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【短編小説】どうも痔ろう患者です、自分のお尻と会話ができるようになりました。

いきなりですが、あなたはお尻と会話をした事がありますか?
僕はあります。妄想ではなく、大まじめに言ってます。
痔ろうの手術のために入院した時、確かに話したんです。

なに?「アタマ大丈夫か。肛門科だけではなくて精神科の方にも通え」って?

ご心配なく。僕のお尻は「通わなくても良いよ。」と言ってるから。

そもそも本当にお尻と会話が出来るのか。
そうだ、お尻といえば「Siri」に聞いてみましょう。

「ヘイSiri!、お尻と会話することってできるの?」
「すみません、よく分かりません。」
「近くの精神科病院を検索中です…」

あぁ、キミも“そっち側か“

まぁ良いや。

なぜ、お尻と会話ができるようになったのか。それは冒頭にも言いましたが「痔ろうの手術をした」から。

お尻と真剣に向き合う環境にいた事で、コミュニケーションを取れるようになったのです。

それは痔ろうの手術後にベッドの上で寝たきりになっていた時だった。

腰椎麻酔(ちなみに痔ろうの場合ほとんどが腰椎麻酔を行う)が切れ、下半身の感覚が戻ってくると同時にふと"なにか"の声がした。

けどそれは声にならないような声。
まるで傷を負った獣が痛みをこらえ、しずかなうめき声を上げるように。

僕の耳へとその音は響いてきた。

でもすぐにどこから聞こえてきたか分かった。
"その場所"はすぐ近くにあったから。

「尻からだな。」

術後で気がどう転していたのか、はたまた入院のストレスで頭がお花畑になっていたのか。
なんの疑問も持たずにそう思った。 

僕は冗談めいて、「ヘイ尻?」と茶化して声をかけてみた。

「………。」

しかし尻からはなんの返事もない。
どうやら人見知りがあるのかな?

僕も同じタイプだから、よくわかるが。
そう言う時は無理に話しかけず相手のペースに合わせる。
あまり質問責めにしてもお互いしんどいからね。

尻は唸り声をあげてはいるが、こちらに何か話す様子はない。
僕も沈黙を貫いてる。

小一時間して看護師さんが座薬を入れに来てくれた。

そう言えば座薬なんて何年ぶりだろう?
小学6年生の時に、切れ痔で血が出た時以来だったかな。
なんかあまり良い印象が無かったなと、ふと過去の事を思い出しながらお尻にピュッと入れてもらった。 

「痛っ…。」と、思わず声が出てしまった。

この感覚だ、思い出した。やっぱり印象通りだった。

でも痛みは一瞬だったし手術も無事に終わったしな。
あとはこの先安静にしていれば良いだろう。

…と、また声がした。

しかし様子が変だ、人見知りだった奴の“ソレ“ではない声だ。

猛々しく吠えている、尻が。
人見知りだと思い込んでいた、尻が。

多分、Siriに聞かせたら「すぐ近くにオオカミがいます。早く逃げてください!」と注意を促されそうなくらいに圧倒的な声。いや叫びだ。

僕は怖くなって震えた。
「話が違うじゃねぇか!自分から話題とかあまり振ってこないような大人しいタイプじゃないのか?」なんて戸惑っていた。

尻の大きな叫び声に驚いたためか、急激に腹が痛くなってきた。
身悶えするくらいに痛い。

僕は昔からストレスに敏感で、その影響が胃腸に出やすかったから今回も同じように胃腸が過敏に反応したのだろう。

まさに胃腸の緊急事態宣言だ。
見ろよ、百合子も青ざめた顔をしてうろたえてやがる。
テンパってるのか知らんが、秘書に向かって「密です!」とわめきちらしている。

まぁ落ち着いて額に浮かべた汗でも拭きなよ?と、ハンカチがわりに持て余していたアベノマスクを渡す。
あー、ごめん。逆効果だったかな?

