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やっぱり遠野物語は面白い㊷

遠野文化研究センター研究員 木瀬公二

 遠野文化フォーラム「いま甦る 原本遠野物語」の会場に、編集を担当した岩波書店の渡部朝香から祝電が届いていた。「私どもは、この宝物を世に広く伝えるための世紀の事業にあって、リレーのバトンをつかの間お預かりしたにすぎません」と、出版社としての姿勢を謙虚に説明していた。
 その中で渡部は、柳田国男が池上隆祐に原本を託して90年、その池上から寄贈を受けた遠野市が原本を守り続けて30年もたっていることを頭に置いて「その間の多くの方々の奮闘を思うと、途方もなさに気が遠くなる思いがいたします」と歴史の重みを記していた。
 続いて出版業に携わる一人として、「この『原本』から汲み取れる柳田国男の『遠野物語』出版の意志と企みには興味が尽きません」と記し、その一例として、「遠野物語」の表紙の書名の位置を挙げた。初校段階で柳田はそれを「左端ヲ中心トスルコト」と指示したが、初版本では少し右寄りに配置されていた。柳田は後日、当初と異なる指示を出したことがわかり、「柳田が本のデザインにまで細やかに心を配っていたことが浮かび上がります」と専門家の視点で見た柳田のこだわりを指摘し、「原本」の楽しみ方の一つを教えてくれた。

㊷岩波メッセージ

岩波書店の担当編集者からのメッセージが読み上げられた

 この祝電が披露された時、木瀬公二は気になっていたことを思い出していた。フォーラムの中で木瀬は、「原本遠野物語」は当初、フォーラムの日に合わせて出版される予定だったが、10日間も早い出版になったことを次のように推測して話していたからだ。出版された「1月19日」は、遠野物語の話数「119」に合わせたもので「岩波書店もなかなかやりますね」と言っていたのだ。気になっていたそれを確認するため後日、渡部にメールを送ると、「発売日については、まったくの偶然です。ご指摘で初めて気づきました」という返信だった。2021年のなるべく早い段階での発売を考えていたが、年末年始の休みや本の流通や広告の事情を考えた結果に出てきた発売日で「おもしろみのない舞台裏ですみません」と恐縮していた。

 フォーラムには、編集者の1人である赤坂憲雄も参加する予定だったが、コロナ禍の東京の雑踏を歩き回っていたことから遠野入りを遠慮し、Zoomで会場の様子を見ていた。その感想を、フォーラムが終わったあとに送ってくれた。

㊷赤坂先生

赤坂憲雄委員からのメッセージ

 そこで赤坂は、「原本遠野物語」には、柳田が喜善から聞き取った、いわば取材メモである「毛筆本」と、それを推敲して赤字が入っている原稿と、さらにはそれらを反映させた初版本が入っていることを取り上げ、「つまり、語りから文字テクストへというそのプロセスを検証することができる本当に稀有な資料だと思います。近代の文学作品の中でも、ここまできちんと草稿が残っている作品は多分ないだろうと思います」と高く評価。その上で、この原本を手に「これまでとは違った読み方を始める若い世代がでてくるのではないかと思います。いろんな人たちがこの本を紐解きながら、いろんなことを考えることになる、研究することになると思います」と期待を込めた感想を述べた。


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