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2024年5月の記事一覧

小説『走る。』 4話

小説『走る。』 4話

 帰り道、いつもの土手を歩いて帰る。
土曜日の午後、人は少ない。
最後に仙人に言われた言葉を考えずにはいられず、頭の中でくるくるとさせながらふらふらと帰っていた。その時、
「あ! 紗良さん!」
今日は紗良さんをデートに誘おうと思ってたんだった。すっかり忘れていた。急に思い出して声に出してしまった。

もやもやしてきて、
「よし、戻って誘いに行こう!」
と、つぶやいて振り返るとそこにはあの、教室で睨

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小説『走る。』 3話

小説『走る。』 3話

 一ヵ月が経ち、
早くも絵画教室が毎週の楽しみになっていた。

就職でこっちに来たから同期以外に仲のいい人はいないし、休日に予定もない。週に一度の楽しみとしてはちょうどよかった。

 絵はどんどんうまくなった。
家でも暇があれば描いた。
それでも周りの学生たちやプロと呼ばれる人たちには追い付ける気がしなかったが、仙人の教えは毎度目からウロコだった。
構図や光の扱い方、筆の流れなど、知るたびに納得で

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小説『走る。』 2話

小説『走る。』 2話

絵画教室は週に三回やっているらしい。
平日は夕方、土曜日は午前中から昼過ぎまでやっているということだった。
あの日はたまたまヌードデッサンの関係で平日の午前中にやっていたのだ。

運命の彼女の名前は紗良さん。
ヌードモデルというわけではなく、この教室の生徒で、バイトとして時々ヌードモデルをしているらしい。
あの時は堂々として見えたが、よくよく聞いてみるとすごく恥ずかしかったらしい。
それを聞いた瞬

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小説『走る。』 1話

小説『走る。』 1話

 その時、心臓をグッと掴まれた。
 その時、キュウンと絞られる音がした。
 その時、時間が止まった。

 目の前の景色が吹っ飛ぶ。
アクション映画でおっきなガラスが割れる時のように派手に。
真っ白な世界に彼女一人が立っていて、彼女から放出される魅力の針が心に刺さったような、そんなふうに見えた。

 おれにとって恋とは、逆境のことだ。
彼女は坂の上、こっちは坂の下にいた。
一瞬だけ目が合った。

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小説『洋介』 エピローグ

 帰り道。
落ちている石を、おもむろに宙に浮かせる少年。
背負うランドセルより高く石は浮かびあがり、そしてクルクルと回る。

 秋、夕日がかった河原、周りに人はいない。

 土手の上から河原を見渡しながら、少年はこの一年のことを思い返す。
一年前のあの日、夕日が心に刺さったあの瞬間にすべてが始まったのだ。
あの日から世界の見え方が、感じ方が、広さが変わった。

「おーい!」
後ろから声をかけるもう

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小説『洋介』 最終回

小説『洋介』 最終回

 帰り道。今日は一人。
ゆっくりと朝の閃きを見つめなおす。

頭の中は水の様な透明で、澄んでいる。
心地がよかった。

「生きる意味は幸せになること」
このアイデアは心を元気にする力があると思った。

歩きながら考える。
僕の幸せってなんだろう。
お父さんとかお母さんの楽しそうな顔が浮かんだ。
ペスが元気な姿が浮かんだ。
あの子が笑っている顔が浮かんだ。
僕はみんなが幸せだったらいいなぁ、と思った

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小説『洋介』 19話

小説『洋介』 19話

朝。
学校に行く道。
河原の横を歩く。
太陽が水に反射して、キラキラと揺れながら光る河原を、少し早足で通り過ぎた。

もう少しで学校というところだった。
突然、頭にピーンとなった。
何がきっかけかはわからない。
閃きだけが急にきたのだ。

頭のてっぺんから一本の電流が心に向けて走り、
その閃きが頭をいっぱいにした。
うおお!と叫びたくなった。

「掴んだ!」
と、言った。

 その直感はまだ言葉で

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[短歌]明日には笑えるやろか 明日には

[短歌]明日には笑えるやろか 明日には

明日には 笑えるやろか 明日には
東京の夜 月も見えない

この夜は あなたに出会えた 夜だから
いつもの道に 月が届くの。

第14回 井戸短歌会「写真で一首」にて。
字はおおのゆうや(https://note.com/langeech)。素晴らしい。
短歌会の様子はPodcastでUpしています。(こちらは第13回のもの)
第14回のものも後日Upされます。

元々、別々に作った短歌だけど、並

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小説『洋介』 18話

小説『洋介』 18話

 帰り道、彼女に相談した。
彼女は洋ちゃんとそんなに話したこともないし、特に仲良いわけでもない。でも茶化さずに、真剣に、話を聞いてくれた。

「洋ちゃんに頼りにされてるんやねぇ。
 なんか君に聞きたくなる気持ちもわかるなぁ」
 そう言って幸せそう笑ってくれた。そして続けた。

「なんか、去年の秋ぐらいの時から、君の感じが変わってんよね。
 なんていうか……。幸せそうに感じてん。
 洋ちゃんもそう感

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小説『洋介』 17話

小説『洋介』 17話

喧嘩したあの日からしばらく。
平和が続いていた。
変わらない毎日が心地よい。
楽しい。

その日もいつものように、学校ではのんびりとした時間が流れていた。
すると昼休みに前の席から洋ちゃんが振り向いて話し始めた。
少し困ったような悲しそうな顔をしている。

「なぁ、死んだらどうなると思う?」

 びっくりして、黙ってしまった。
どうしたんだ。
洋ちゃんは真剣な目をしている。

 何かあったのかな。

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小説『洋介』 16話

小説『洋介』 16話

 6年生の一学期が始まって数日経った帰り道。
あの子と帰る。
僕らは、新学期が始まってからはほぼ毎日いっしょに帰った。

 その日、彼女はいつもと違う様子だった。
笑顔がなんとなく疲れている。
「なんか疲れてない?どうしたん?」
 と、聞いてみると、
「いや、疲れてないよ」
 と言う。
なぜかわからないが、この時ついムッとしてしまった。

「いやいや、疲れた顔してるやん。なんかあったんちゃうの?

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