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老父と娘の"ちょっといい時間"

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認知症の実父と娘の"ちょっといい時間"を綴ったエッセイ。介護の中には、幸せがいっぱいでした。
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#エッセイ

あの世からとどいた短冊

あの世からとどいた短冊

 父がデイサービスから短冊を持ち帰ったのは、8月に入ってすぐのことだった。

 松本市には、子どもの成長を願って七夕人形を飾り、「ほうとう」という名前の郷土食を食べる慣わしがある。「ほうとう」といえば、野菜たっぷりの鍋に平打ち麺を入れて味噌で煮込んだ山梨の郷土料理が有名だが、松本市のそれは、冷たい極太麺に、あんこ・きなこ・ごまをまぶした、いわば”うどんでつくったおはぎ”のことで、七夕の日にしか食べ

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明日死ぬなら刺身定食②

明日死ぬなら刺身定食②

この文章は、下記の「明日死ぬなら刺身定食①」の続きです。まだの方は、こちらからどうぞ↓

ところが、その夜のこと。父がお風呂に入っていた時のことだ。

と、その前に、まずは、父のお風呂に入る時のルーティーンを書いておこうと思う。

いつも、夕方のだいたい決まった時間に、父は入浴する。元々、大の酒好きで、毎晩、風呂を先に済ませてから、パジャマ姿でゆっくりと晩酌を楽しんできた。だから、初めて脳梗塞にな

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明日死ぬなら刺身定食①

明日死ぬなら刺身定食①

今日は、父を連れて総合病院へ。

先月、4度目の脳梗塞を患ったばかりだというのに、退院して間もなく、今度は、ふと、風呂上がりの父の後ろ姿におかしな膨らみをみつけた。

スーパーでよく見かける、桃やみかんが入ったドーム型のゼリーみたいな形で、直径5cm、厚さ1cmほどの膨らみなのだが、かかりつけ医に暫く様子を見るように言われたのち、結局、総合病院へとなった。

診察は、柔らかく痛みもないことから問題

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父を抱きしめる

父を抱きしめる

コロナの到来により、ハグの文化は、世界中で当面の間お預けだが、近頃は日本でも、再会や別れなど様々な場で、友人とハグすることは珍しくない。

8年程前、私はふと

「両親とハグできるだろうか」

と、思った。

当時両親は、あちこちが歳相応に錆びついてはいるものの、おかげ様で、まぁなんとか普通に元気に暮らしています、という状態だった。それでも、70代後半という年齢を思えば、そう遠くはない未来に必ず別

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なくなったデジカメ

なくなったデジカメ

去年は、6月に父を連れて旅行にでかけた。そうか、あの“事件”から、もう1年もたつのか。

「お父さん、写真現像してくるからデジカメちょうだい」
父のデジカメが、見当たらない。

先日出かけた時の画像がそのままになっているので、写真にして、データを削除しようと思ったのだが見つからない。一昨日の父の日記に、写真を現像しなければと思っていると記されていたから、その時にはあったのだろう。

明後日から一緒

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タカオちゃんの”おてつじゃま”

タカオちゃんの”おてつじゃま”

今は、コロナ禍で外出を極端に自粛しているが、去年の今頃は、タカオちゃんだけを自宅に残して、頻繁に買い物などに出かけていた。家を留守にすると、たまにタカオちゃんが、私のことを思いやって、いろいろと家のことをしてくれる。

溜まった新聞を片付けなくてはと思っていたら、古い電気コードで縛って雨ざらしの軒下に置いてくれていた。新聞の回収日までには、まだ随分と日がある。きっと、たっぷりと雨を吸うことだろう。

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父と「まんま」でランチ

父と「まんま」でランチ

 先週、老父を総合病院に連れて行った。検査と診察で長くかかると思っていたが、思いのほか早く終わったので、ランチに出かけることにした。
認知症生活は、穏やかで単調な毎日と、気持ちが沈む期間の繰り返し。折を見ては、父を連れだして刺激を与えている。

 私がその店に初めて行ったのは、2週間前のこと。友人に声をかけられ参加した、「震災支援ネットワーク・被災移住者交流イベント」の会場が”Kumi's L

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干し柿の腕

干し柿の腕

 先日、持病の定期健診のため、老父を総合病院へ連れて行った。検査は昼過ぎからで、食事はとらずに来院。長い時間はかからないので、検査を終えたら、父と一緒に遅い昼食を食べようと、私も食べずに出かけた。

 父の体にはあまりよくないが、父が好きな醤油ラーメンを食べに行こうか、それとも早く帰宅した方が父は気楽かな、などと考えながら検査が終わるのを待った。暫くすると、看護師だけが私の元へやって来た。

「今

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