對馬考哉

小説と絵。第2回阿波しらさぎ文学賞最終選考。第5回Art to You!企業賞セイショ…

對馬考哉

小説と絵。第2回阿波しらさぎ文学賞最終選考。第5回Art to You!企業賞セイショウ賞。第3回DIVERSITY IN THE ARTS藏座江美賞。お仕事依頼はDMまで

最近の記事

バットマン・ノーリターン

 おれの町には「バットマン」と呼ばれている人がいる。だいたい町の中心の駅周辺に自転車に乗って現れる。夏でも冬でも穴だらけの黒いコートと黒いズボンを着て、「えおおおお!」とか「ええああろ!」とかなんだかよく分からないことを叫んでいる。髪も髭も伸び放題で表情はほとんど伺いしれないし、おそらく四十代くらいではないかと思われるけど、実際はよく分からない。どこに暮らしていて、何で生計を立てているのかも分からない。ただ、ママチャリのカゴに表面がボコボコに凹んだ金属バットを入れていて、何か

    • You should live a modest life.

      私の座右の銘は「遠慮して生きていこう」だ。タトゥーとして入れても何の後悔もない、自分の中で変わらない言葉だ。 しかし本当にそれでいいのかと思うことも最近ある。 私は目立つ外見をしている。体が大きいし、目つきも悪く、「怖い人だと思ってた」と言われることが多い。 しかし内面は小心者で争いを好まない優しい人間だと思っている。 それ故性格が分かるくらい仲良くなった人からはイジられる。 でも内心は傷ついている。出来ればイジられたくはないし、それによって生じる笑いも好きではない。 もちろ

      • 蟹国家

         仙台短編文学賞落選作です。  私の住む地域は田舎なので、冬になると雪に閉ざされてしまう。そのため車を持っていない者は、何か買い物をするには隣町まで歩いていかなければならない。 買い物用の大きなリュックサックを背負って雪道を進んでいく。私が歩いているすぐ脇を車が何台か通っていく。周りの木々は枝に包帯を巻かれたように雪をまとっている。長靴で歩いていると、新雪がぎゅ、ぎゅ、と音を立てる。吐く息は白く、透明な鼻水が髭を濡らしていく。私は食料品を買いに行くつもりだった。お目当ては

        • エンドレス・パンク

          第一回NIIKEI文学賞落選作です。 「僕たちの班は観音寺に行って仏海上人の生涯を学びました。えー、仏海上人は即身仏というのに日本で最後になった人として知られています。即身仏というのは生きながらにして仏になる行為のことで、仏海上人は小さな棺の中に入って水も食べ物もとらずにその中で死ぬまでお経を唱え続けたそうです。身体を腐らせないために漆まで飲んだそうです。そして結果的にミイラになりました。その写真を見せたかったのですが、絶対に撮影をしてはいけないということだったので、えー、

        バットマン・ノーリターン

          シドと白昼夢

          第六回阿波しらさぎ文学賞落選作です。 「おねえさん、誰ぇ?」 「はじめまして、橋本環奈です」 「キョーッ!」 「それじゃあどうがよろしぐお願いします」 「分かりました。じゃあ、いってきます」  支土は跳び上がりながら道を走っていく。それを駆け足で追っていくのはセーラー服を着た信子だった。  支土の父親である雅史から「橋本環奈になって欲しい」と信子に依頼が来たのは三日前のことだった。支土のことは知っていた。よく雅史と二人で散歩をしているのを見かけていた。支土は自閉症と知的障害

          シドと白昼夢

          二匹

          第5回阿波しらさぎ文学賞一次選考落選作です。  車を停めようとしたときに、光るものがあった。よく見ればそれは二メートルほどもある大きな水槽であり、中には自転車のチューブのような魚がいる。今日家を出た時にはこんなものはなかった。俺は家の中に入り、妻を呼んだ。 「庭の、あの水槽は何?」 「あれはオオウナギだよ」 「なんでそんなのがうちにいるの?」 「徳島の親戚が釣ったんだって。母川って川で。天然記念物らしいよ」 「天然記念物を勝手に飼っていたらまずいんじゃないの?」 「バレなき

          MONO

           つくづく私以外何もない部屋だ。あるのはゴミと敷きっぱなしの布団だけ。男は私の一番上の引き出しを開けてサトウのごはんを入れる。引き出しの中は乾いた米粒やワカメが張り付いている。 「美味いか?」  私は何も言わない。というか言えない。  男は私の持ち主であった女と同棲していた。そして何らかの理由で別れた。女は私を残して去っていった。その頃から男は私に変な行いをし始めた。ご飯を食べさせ、風呂に入れ、セックスをした。性別のなかった私は、男の手によって女にされてしまった。  男は性器

          天使に土下座

          第3回阿波しらさぎ文学賞落選作です。 美空ひばりの『リンゴ追分』が流れているからといって必ずしもそこが青森ではないように、阿波踊りをしている人がいるからといってここは徳島ではない。  ここは青森県南津軽郡。我ぁは一人阿波踊りを踊っている。明け方の薄暗い部屋の中で、我ぁは徳島に思いをはせて阿波踊りを踊っている。映像では見たことがあるが、所詮は素人芸のため本場・徳島の方々からすれば未熟も未熟、噴飯ものであろう。ところで先程から一人称として使われている「我ぁ」という言葉だが、「

