土俵際の横綱

 私の住む地域ではしばしば相撲がとられる。一種の賭け事のようなもので、男は大抵物心ついた頃から土俵に立たされる。私はとても相撲が強く、今まで一度も負けたことがない。本物の力士には負けると思うが、すくなくとも素人相手には確実に勝てる。相撲を習っていたわけでも、優れた体格をしているわけでもない。ただ相撲をとると何故か必ず勝ってしまうのだ。何かこの特技で大手企業に勤めることができたりすればいいのだろうが、現実は精密機器を組み立てる工場で働き、細々と暮らしている。同僚は「どうせ勝つから」と私を相撲に加えない。おそらく同じような理由だろう、地元の友達とも疎遠になってしまった。昼飯を賭けて相撲をとる同僚たちを尻目に、休憩室の隅でコンビニの弁当を食べている時、ふとこれは俗に言う「孤独」なのではないかと思うことがある。もしかしたら私をこんな状況に追い込むために、みんなわざと負けていたのではないかと思うこともある。孤独になった今、もう勝つことも負けることもないだろう。私は今年で三十四歳になる。

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