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小説『洋介』 最終回

 帰り道。今日は一人。
ゆっくりと朝の閃きを見つめなおす。

頭の中は水の様な透明で、澄んでいる。
心地がよかった。

「生きる意味は幸せになること」
このアイデアは心を元気にする力があると思った。

歩きながら考える。
僕の幸せってなんだろう。
お父さんとかお母さんの楽しそうな顔が浮かんだ。
ペスが元気な姿が浮かんだ。
あの子が笑っている顔が浮かんだ。
僕はみんなが幸せだったらいいなぁ、と思った。

ぺスが元気でいてくれないと、僕の幸せは減ってしまう。
あの子が泣いていたら、僕の心も小さく冷たくなってしまう。
家族が一緒じゃないと僕は幸せじゃない。
みんなもそう思ってくれていたら、どんなに幸せだろう。

お父さんとお母さんは僕の幸せを願っているだろう。
幸せだったら喜んでくれるだろう。
間違いない。
あの子もそうだ。
なるほど、僕の大事な人の幸せも、僕の幸せで成り立っているのか。
あぁ、今日は本当に冴えている。

幸せって僕と誰かの間にあるものなのかも。

あの子の幸せを願うのは楽しい。
僕の幸せを願っているお父さんとお母さんは楽しそう。

だんだんと日が落ちていく。

幸せってなんだ。

あぁ、愛されてるってことか。
あ、あと、愛してるってことか。


 そのとき、目の前に浮かんでいる石が見えた。
知らないうちに浮かんでいたのだ。
「あ、そういうことか……」
何かが心にストンと落ちた。

浮かんでいる石は自分だと思った。
手を伸ばして掴んだ。

そうか、自分の力で生きてるんじゃない。
人は、僕は、この石とおんなじだったんだ。
僕らもこうやって、夕日の力のような、大きなものに包まれて浮かされて、回っているんだ。
その中にあの子がいて、洋ちゃんがいて、友達になったんだ。

石はあったかかった。
僕の心も穏やかに、でも素早く、暖かさに満たされていった。

今、僕は、大きな力に包まれている。
確かに僕は、その力を感じる。
ああ、この大きな力に今日まで、僕は生かされてきたんだな。

あぁ! そうだ!
僕は愛されてたんだ!
頭の中で何かが爆発した。
嬉しい!

今日まで僕は、この力に守られていたんだ。
いつだって包まれてたんだ。
この力は僕の、幸せを願って導いた。
ああ、僕はずっと幸せだったんだ。

よかった。僕は幸せだった。
だから大丈夫だったんだ。
だから大丈夫なんだ。

涙が出てきた。
嬉しくって楽しくって、喉の奥から込み上げてくるものがあった。
「神様、ありがとう」と何度も言った。

目の前にはでっかい夕陽があった。
空は真っ赤だ。
大きな川も真っ赤。
キラキラと輝いている。

洋ちゃんに答えられる!
その答えは初めからなんとなく持っていた、と今になって気づく。


「洋ちゃんの犬も僕たちも、大丈夫だ」

これじゃ、洋ちゃん、ぜんぜん意味わからんやろな。
だから驚くやろな。
笑われてもいいか。
いや、洋ちゃんは笑わないか。

丁寧に説明しよう。
洋ちゃんのあの、優しいテンポで。

死んだらどうなるかはわからない。
わからなかった。
でもわかったことは、僕らは大丈夫だってこと。
これまでも生かされているってこと。
だから死んだ後も"生かされる"から大丈夫だってこと。
だって僕らは初めから生かされて来たんだから。
生かされて生まれたんだから。
この生きている時の流れに、そのまま乗っていくんだってことだ。
生きている時も死んだ後も同じ、大丈夫なんだよ。

僕らは生かされている。
生かされて守られている。
生かされてるから生きている。
僕らを生かしている力は、悪い力じゃない。
それを僕は知っている。
初めから今まで、ずっと僕らは…。
だから大丈夫だ! 

洋ちゃんも洋ちゃんの犬もぺスも僕もあの子も、
幸せになれる。いや、幸せなんだ。

幸せを確信した時、僕の周りにある目に見えない力を完全に信じた時、
僕の体が少し浮いた。


 帰り道。
目の前に広がる世界は、昨日よりも広くなっている気がした。
ぐわっと勢いをもって迫ってくるような迫力があった。
歩くたびに迫ってきた。
空気は澄んでいて、どこまでも行ける気がする。
「大丈夫」って、洋ちゃんに伝わればいいな。
あの子も喜んでくれるかな。
早く二人に会いたいな。

ゆっくり歩いて帰ることにした。


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