性」があることについても言及しています。
例えば、既存サプライチェーンが「データの信憑性・正確性の確認コスト」や「厳密なトレーサビリティ」「カーボンクレジットの質に関する情報の真正性」といった課題を抱える中で、ブロックチェーンを適用することで川下から川上で分断されている在庫情報の共有といった「取引のオープン化」につながる可能性があること。また、システム管理者など特定の人や企業に依存しないデータの信頼性担保といった「取引の全自動化・信頼性向上」に寄与する可能性があることについて触れています。
なお、現時点ではSociety5.0の実現におけるブロックチェーン技術の貢献可能性は未知数であり、ビジネス上も技術的にも多くの課題を乗り越える必要があるため、中長期的視座を持ちながら今後も注視すべきであるとも述べています。
消費者はブランドの透明性を重視する!?小売企業のサステナビリティ推進におけるブロックチェーンの可能性
ここまで、ブロックチェーンの可能性についてご説明してきましたが、小売業界はブロックチェーンをどのように有効活用できるのでしょうか?海外で発表されているレポートやアンケートを参考に見ていきたいと思います。
例えば、Deloitteは2023年に自社で実施した調査で、消費財業界のCxOのうち75%が2022年にサステナビリティへの投資を増やしたことを紹介した上で、ブロックチェーンなどのテクノロジーが小売企業のサステナビリティ推進に役立つことを解説。さらにブロックチェーンで調達から生産、購入、廃棄までのバリューチェーン全体を追跡することで、その透明性やトレーサビリティのレベルを高めることができると述べています。
実際、食品トレーサビリティにおける透明性や安全性の確保は課題の一つとされています。2015年にWHOが発表したレポートでは、世界人口のおよそ10人に1 人(約6億人)が汚染された食品を食べたあとに病気になり、毎年42万人が死亡し、3,300万人の健康寿命が失われていると述べています。さらにWHOは、その要因の一つとして多様な食品に対する消費者ニーズが高まった結果、グローバルなフードチェーンがますます複雑で長くなったことを挙げています。
食の安全性に対する世界的な消費者意識の高まりも重要なポイントです。リスクマネジメントに関するさまざまな活動を行なう国際機関Det Norske Veritasが2020年に発表した調査によると、15カ国4,500 人の調査対象者のうち半数以上が「食品の安全性」や「健康問題」を食品の購入における重要な要素として挙げています。また、品質、安全性、環境、社会、健康問題に関する製品の情報が独立した第三者によって検証された場合、67.5% がより多くのお金を支払うと回答。さらに製品または製造業者が食品安全基準に適合している場合、その割合は69% に増加すると報告しています。
また、食品業界団体のThe Food Industry Association(FMI)とマーケティング調査&データ分析企業のNielsenIQが2022年に発表した調査でも、調査対象の消費者の約4分の3がブランドやメーカーの透明性を重視しており、64%の消費者が普段購入しているブランドから、より詳細な製品情報を提供する別のブランドに乗り換えると答えています。
さらに、ブロックチェーンを活用したトレーサビリティ向上は食以外の分野でも検討されており、例えば、専門衣料品のサプライヤーや生地メーカーなどの代表者で構成される業界団体PCIAWは、ブロックチェーンでサプライチェーン内のすべてのトランザクションにおいて安全かつ透明性のある不変の記録を可能にすると述べています。さらに、ブランドがサステナブルであることやエシカルであることを主張する際、それを裏付ける根拠が不足しているケースが多いことから、ブロックチェーンを活用したトレーサビリティによって「繊維産業におけるグリーンウォッシングの問題に対処することにも役立つ」と説明しています。
このように持続可能な社会づくりへの貢献はもちろん、消費者から選ばれるためにもトレーサビリティへの取り組みが不可欠とされる中で、小売業界ではブロックチェーンを活用することで課題解決に貢献する可能性があると見られているようです。
ブロックチェーンでトレーサビリティの課題解決に挑む大手小売企業
海外の小売企業では、実際にブロックチェーンを活用してトレーサビリティ向上にチャレンジしている事例も出てきています。
例えば、フランスの大手小売企業Carrefourは2018年にIBM Food Trustと連携し、ブロックチェーンを活用した自社製品の食品トレーサビリティに着手。生産者から販売チャネルまで、供給、加工、包装、流通の各プロセスを記録し、製品の原産地や品質、栄養特性やアレルゲン、疑わしい物質の存在に関する情報などを消費者に共有できるようになります。
同社は2022年にも自社ブランドのオーガニック製品にブロックチェーンを導入し、消費者は商品ラベルの二次元バーコードをスキャンするだけで、生産者名、畑の場所、包装場所といった経路の情報、収穫日、分析結果、品種といった品質情報、公的証明書、生産者によって実施された追加の取り組みといった有機認証にアクセスできるようになりました。
