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スタートアップ = 成長

ポール・グレアム(Paul Graham)が執筆したエッセー「Startup = Growth」の日本語訳になります。

2012年9月

スタートアップとは、速く成長するようにデザインされた会社である。新しく設立されることは、それ自体では会社をスタートアップにしない。スタートアップは、テクノロジーに取り組んだり、ベンチャー資金を受け取ったり、何らかの「イグジット(exit)」を持っていたりする必要もない。ただひとつ絶対不可欠なのは「成長」である。私たちがスタートアップと関連づける他のすべてのことは、成長の後に得られる。

あなたがスタートアップを始めたい場合、成長を理解しておくことは重要である。スタートアップは非常にハードなので、あなたは脇に向かったり成功を願ったりすることができない。あなたは成長が自分の求めるものであることを分かっていなければならないのだ。いいニュースは、あなたが成長を手にすれば、他のすべてのことがうまくいく傾向にあるということ。つまり、あなたは自分が直面するほぼすべての決断を下すのに、成長をコンパスのように使うことができるのだ。

セコイア

明らかなはずだが見過ごされがちな区別から始めよう。すべての新しく設立された会社がスタートアップであるとは限らない。アメリカでは毎年数百万もの会社が設立される。ほんの一部だけがスタートアップである。ほとんどはサービス業であり、レストラン、理髪店、配管工などがある。いくつかの珍しい事例を除いて、こういったのはスタートアップではない。理髪店は、速く成長するようにデザインされていない。一方で、たとえば検索エンジンは速く成長するようにデザインされている。

私が「スタートアップは速く成長するようにデザインされている」と言うとき、私は2つの意味で言っている。ほとんどのスタートアップは失敗するので、私は意図的という意味で「デザインされている」と言っている。だが、セコイアの種がもやしの豆とは異なる運命にあるのと同じように、私はスタートアップが本質的に異なっているということも言っている。

この違いが、速く成長するようにデザインされた会社を表す「スタートアップ」という別の言葉が存在する理由である。もしすべての会社が本質的には似ていても、一部の会社が運や創業者の努力で非常に速く成長することになるとしたら、私たちは別の言葉を必要としないだろう。超成功している会社とあまり成功していない会社について話すだけかもしれない。だが、実際のところスタートアップには他のビジネスとは異なる種類の DNA がある。Google は、創業者が並外れて幸運で努力家だった単なる理髪店ではない。Google は最初から違っていたのだ。

速く成長するためには、大きな市場に売れるものを作る必要がある。これが Google と理髪店の違いである。理髪店はスケールしない。

会社が本当に大きく成長するためには、(a)多くの人たちが欲しがるモノを作り、(b)それを欲しがる人たち全員にリーチして提供する、といったことをする必要がある。理髪店は(a)の部門ではうまくやっている。ほとんどの人たちは髪を切る必要がある。理髪店にとっての問題は、あらゆる小売店にとっての問題でもあるように、(b)である。理髪店は顧客に直接サービスを提供し、ほんの少数の人たちが髪を切るために遠くへ移動するだろう。そして、たとえほんの少数の人たちが髪を切るために遠くへ移動したとしても、理髪店はその人たちに対応することができない。[1]

ソフトウェアを書くことは(b)を解決するのに素晴らしい方法であるが、あなたはそれでも(a)に制約されてしまう可能性がある。もしあなたがハンガリー語を話す人たちにチベット語を教えるソフトウェアを書けば、そのソフトウェアを欲しがるほとんどの人たちにリーチすることができるかもしれないが、その数は多くないだろう。けれども、もしあなたが中国語を話す人たちに英語を教えるソフトウェアを書いたら、あなたはスタートアップの領域の中にいる。

ほとんどのビジネスは、(a)か(b)に厳しく制約されている。成功したスタートアップの際立った特徴は、(a)や(b)に厳しく制約されていないということである。

アイデア

普通のビジネスよりもスタートアップを始めるほうがいつでもいいように思えるかもしれない。もしあなたが会社を始めるつもりなら、最も可能性があるタイプを始めてみてはどうだろうか? 問題は、スタートアップが(かなり)効率的な市場であるということだ。もしあなたがハンガリー語を話す人たちにチベット語を教えるソフトウェアを書けば、あなたにはあまり競合がいないだろう。もしあなたが中国語を話す人たちに英語を教えるソフトウェアを書けば、これはとてつもなく大きな賞であるので、あなたは猛烈な競争に直面するだろう。[2]

