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【書評】『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(岩波書店)

 SNSやYouTubeなどでは、しばしば「ナチスは良いこともした」という話を見かけます。

 第二次世界大戦を引き起こし、ユダヤ人の虐殺を行ったナチスは、学校ではもちろん悪として教えられます。

 一方、歴史教科書では研究の進展に伴って記述が変わることがあります。教科書の内容が絶対というわけではありません。

 また、「学校では教えない(教科書には書いてない)○○」というコンテンツには一定の需要があります。「自分が新たに知識を得て、常識が書きかわる」経験は楽しいものです。こうした心理が、「ナチスは良いこともした」という話が広まってしまう背景にあるのかもしれません。

 ネット上で見かける「ナチスのした良いこと」には、以下のようなものがあります。

・高速道路網のアウトバーンを建設して、世界恐慌から立ち直った。
・労働者に娯楽を与え、出生率を上げる対策も行った。
・先進的な環境保護・動物愛護政策を行った。
・国民の健康のためにタバコや飲酒の害を訴えた。

 しかし、これらは歴史学の場で、すでに検証を経て否定されたものばかりです。

 本書は、歴史学者がどれだけ否定しても繰り返される「ナチスのした良いこと」についてコンパクトにまとめ、反論した良書です。

 本書では、「ナチスのした良いこと」を否定する際、いくつかの視点を提示しています。

①ナチスのオリジナルではなく、前政権や他国の政策を参考にしていた。
②数字で検証すると大した効果はなかった。
③一見して良いことに見えるが、背景に非人間的な優生思想・人種差別思想がある。

 例えば、有名なアウトバーンについて。高速道路の建設は、ヒトラー政権以前のドイツ政府がすでに構想していました。失業対策としても、ドイツ全土の失業者が最悪で600万人だったのに対し、アウトバーンによる雇用創出は1934年に3万8000人に過ぎないなど、景気対策の効果は限定的でした(上の①、②に該当)。「ナチスはアウトバーンによってドイツ経済を復興した」というのは、ナチスによるプロパガンダが生き続けている側面が大きいのです。

 また、家畜の屠殺方法などを規制した動物愛護政策についても注意が必要です。伝統的なユダヤ教徒は、鋭利な刃物で家畜の首を切る「シェヒター」という屠殺方法で採った肉しか口にできません。できるだけ痛みを与えない方法ではあるのですが、ナチスは「野蛮な方法」として非難し、反ユダヤ主義を煽動しました。家畜の屠殺方法の規制は、ユダヤ人迫害と表裏一体だったのです(上の③に該当)。

 インターネットに流布しているいい加減な情報に騙されないようになるなら、900円強という価格も安いものではないでしょうか。この時代に明るくない方にもお勧めの一冊です。


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