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戸塚ネオ
2020年6月27日 14:41
病棟では、なんとなく私に対するスタッフの風当たりがきつくなったように感じた。報告や相談の数が減り、こちらをみてはひそひそとうわさ話をしているようだった。表立って、反抗されることはないが皆よそよそしい。おそらく、石井さんが噂を流しているのだろうと思った。彼女は人一倍仕事をして、他の人の仕事も手伝うので受けが良いのだ。一方、管理職は目の敵にされがちである。「なんなの。あの人たちの態度。良
2020年6月25日 13:10
しかし、私は後輩たちのメンタルのフォローもしなければならなかった。石井さんはあれから、覇気や自信がなくなった様子で働いているし、田無さんに至っては出勤してこない。一度、休み希望の電話を私が受けたときに、「迷惑をおかけして、もうしわけありませんでした」とか細い声で謝り、「だけど、私はもう看護師に向いていないかもしれません」と言い残して、電話を切られた。橘師長に相談すると「逃げたわね…」とた
2020年6月25日 13:07
広澤さんの一人娘の和子さんは夫に支えられ、思いのほか早く来院した。冷たくなった広澤さんの隣で突っ伏して、わぁわぁ泣いていた。夫は「なぜ、急にこんなことになったんですか?つい最近まで元気だったのに」拳がわなわなと震えていた。二人は、広澤さんの看護に熱心な家族だった。面会もここ数年毎週見舞いに来ており、食べるのが困難な広澤さんへ好物のせんべいを持ってきては、何とか食べさせようとしていた。当然
2020年6月25日 12:43
病棟の経管栄養の患者さんに栄養を投与して、数十名の昼食を配膳し終わると、今度は自力では食べられない人の食事の介助に入る。石井さんも田無さんも気持ちを切り替え、バタバタと動いているように見えた。普段は担当のチームの患者さんへ担当看護師が、食形態や患者さんの特徴を把握した上で配膳をしていたのだが、今日は人数不足のせいで、ABチーム関係なく配膳をせざるを得なかった。ゴホゴホと食事にむせる高齢患者
2020年6月25日 12:37
私が主任をしていた時は、上司の要求にイエスマンにも革命派にもなれず、ただ一人でなんとか業務を回そうと空回りしていたと思う。そんな中起きた、あの事件は私をやるせなくさせる。大学病院の内科病棟の主任看護師をしていた私は、橘師長の元で働いていた。橘師長は他人には厳しいのだが、自身の役職の責任からは逃れるが上手い人という印象が拭えない。大学病院の急性期の内科病棟とは名ばかりの、要は他の病棟の慢性