普通の会社を制限する制約は、普通の会社を守りもする。これがトレードオフである。もしあなたが理髪店を始めれば、あなたは他の地元の理髪店と競争する必要があるだけだ。もしあなたが検索エンジンを始めれば、あなたは全世界と競争する必要がある。

けれども、一番重要なのは「普通のビジネスへの制約が、競争ではなく、新しいアイデアを思いつくことの難しさから普通のビジネスを守る」ということである。もしあなたがある特定の地域でバーを開いたら、自分の可能性を制限したり競合から自分を守ったりするだけでなく、その地理的な制約が自分の会社を定義するのにも役立つ。「バー+地域」は小さなビジネスにとって十分なアイデアである。同様に、(a)に制約されている会社にとってもだ。あなたのニッチ市場は、自分を守ったり定義したりするのを兼任している。

一方で、もしあなたがスタートアップを始めたいのであれば、あなたはかなり斬新なことを考えなければならないだろう。スタートアップは大きな市場に提供できるモノを作らなければならないし、このタイプのアイデアは非常に価値があるので、すべての明らかなアイデアは既に取られている。

このアイデアの空間は徹底的に調べられているので、スタートアップは一般的に他の人たちが見落としていることに取り組まなければならない。私は「他の人たちが見落としているアイデアを見つけるためには意識的な努力をしなければならない」と書こうとしていた。しかし、これはほとんどのスタートアップの始め方ではない。通常、成功したスタートアップは、創業者が他の人たちとは十分に異なっているために、ほとんどの人たちには見えないアイデアが創業者には明らかなように見えるという理由で生まれる。おそらくその後に創業者は一歩下がって自分が他の人たちの盲点の中にあるアイデアを見つけたことに気づき、その時点からその場所に留まるように意図的な努力をしている。[3]でも、成功したスタートアップが努力をし始める時点では、イノベーションの多くが無意識的である。

成功した創業者に関して何が違うのかというと、「成功した創業者は様々な問題を見ることができる」ということである。「テクノロジーが得意であること」と「テクノロジーで解決されるかもしれない問題に直面すること」は特にいい組み合わせである。なぜなら、テクノロジーは急激に変化するので、昔は悪かったアイデアが誰にも気づかれずにいいアイデアになることがよくあるからである。スティーブ・ウォズニアックの問題は、自分のコンピューターが欲しいというものだった。これは1975年に抱えるには「普通ではない問題」だった。だが、テクノロジーの変化が「普通ではない問題」を「もっと一般的な問題」にしようとしていた。スティーブ・ウォズニアックはコンピューターを欲しがっただけでなく、コンピューターの作り方を知っていたので、自分のコンピューターを作ることができた。そして、スティーブ・ウォズニアックが自分のために解決した問題は、Apple が数年かけて数百万人もの人たちのために解決した問題となった。でも、この問題が大きな市場であるということが普通の人たちにも明らかになった頃には、Apple が既に確立されていた。

Google にも似たような起源がある。ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンは Web を検索したかった。だが、ほとんどの人たちと違って、二人には既存の検索エンジンが思ったほど優れていないことに気づき、検索エンジンを改善する方法が分かる技術的な専門知識があった。その後の数年間で、あなたが古いアルゴリズムが十分ではないことに気づくのに口うるさい検索の専門家にならなくてもいい大きさまで Web が成長するにつれて、二人の問題はみんなの問題となった。でも、Apple で起こったように、他の人たちが検索の重要性に気づいた頃には、Google が確立されていた。

これが「スタートアップのアイデア」と「テクノロジー」の間にあるひとつの関係である。ある分野での急速な変化は、他の分野の中にある大きくて解決可能な問題を明らかにする。変化が進歩であるときもあるが、変化が変えるのは解決可能性である。これが Apple を生み出した変化のようなものだった。チップ技術の進歩が、ようやくスティーブ・ウォズニアックに自分で買えるコンピューターをデザインさせた。だが、Google の場合、最も重要な変化は  Web の成長だった。そこで変化したのは解決可能性ではなく、大きさだった。

