遠野文化研究センター

遠野文化研究センター:一般財団法人遠野市教育文化振興財団が設置し、遠野市の文化発信を支…

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遠野文化研究センター:一般財団法人遠野市教育文化振興財団が設置し、遠野市の文化発信を支援する機関です。 令和4年1月に出版される予定の『柳田國男自筆 原本 遠野物語』について、関係者へのインタビューなどによるサイドストーリーを連載しています。(筆者:木瀬公二研究員)

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やっぱり遠野物語は面白い①

遠野文化研究センター研究員 木瀬公二 「原本遠野物語」謎解き始まる  40年以上も前のことなのに、似内邦雄(78)は今でも、遠野市立図書館博物館開設準備室にいた当時の体験が、夢に出てくる。それはこんな内容だ。  薄水色の絞りの風呂敷包みを持った年配のご夫婦が、応接室に入ってきた。テーブルも袖机もあるのに、ソファーに座った夫は風呂敷包みを膝の上でしっかりと抱えたままでいた。出したお茶を飲むときもそれを離さず、席を外すときは妻に預けた。預かった妻も、同じように膝の上で抱きし

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      遠野文化研究センター研究員 木瀬公二  フォーラム終了後に寄せた赤坂憲雄の感想はまだ続き、「実は一つ(編集会議の中で)議論をしたことがあったんです」と打ち明け話をしていた。  そこでは、この種の本を出版する時に、編集者たちは徹底して研究し尽くすことが少なくないが「それをしてはだめなんです」と言っていた。研究し尽くすと、それ以上にやることはない本になって出版される。そうなると、その本を元にして若い世代の研究者は参入することができなくなる。赤坂は、そういう例をいくつか見てきたと

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        遠野文化研究センター研究員 木瀬公二  遠野文化フォーラム「いま甦る 原本遠野物語」の会場に、編集を担当した岩波書店の渡部朝香から祝電が届いていた。「私どもは、この宝物を世に広く伝えるための世紀の事業にあって、リレーのバトンをつかの間お預かりしたにすぎません」と、出版社としての姿勢を謙虚に説明していた。  その中で渡部は、柳田国男が池上隆祐に原本を託して90年、その池上から寄贈を受けた遠野市が原本を守り続けて30年もたっていることを頭に置いて「その間の多くの方々の奮闘を思う

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          遠野文化研究センター研究員 木瀬公二  出版された「原本遠野物語」のお披露目の意味を込めた、遠野文化フォーラム「いま甦る 原本 遠野物語」が2022年1月29日、遠野市民センターで行われた。  最初に三浦佑之編集委員長が「『柳田國男自筆 原本 遠野物語』出版発表」と題して話をした。赤坂憲雄らが出版を思いついてから刊行された1月19日までの461日の出来事を丁寧に説明する。「初校・再校・三校・念校のやり取りは数え切れなかった」などと臨場感を交え、本の体裁なども説明する。「原本

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        やっぱり遠野物語は面白い①

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          遠野文化研究センター研究員 木瀬公二  遠野での合宿編集会議を終えた三浦佑之は、東京に戻って5日後の9月29日、岩波書店に出向き、遠野で協議した翻刻原稿を確定させるための方針説明などをした。翌日からは赤坂憲雄、小田富英らとの間で、解説原稿の締め切り日時や口絵写真、キャプション原稿について確認するためのメールのやり取りを続けた。それが一段落した10月29日、岩波書店編集者の渡部朝香を交えた4人が、東京・武蔵小金井の小田宅に集まった。そこで、ゲラになっていた三浦と小田の解説原稿

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          遠野文化研究センター研究員 木瀬公二  ようやく一段落した編集会議をまとめるように三浦佑之が言った。「いま確認していただいた形で、直した部分を全部整理して、岩波書店の編集者と調整します」「再校はどうしたらいいかですね」「今回と同じようにゲラを全部に送ってもらい、後で気づいたことなども含めて問題のあるところを全部チェックしていただいて~」「次は集まるのは難しいのでZoomでやる必要があるかどうかですね」などと進め方について意見を求めていく。  なかなか話はまとまらず「問題点が

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          遠野文化研究センター研究員 木瀬公二  その程度の分量しかないのに、なぜ一冊にまとめず、「上」「下」巻でもなく、「一」「二」と表記したのか。そう問われた小田富英は「柳田国男は、遠野物語を出して増補版が出るまでの25年の間に続編を出したくて、佐々木喜善に早く書けと言っていたのです」「もっとたくさんの遠野物語の原稿を集めるというのが目標だったのです」「そういう意味では3、4、5、6と継ぎ足すつもりだったのでしょう」と言った。続編を頭に描きながら、この時点では集めるのを終えた。そ

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          遠野文化研究センター研究員 木瀬公二  福二の亡妻の笑い方は「にこ」か「にこにこ」か「にた」か、といった脇道の話は面白く、続けていたいところだが時間が気になりだした。96話を終えて進んだ97話の中に、冬の子供たちの遊びで「ソリッコ」とフリガナがついている「橇」という字が出てきた。それを見た大橋進が「そのころのソリッコは毛皮を使っていたんだ」と感慨深そうに言うと、聞いていた小田富英が「うん?」という顔をして首を傾げた。  大橋は「いや、独り言です。木偏に毛が三つもついているか