そんなたわごと事を言ってる間にも、腹痛は更に勢いを増し。尻の叫びも声量が大きくなっている。

猛烈な腹痛と尻からの叫び声で、神経がまいりそうだ。

「もうダメだ。ロックダウンしてくれ!」と脳内官邸に駆け込んで直接申し出たが、「若者は重症化しない」と言われあえなく却下された。

仕方ないどうにかやり過ごすか。
この苦痛に耐えれば、小泉元首相も「痛みに耐えてよく頑張った。感動した!」と元横綱の貴乃花が苦しみながらも優勝した時のように祝辞の言葉をかけてくれるだろう。

それだけでも我慢する価値はある。
僕の四股名は「尻ノ花」あたりでどうだろうか。

よし、尻ノ花よ冷静になれ。
一度呼吸を整えるんだ。
痛いものはどうやっても痛いんだから、まずは落ち着こう。

それから大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。

「スー、ハー…」「スー、ハー…」

徐々にではあるが、頭も整理されて落ち着いてきた。
相変わらず痛みはあるものの、呼吸を整える事に意識が向うようになった。

サッカー元日本代表の長谷部誠選手の著書、「心を整える。」を読んでおいて良かった。

ん?いや待てよ、違うな。あっちは“心“か。
じゃあ関係ないや。

こっちは“呼吸“だからな。
どうやら頭の中はまだ整っていなかったみたいだ。

無関係な長谷部選手を引き合いに出してしまった事を詫びるため、現役生活を送っているドイツの方角に向かって謝ろう。

でもその場合、地図上の日本から見て西側か東側のどちらを向けば良いのだろうか?
距離的には西を向いた方が近い気もするが、自由の女神に挨拶をしておきたいから、東に向かって謝ろうか。

自由に生きていきたいなと、この頃思っていたしな。ちょうど良いしあやかろう。

謝罪も無事に終え、そんなこんなで苦痛に耐えながらもいつの間にか眠りについていた。

翌朝目を覚ますと、まだ痛みの余韻が強く残っていた。

お腹もグルグルとうなりながらも激しく痛み、尻の方もまるで罠に掛かったイノシシのようにどうにか逃げようと暴れまわっている。

「くそっ…痔ろうの手術ってこんなに辛いのかよ。」

手術への不安や怖さばかりに意識が向いていて、術後の経過などどうにでもなるだろうと思っていた。

結局、昨晩も尻の痛み止めの注射を打ってもらおうかとためらっていたが、「この苦しみを乗り越えれば大きな経験になる」と、意味の分からない理由を付けて乗り切ってしまった。

なにを強がっているんだ自分は。
暴れているイノシシにだって鎮静剤とか打つだろ?
無理矢理に連れて帰ろうとするから、そりゃ痛手も負うさ。

尻は相変わらず罠を外そうと暴れまわっている。
「落ち着け…」と自らに声を掛け、呼吸を整える事に意識を向けた。

だが術後の疲労や入院のストレスなどもあり、呼吸はまるで落ち着く気配を見せない。

それどころか、尻の叫び声ばかりが聞こえやがる。

参ったな…これは長期戦になりそうだ。すでに心の一部が剥離骨折になったような気がする。

いや、大げさだけどそのくらい言わないと気持ちが収まらないのよ?