スタートアップとテクノロジーの間にあるもうひとつの関係は、スタートアップが新しいやり方を生み出すということであり、新しいやり方とは広義で「新しいテクノロジー」である。スタートアップがテクノロジーの変化にさらされたアイデアで始めるだけでなく、狭義のテクノロジー(かつて「ハイテク」と呼ばれていたもの)で構成されるプロダクトを作るとき、2つの関係を組み合わせるのは簡単である。しかし、2つの関係ははっきりと異なっていて、原則的には、テクノロジーの変化によって引き起こされたものでも、プロダクトが広義のテクノロジーを除くテクノロジーで構成されたものでもないスタートアップを始めることは可能である。[4]

レート

スタートアップと見なされるためには、どのくらいの速さで会社は成長しなければならないのか? これには正確な答えがない。「スタートアップ」はポールであり、閾値ではない。スタートアップを始めるということは、最初は自分の野望の宣言にすぎない。あなたは会社を始めるだけでなく、速く成長する会社を始めるのにコミットしていてので、あなたはそのタイプの珍しいアイデアのひとつを探すのにコミットすることになる。だが、最初はあなたにコミットメントしかない。スタートアップを始めるということは、この点では役者であることに似ている。「役者」も閾値ではなくポールである。役者のキャリアが始まるとき、役者はオーディションに行くウェイターである。仕事を得ることでその人は成功した役者になるが、その人は自分が成功したときに初めて役者になるのではない。

だから、本当の質問は、「どんな成長率が会社をスタートアップにするのか?」ではなく、「成功したスタートアップがどんな成長率を持つ傾向にあるのか?」である。創業者にとって、これは理論上の質問どころではない。なぜなら、本当の質問は自分たちが正しい道を歩んでいるかどうかを問うことに等しいからである。

成功したスタートアップの成長には通常3つの段階がある。

1.スタートアップが自分のやっていることを理解しようとする間、成長が遅かったり無かったりする最初の期間がある。

2.スタートアップが多くの人たちが欲しがるものを作る方法や欲しがる人たちにリーチする方法を理解するにつれて、急速な成長の期間がある。

3.最終的に成功したスタートアップは大きな会社へと成長していくことになる。社内の限界だったり、会社が対象とする市場の限界にぶつかり始めたりすることが原因で、成長は遅くなっていく。[5]

これら3つの段階が合わさると、S 字カーブを生成する。スタートアップを定義する成長の段階は、2番目の段階 「上昇」である。上昇の長さと傾きが、会社がどれだけ大きくなるかを決める。

傾きは会社の成長率である。もしすべての創業者が常に知っておくべきひとつの数字があるとすれば、それは会社の成長率である。これがスタートアップの尺度だ。もしあなたがこの数字を知らなければ、あなたは自分がうまくやっているかどうかさえ分からない。

私が初めて創業者に会って成長率を聞くとき、創業者が私に「月に約100人の新規顧客を獲得している」と言うときがある。これは比率ではない。重要なのは新規顧客の絶対的な数ではなく、既存顧客に対する新規顧客の比率である。もしあなたが実際に毎月一定の数の新規顧客を獲得しているとしたら、これはあなたの成長率が下がっていることを意味するので、あなたは困った状況に陥っている。

Yコンビネーターの期間中、私たちは週ごとに成長率を測っている。なぜなら、デモデーまでほとんど時間がなかったり、初期段階のスタートアップが自分たちのやっていることを微調整するためにユーザーからの頻繁なフィードバックを必要としたりするからである。[6]

Yコンビネーター期間中のいい成長率は週5~7%である。週10%に達することができたら、あなたは並外れてうまくやっている。1%をどうにか達成することができるだけであれば、これはあなたがまだ自分のやっていることを理解していないサインである。

成長率を測るのに一番いいのは「収益」である。最初に料金を請求しないスタートアップにとって、次にいいのは「アクティブユーザー」である。これは合理的な代用である。なぜなら、スタートアップがお金を稼ごうとし始めるときはいつでも、収益がおそらくアクティブユーザー数の一定の倍数になるからである。[7]

コンパス

私たちはいつもスタートアップに「自分たちが達成できると思う成長率を選んで、それから毎週その成長率をただ達成しようとするように」とアドバイスしている。ここでのキーワードは「ただ」である。もしスタートアップが週7%で成長すると決めてその数値を達成したら、その週は成功したことになる。スタートアップはこれ以上何もする必要はない。だが、7%を達成しない場合、スタートアップは唯一の重大なことに失敗したことになり、失敗に応じて危機感を募らせるべきである。