Walmartは2017年にJD.com、IBM、北京の清華大学とともに、中国における食品のトレーサビリティや安全性を強化するためにブロックチェーン技術を適用する取り組みをスタートさせました。このプロジェクトでは4社が協力して食品の原産地、安全性、信頼性に関するデータを収集する標準的な方法を開発し、ブロックチェーンを使用してサプライチェーン全体でリアルタイムのトレーサビリティを提供。農場から消費者まで、食品がどのように扱われるかに関する深い洞察と透明性を得ることができます。実際に中国の豚肉や米国のマンゴーなどの食品トレーサビリティを試験した結果、ブロックチェーンを活用することで、農場から店舗までマンゴーのトレーサビリティを追跡するのに数日から数週間かかっていた時間が大幅に短縮されたと報告しています。
ほかにも、Walmart Canadaが運送業者の請求書と支払いプロセスにおける膨大なデータの不一致によって生じるコストや支払い遅延を解消すべく、ブロックチェーンを用いて運送業者からの請求書と支払いプロセスを管理する自動システムを構築したという報道があり、サプライチェーンにおけるトレーサビリティの課題解決に向けてブロックチェーンを積極的に活用していることがうかがえます。
小売業界の社会課題解決をサポートしうる、Web3.0領域のスタートアップ企業
Web3.0が世界的なトレンドになるにつれて、ここまで述べてきた社会課題の解決に取り組むWeb3.0領域のスタートアップ企業も出てきています。
例えば、2016年にフランスで創業したConnecting Foodは、ブロックチェーンを含む最新技術を活用して食品サプライチェーンの信頼を再構築するプラットフォームを展開。第三者として品質の安全性を証明することで、生産者やサプライヤーが消費者に透明性の高い情報を提供することをサポートしています。このプラットフォームを活用すると、生産から収穫、加工、梱包などの全てのプロセスにおける取引情報をブロックチェーン上に記録することで改ざんを防ぎ、消費者はラベルの二次元バーコードをスキャンし、検証済みのデータを確認した上で食品を購入できるようになります。
ドイツを拠点とするTracifierは、サプライチェーンの透明性と説明責任を強化することを目的として、追跡やトレーサビリティ、文書検証などの包括的なプラットフォームを提供しています。同サービスはブロックチェーンを用いて改ざん防止を行なうだけでなく、NFTとARを活用してブランドのストーリーを没入型の体験で伝えることで、お客様とブランド・製品のつながりを維持し、顧客エンゲージメントの強化に取り組むこともできます。
インドで設立されたGenefiedは、サプライチェーンのトレーサビリティ最大化をはじめ、ブランドのロイヤルティ管理や偽造防止に取り組むスタートアップ企業。ブロックチェーンを活用した偽造防止ツール「GenuineMark」のアイデアからポートフォリオを広げていき、現在はFMCGや電子機器、家電製品といった領域の企業のサプライチェーン改善を実現しています。GenuineMarkは各製品に個別のアイデンティティを付与することでトレーサビリティを確保し、ユーザーはアプリなどを使用することなく二次元バーコードで簡単に製品のトレーサビリティを把握することができます。さらに、消費者の購買行動に関するデータを取得することで、マーケティング戦略への活用や顧客体験の向上につなげることもできるそうです。
インドを拠点とするTraceX Technologiesは、ブロックチェーンを搭載した独自のプラットフォーム「TraceX」を提供。サプライチェーンに関わる全てのエージェント/プレイヤーは、このプラットフォーム上で情報を追加・表示・交換できます。データの所有権は単一のステークホルダーに限定されることなく、記録された情報は全てのメンバーがデジタルコピーを保有するため、改ざんや変更ができない単一の信頼できる情報源として機能します。また、農家向けに使いやすい多言語のモバイルアプリを提供し、種から収穫までのデータを正確に記録。収穫後のプロセスも全てのステークホルダーによって単一プラットフォームで記録され、消費者は二次元バーコードを利用してトレーサビリティや製品ストーリーにアクセスできます。同社は2022年にプレシリーズAラウンドで100万ドルを調達。CEO兼共同創設者のSrivatsa Sreenivasarao氏は将来の計画について「Web3テクノロジーの力を活用して、食品産業および農業の大規模な分散自律サプライチェーンネットワークを構築する」と述べています。
ここまで、小売業界がWeb3.0で実現しうる社会課題の解決について、海外の事例を中心に解説してきました。
次回は「価値のインターネット」で生まれたトークン経済圏に着目し、小売業界でどのような可能性があるのか?について紹介したいと思います。