          天使に土下座

          自由障害

           オオウナギの夢を見た。放課後の理科室で、夕日が粉っぽい埃を照らしている中、黄色がかった身体をよじらせて、オオウナギはビーカーやフラスコを床に叩きつけていた。パリン、パリン、という音が誰もいない理科室にこだまする。私はそれを見つめている。ガラスの破片がオオウナギのぱんぱんに太った身体に突き刺さり、鰓からこぽこぽと血の泡が吹きだしている。私は訊ねた。 「どうしてそんなことするの?」 水槽のガラスの向こう側でオオウナギはとても悲しそうな目を向けて言った。 「いつか君にも分かる日が

          自由障害

          身辺雑記精神崩落獄

          ペガサス首もげる思い伝わる前に体積は保存された 汚い季節盆の液体 何を折る角 不可解鳴り止まないノイズ低減レベル5 社交的な時計が母をテクニックで菌臓 球根の中の花は誰にも予見されないが 遺伝子改変が 私を被害する腐る逃げてもクモの巣ペリカン課せた蝿をサウジアラビアを売る必要ない英英路線図 紙面湿った肉パンツ ごめんねの努力して我慢するレストランに着く 内房くれ是樽 星米所望兼大量廃棄助けは永久に出ない糞闇を徘徊する蛙靴サディストクレーマー学校生活環境情報提供です先生が辞めな

          身辺雑記精神崩落獄

          漏電蚕

           切明池の底からある日突然地上に出てきた子供がいた。子供は池から這い出ると、そのほとりを歩き始めた。服は着ておらず、泥まみれのままぐるぐる池の周りを回った。釣りをしていた第一発見者の吾郎はとりあえず毛布でその子供を包んだ。子供は暴れる様子もなく、すたすたと歩いた。吾郎は集落の長である谷口の元まで向かった。 「どうした吾郎? その子は」 「切明池の底から這い出てきたんです」 「どこの子だ?」 「それが、ぜんぜん話さないんです。身元が分からなくで……」 「困ったなぁ」 「とりあえ

          すだち酎

           何の前触れもなく息子が帰って来た。息子は三十になっていたはずだった。ずいぶん太っていて、無精ひげが生えている。しかし小さな二重の目は変わっていない。スポーツバッグを手に持って、二階に上がっていく。一週間で帰ると言った。しかし一週間経っても帰る気配はなかった。  何故家に戻って来たか。何があったのか。いろいろ訊ねても息子は「疲れている」と言って具体的なことは答えなかった。私は心療内科の受診を勧めたが、息子は首を縦に振らなかった。  妻は二年前に他界した。葬儀に来るように息子に

          すだち酎

          四十九日抱擁

               1  うどん。朝おはよう。イギリストースト。昼こんにちは。夜おやすみ。お父さんとお母さん死んだ。      2  出会いはじめまして。別れさようなら。くじら餅、リッチ、お菓子のこと。      3  ご愁傷様が終わって私は一人になった身体で、けいこうとうのひかりの中で、目をとじると、うすぼんやりとひかりが透けている目の裏で、まばたきの間の一瞬のこのひかりの感じで、私はお父さんお母さんのことのように一瞬だけここからいなくなる気がした。      4

          四十九日抱擁

          ドキュメント『君に届け』

           高城れにさんは自らの小説『紫と幸せの玉』の中で「紫と幸せの玉さえあれば、それだけで頑張れる」と語っている  宮崎県は巨人のキャンプ地です  先生が野生のゴリラを捕まえて駆除  犬の隣に冷えたカブトムシ二匹  彼らはまだあいみょんを知らないから……  公営住宅に住んでいるノリオはその日素晴らしいアイディアが浮かんだ 「かずこに自分の気持ち、ちゃんと伝えなきゃ」 「こう、手をキュッと握るんだよ。耳を傍にしてな。するとよ、命がマッチの火ぃみたく燃えてくるんだ。だけどよ、これを人

          ドキュメント『君に届け』

          土俵際の横綱

           私の住む地域ではしばしば相撲がとられる。一種の賭け事のようなもので、男は大抵物心ついた頃から土俵に立たされる。私はとても相撲が強く、今まで一度も負けたことがない。本物の力士には負けると思うが、すくなくとも素人相手には確実に勝てる。相撲を習っていたわけでも、優れた体格をしているわけでもない。ただ相撲をとると何故か必ず勝ってしまうのだ。何かこの特技で大手企業に勤めることができたりすればいいのだろうが、現実は精密機器を組み立てる工場で働き、細々と暮らしている。同僚は「どうせ勝つか

          土俵際の横綱

          僕のふつーの生活(對馬考哉)

           えーっと、これでいいのか。はい、えー、拝啓、智子さんへ。これから僕の住んでいる町を紹介します。今、映っているのは僕の家の最寄り駅です。見た通りの無人駅です。高校の頃は電車通学だったので、今その時のことを思い返しています。壁に落書きがあります。「FUCK」とか「殺」とか書いてます。この辺りはヤンキーが多いです。僕も中学生くらいの時はよくカツアゲされたり、石を投げられたりしました。今その人たちはどうしているか分かりませんが、きっと家庭をもって真面目に働いて、僕にひどいことをした

          僕のふつーの生活(對馬考哉)