プログラマーは私たちがここでやっていることに見覚えがあるだろう。私たちはスタートアップを始めることを最適化の問題に変えているのである。コードを最適化しようとしたことがある人なら、このような狭い集中がどれほど素晴らしく効果的になるかを知っている。コードを最適化することは、既存のプログラムを取ったり、何か(通常は時間やメモリー)の使用量を減らすために、既存のプログラムを変更したりすることを意味する。あなたはプログラムがすべきことについて考える必要はなく、ただプログラムをより速くしなければならない。ほとんどのプログラムーにとって、これは非常に満足できる仕事である。狭い集中は仕事をパズルのようなものにし、あなたは自分のパズルのようなものを解くことができる速さにたいてい驚かされる。

成長率を達成することに集中することは、そうしていなければ戸惑うほど多種多様なスタートアップを始めることに関する問題をひとつの問題にまで減らす。あなたは自分の代わりに意思決定をするのに、この目標成長率を使うことができるのだ。あなたに自分の必要とする成長を与えてくれるものは、事実上正しい。カンファレンスに2日間を費やすべきか? 別のプログラマーを雇うべきか? マーケティングにもっと重点を置くべきか? 大口顧客を口説くのに時間を費やすべきか? X 機能を追加すべきか? あなたに自分の目標とする成長率を与えられるものなら何でもいい。[8]

週ごとの成長で自分自身を評価することは、あなたが一週間先しか見られないということではない。目標を一週間達成できないという痛みを経験すると(目標は唯一の重要なことで、あなたはその目標に失敗した)、あなたは将来的にそのような痛みを免れさせることができるものに興味を持つようになる。したがって、たとえば、今週の成長には貢献しないかもしれないが、もしかすると1ヶ月後に多くのユーザーを獲得する新機能を実装してくれるかもしれない別のプログラマーをあなたは雇おうとするだろう。ただし、(a)誰かを雇うという注意散漫であなたが短期的には自分の数値を見逃さない場合と、(b)あなたが誰かを新しく雇うことなく自分の数値を達成し続けられるかどうかを十分に心配している場合に限る。

これはあなたが将来のことを考えていないのではなく、あなたが必要なだけ将来を考えているにすぎない。

理論的には、このような山登りはスタートアップをトラブルに巻き込む可能性がある。スタートアップが極大値で終わる可能性があるのだ。だが、実際にはそうはならない。週ごとに成長数値を達成する必要があるということは、創業者に行動することを余儀なくさせ、行動することは行動しないことに比べると成功の高ビットである。十中八九、戦略を練りながらダラダラと過ごすことは、先延ばしのひとつの形態にすぎない。一方で、創業者のどの坂道を登るかについての直感は、いつも自分が思っているよりも優れている。さらに、スタートアップのアイデアの空間の極大値は、先端がとがったり孤立したものではない。ほとんどのすごくいいアイデアは、さらにいいアイデアのすぐ隣にある。

成長のために最適化することに関して魅力的な点は、成長のために最適化することで実際にスタートアップのアイデアを発見することができるということである。あなたは成長の必要性を一つの進化的な圧力として利用することができるのだ。もしあなたが何らかの最初の計画で始めて、たとえば週10%の成長を達成し続けるために必要に応じてその計画を修正すれば、あなたは自分が始めようとしていた会社とはまったく違う会社に行き着くかもしれない。だが、一貫して週10%で成長するものは、ほぼ間違いなくあなたが始めたアイデアよりもいいアイデアである。

ここには小さなビジネスとの類似点がある。ある特定の地域に位置するという制約がバーを定義するのに役立つように、一定の比率で成長するという制約がスタートアップを定義するのに役立つことができる。

科学者が自分の望んでいた事実に影響されるよりも、真実がどこへ導こうともその真実を追うほうがいい状態になるのと同じように、あなたはいくつかの最初のビジョンに影響されるよりも、制約がどこへ導こうともその制約に従うほうが一般的にはベストを尽くすだろう。リチャード・ファインマンが「自然の想像力は人間の想像力よりも偉大である」と言ったとき、彼は「もしあなたが真実をただ追い続ければ、あなたは自分がこれまでに作り出すことができたものよりもクールなものを発見するだろう」という意味で言っていた。スタートアップにとって、成長は真実によく似た制約である。すべての成功したスタートアップは、少なくとも部分的には成長の想像力の産物である。[9]