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          遠野文化研究センター研究員 木瀬公二  81話、82話と進み、83話にきたところで、番号の右上に〇印がついていることに気が付いた。小田富英が言う。「私はその〇は、遠野郷の話ではない、よその土地の話、それも海岸の話につけたのではないかと思っています」と自分の考えを伝えた。さらに、「これからこの丸印を研究対象にするのも面白いと思うんですけど」と付け加えた。  84話以降は難しい問題はなく、とんとん拍子に進んでいく。小田は「何だかいい調子で来ましたよ」と笑顔で話すと、大橋進が「し

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          遠野文化研究センター研究員 木瀬公二  ようやく「毛筆1」が終わり、ひと息ついたと思ったら、大橋進が話をぶり返した。佐々木喜善の名と住所と思われるメモ風の書き込みが、裏表紙の端に、斜めに鉛筆で雑に書かれていたことについて「なんでこんなことになっているんだろうな」とつぶやいた。小田富英が推論を話し出した。「喜善が柳田国男に『本が出来たら送ってください。住所はここに書いておきます』と言って書いたんじゃないでしょうかね」。でもなぜ、ちゃんとした用紙に書かずに、いかにもあたふたと有

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          遠野文化研究センター研究員 木瀬公二  筆遣いにも、いくつもの特徴がある。手偏と土偏を、ともに「十」偏にする例が目立つ。十偏に「屈」という字は、「掘」と書こうとしたのか「堀」なのか。どちらの字もあるから困る。手偏の「掘」であれば、動詞の「掘る」「掘り」で、土偏の「堀」ならば、名詞の「池のお堀」だ。どちらを書こうとしたのかの判断が、なかなかつかない。68話の「矢の根を多く▢出てしこともあり」の▢字も難しい判断を迫られた。文意は「矢じりをたくさん掘り出したこともある」だから「掘

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          遠野文化研究センター研究員 木瀬公二  実名問題を終えた次の56話目では、出だしの「上郷村」の脇がひどく汚れていることに話題が及んだ。汚れの下にうっすらと、かすれた字が見える。「鉛筆で何かを書いて、消しゴムで消しているんですよね」と小田富英が言うと、三浦佑之は「何の字か分からないな」と応じる。かすれた字は、たぶん2文字。大橋進も加わって「上の字は木偏ですよね」「手偏にも見えるか」「柳に見えますね」と侃々諤々。下の字は「行」の旁の「亍」だけが書かれているように見える。そこから

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          遠野文化研究センター研究員 木瀬公二  「毛筆草稿」に、はっきりと書かれている実名をどう取り扱うか。「意図的に変えちゃうわけにはいかないでしょう」と大橋進が言った。「出版された当時は、柳田先生が考えたような弊害があったかもわからないけど、もう110年たっているものね」と続けた。さらに、「毛筆本とペン書きと活字本と比較できることが、この本を発行する意義でもあるのだから」と言った。  小田富英は最近、白岩家の末裔と直接連絡をとり、その人の父が平成7 (1995)年につくった家系

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          遠野文化研究センター研究員 木瀬公二  「毛筆本」は、柳田国男が佐々木喜善から聞きとったメモを整理したものである。すなわち喜善が「白岩市兵衛」と語り、柳田はその通りにメモをした。喜善は、話しだけではなく、「こういう漢字だ」と説明したと思われる。しかし、出版に際に「プライバシーにかかわる問題だから」と気を遣って伏字にした、と推測できる。柳田のその配慮を、「原本遠野物語」出版にあたって、どう配慮すればいいのか、が論議のテーマである。  木瀬公二は「これは実名で行くのでしょうか?

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          遠野文化研究センター研究員 木瀬公二  本田敏秋市長への表敬訪問を終えた編集委員一行は、図書館視聴覚ホールに戻った。次の日程が決まっていた赤坂憲雄だけは戻らず、市庁舎で分かれた。  席に着いた三浦佑之が「どこまでいったんでしたっけ」と言うと、大橋進が「姉と姊の話の53話まででしたね。大体半分くらいいったんだな」と答えた。三浦は「昨日で様子は分かったので、新しい問題が出てくることはないと思うんですけど、出てきたらまたそこで考えましょう」と言って、「閉伊川の流れにハ淵多く~」と

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          遠野文化研究センター研究員 木瀬公二 「姉妹」の話が一段落したところで午後4時35分になっていた。「何話目までやっておけば明日に終わるでしょうか」と、三浦佑之が時間を気にし出した。この後、「こども本の森 遠野」視察と、博物館で行われている「遠野物語と遠野の縄文文化展」を見ることにしていた。すこし心を残しながら「戻ってきて時間があったらまたやりましょう」と三浦が言って、この日は一旦、これで終了することにした。  歩いて「本の森」へ行く途中も「新字にしてしまえば味気なくなるな」

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