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やっぱり遠野物語は面白い㊴

遠野文化研究センター研究員 木瀬公二

 ようやく一段落した編集会議をまとめるように三浦佑之が言った。「いま確認していただいた形で、直した部分を全部整理して、岩波書店の編集者と調整します」「再校はどうしたらいいかですね」「今回と同じようにゲラを全部に送ってもらい、後で気づいたことなども含めて問題のあるところを全部チェックしていただいて~」「次は集まるのは難しいのでZoomでやる必要があるかどうかですね」などと進め方について意見を求めていく。
 なかなか話はまとまらず「問題点がどの程度あるかによってですね。様子を見てということで改めて皆さんにご連絡するということでいいでしょうか」と提案し、異論は出なかった。そして、最後を締めくくるように「今回本になったら二度と動かせませんからしっかりとやりたいと思います」と決意表明のような発言をした。この言葉を受ける形で大橋進も「ミスのできない仕事だもんな」と気を引き締めるような表情をした。

㊴ゲラ入り写真

編集会議で直しを入れたゲラ

 三浦はその場で岩波書店の編集者に電話を入れた。ひとまず編集会議が終わったことを告げたあと、ここで決まったことを報告した。三浦と小田富英の原稿を10月前半に書き上げ、それを読んだ赤坂憲雄が「はじめに」を書き、「3人の原稿を集めて読み合わせをして調整することにしております」と伝え、「もう一ページ入れたい原稿があるのですが」など、いくつかの希望も伝えた。値段についても「税込み5千円を切るといいんですが」と、これまでの希望を重ねて伝えた。だがすぐに「そうですか」と答え、編集委員に向かって「無理そうだと言っています」と報告した。通話を終えて「岩波は5,200円と言っているので税込みで5,750円になってしまう。何とかしたいな」と、若手研究者が手に取りやすくする価格設定への執念を捨てきれない様子を見せていた。
 三浦の話が終わると、みなが持ち寄った資料類の整理を始めた。死闘を終えたスポーツ選手がグラウンドを後にするような表情で、それぞれの口から自然と「お疲れ様でした。ありがとうございました」という言葉が出てきた。三浦が「この時間だと10時には家に着けそうだな」と言って会議室を後にしたのは、4時少し前だった。

㊴編集会議

編集会議の様子

 この丸二日間、日本を代表する民俗学や文学の研究者たちは、「こんなに細かいことまでも目を光らせるのか」と驚くほど真剣に議論を続けた。合間に「ここにカラーの口絵を入れたいね」「そうすると定価が200円高くなって若い研究者たちが買えなくなっちゃうよ」など、自らが出版社員や書店員や印刷会社員になったつもりで、何とか読者を増やして遠野物語の世界を広めようとする、泰斗たちの熱意が痛いほど伝わってくる時間だった。

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