少しは僕の身にもなって欲しいな。

痔ろうの治療なんだから尻だけならまだしも、予想外の激しい腹痛に見舞われているんだから。

そして、痔ろう患者は誰もが通る第一の関門にして最大の難所。
手術後初のお通じの時間。

強い決意を持って挑む、ケツだけに。
もう一度言おう、ケツだけに。 

続けて書くと「ケツだけに。」がゲシュタルト崩壊を起こしている。

しかし、こんな小学生でも愛想笑いの労力すら惜しみそうなシャレを言うために呼ばれたゲシュタルトも、さぞかし迷惑であろう。

あとで地元名物のきび団子を送っておくよ。
いつか気が向いたら仲間になってくれ。

犬、猿、キジ、ゲシュタルト。

名前だけ見るとゲシュタルト一人で鬼ヶ島に乗り込めそうだ。
そもそも一人と言ってはみたものの、人名なのかすら知らないがな。

僕は桃次郎ってところかな。
最大の難所を目前に汗ばむ身体を冷やすために、心地よい痔ろうジョークをかまして体温を下げる。
だが、かえって冷や汗をかくのみであった。

桃次郎は痛みと恐怖で震えていた。

我が腸内線、桃次郎空港発の第一便が出る時、出発前に何度も機長に確認した。

「硬くないか?」
「痛くないか?」
「大きさはどれくらいだ?」

機長からの返事は全てオールグリーン。問題ないらしい。
彼とは32年間連れ添った仲だ。お互いの夢や人生について語り合ったりもしたし彼には全幅の信頼を置いている。

「テイクオフ」

信用した僕がバカだった。

硬さや大きさは機長の読み通り問題はなかった。
しかし、痛みの方は大きく見誤ったみたいだ。

離陸直後、凄まじい衝撃とともに赤い火花を散らしながら颯爽と駆け抜けた。
「ブスブス」っと言う情けないエンジン音を鳴らしながら。

「おい機長!話が違うじゃねえか⁉︎」
と、痛みに顔を歪めながらも心の中で叫んだ。

腸内線は1日約2〜3便。
それをいつまで繰り返さなければいけないのか?
今後のことを思うと気が滅入った。

とりあえず、機長はクビにした。
あとで聞い話だと地元に帰って、奥さんと2人で念願だった家庭菜園を始めて悠々と年金暮らしをしてるらしい。

今度、お詫びにダンボールいっぱいのキュウリとトマトを送ってくれるとのこと。

水分量も多く含んでるし、尻にも優しいだろうってさ。

まぁなんだかんだ世話になったな、豊作を期待してるよ。

桃次郎空港・尻エアラインの第一便の離陸後、僕は病室で横になっていた。
尻の野郎はまだ唸ってやがる。

コイツには協調性というものはないのか?
もう少し歩み寄る気持ちを持てよ。

こっちは痛みが出ないような体勢で横になったり、出来るだけ振動を与えないようにゆっくりと動いてるのに。

お前は感情的になってばかりで。
怒りたいのはこっちの方だ。

夜になるとまた座薬を入れてもらう。
部屋に来た看護師さんが僕の尻を見ながら構える。

そして、また激しい痛みに襲われるのか?という恐怖で身がすくむ。

「息を吐いて楽にしてくださいね?フーッと息を吐いて〜。」

「ふー…。」と、体をこわばらせながらもどうにか力を抜く。

と同時に凄まじい痛みが走る。

思わず苦痛で鬼の様な形相になる。
桃次郎から鬼へ。
実は主人公が黒幕だった。と言うのは漫画やら映画などでもあるパターンだが、今ここで現実に起きている。

きっと鬼を討伐して平和に暮らしていたゲシュタルトも、飛んで来るに違いない。

ゲシュタルトを主役に抜粋してのスピンオフ作品だ。

ハリウッドの配給会社も一瞥もくれずに見過ごすに違いない。

そうして成敗された僕は人間だった頃の記憶を思い出して元の姿へと戻ると、また苦痛に悶えていた。

座薬と、術後の傷口部分で炎症を起こしている尻が激しく戦っているのであろう。

尻は怒りの矛先を薬の方に向けている。

だが、苦痛に顔を歪めながらもその光景を見ていた僕はハッとした。

待てよ?今まで自分の苦しみや痛みにばかり目をやっていた。
しかし、僕は尻の本当の気持ちを考えていなかったのではないか?

尻は目の前で歯を食いしばりながらも、負けてなるまいかと戦っている。

そうかお前も苦しかったんだな。なんで気付いてやれなかったんだ。

僕は悲劇のヒロインを演じていたんだ。

かわいそうな自分。周りからなだめられ、励まされて良い気になっていた。

なんて厚かましいんだ。尻の痛みも知らないで。
今なら分かる。術後の腹痛は僕への警鐘だったんだな。
お前調子に乗るなよ?すぐ良い気になるんだから、ちゃんと尻の事も考えてやれよって。

ごめんな、尻。
お前の気持ちをわかってあげられなくて。

「ヘイ、Siri…」

いや、尻よ。

ありがとう、そばにいてくれて。

「気にすんなよ。俺も素直になれなくて悪かったな。」耳元にそんな声が聞こえてきた。

それっきり尻の声は聞こえなくなった。


「あー、退屈だ…早く退院してえなぁ。」

病室のベッドにあおむけになりながら、スマホの画面を指先で撫でる。

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そういやこんなことばっか調べてんな。
やーめた、まぁそのうち治るだろ。

入院中、何度このやり取りを繰り返しただろう。

相変わらず尻は痛い。
でももう、尻から声が聞こえることはなかった。

そもそも尻が話すわけないんだよな。入院してるうちにおかしくなったのか。
やっぱり頭も心も整ってなかったな。

改めてドイツがあるであろう方角に頭を下げた。

ちょうど酢豚の口だったから、今度は西の方へ向いた。

あぁエビチリも捨てがたいなと思いながら。



『どうも痔ろう患者です、お尻と会話ができるようになりました。』  (完)






















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