価値

一貫して週数%で成長するものを見つけるのは難しいが、もし見つけられたら、あなたは驚くほど価値あるものを見つけたことになるかもしれない。未来を予想すれば、わたしたちはその理由が分かる。

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週1%で成長する会社は1年で1.7倍成長するが、週5%で成長する会社は12.6倍で成長するだろう。月1000ドル(Yコンビネーター初期では典型的な数字)稼いで週1%で成長している会社は、4年後には月7900ドル稼いでいるだろう。月7900ドルは、優秀なプログラマーがシリコンバレーで稼ぐ給与よりも少ない金額である。週5%で成長するスタートアップは、4年後には月2500万ドル稼いでいるだろう。[10]

私たちの先祖は指数関数的な成長の事例にほとんど遭遇しなかったに違いない。なぜなら、私たちの直感はここでは何のガイドにもないからである。速く成長しているスタートアップに起こることは、創業者さえも驚かせる傾向がある。

成長率の小さな変動は、質的に異なる結果を生み出す。これがスタートアップという別の言葉が存在する理由であり、またスタートアップが資金調達や買収といった普通の会社がやらないことをやる理由である。そして、奇妙なことだが、これはスタートアップがかなり頻繁に失敗する理由でもある。

成功したスタートアップがどれだけ価値あるものになれるのかを考慮すると、失敗率が高くなかったしたら、期待値の概念に精通している人であれば驚くだろう。もし成功したスタートアップがひとりの創業者に1億ドルを稼がせることができるとしたら、たとえ成功する可能性がわずか1%だったとしても、スタートアップを始めることの期待値は100万ドルになるだろう。そして、十分に賢く決断力のある創業者たちのグループがこの規模で成功する確率は、1%を著しく超えるかもしれない。スタートアップに適している人たち(例:若いビル・ゲイツー)にとって、その確率は20%あるいは50%ですらあるかもしれない。したがって、非常に多くの人たちがスタートアップに挑戦したいというのは驚くことではない。効率的な市場では、失敗したスタートアップの数は成功の大きさに比例するはずである。そして、後者は巨大であるので、前者も巨大であるはずだ。[11]

このことが意味するのは、いつでもスタートアップの大多数は、どこかへ行こうともしないことに取り組むようになり、その一方で「スタートアップ」という壮大な肩書きで不毛な努力を賛美するようになるということである。

このことは私を悩まさない。役者や小説家になることと同じように、これは他の高ベータな職業でも同じである。私はこのことに慣れてから久しい。しかし、これは多くの人たち、特に普通のビジネスを始めた人たちを悩ませるようだ。多くの人たちは、こういったいわゆるスタートアップのどれもほとんどが大成しないのにみんなの注目を集めていることに腹を立てている。

もし彼らが一歩下がって全体像を見ていたら、彼らはあまり腹を立てないかもしれない。彼らが犯している間違いは、「事例証拠に基づいて自分の意見を述べることで、自分たちが暗黙のうちに平均値ではなく中央値で判断している」ということである。もしあなたが中央値のスタートアップで判断をすれば、スタートアップの概念全体が詐欺のように思えてしまう。創業者がスタートアップを始めたい理由や投資家がスタートアップに出資したい理由を説明するために、あなたはバブルを考案する必要がある。しかし、あまりにも変動がある領域で中央値を使うのは間違いである。もしあなたが中央値ではなく平均的な結果を見れば、あなたは投資家がスタートアップを好む理由や、スタートアップが中央値の人たちでない場合に創業者がスタートアップを始めるのが合理的な選択である理由を理解することができる。

取引

なぜ投資家はそんなにもスタートアップを好むのか? なぜ投資家は堅実な金儲けビジネスではなく、写真共有アプリに投資したがるのか? 明白な理由だけではない。

あらゆる投資のテストは「リスクに対するリターンの比率」である。スタートアップはこのテストに合格する。なぜなら、スタートアップは驚くほどリスクが高いけれども、成功したときのリターンが非常に高いからである。しかし、これは投資家がスタートアップを好む唯一の理由ではない。普通の成長が遅いビジネスでも、もしリスクとリターンの両方がより低かったとしたら、同じくらい素晴らしいリスクに対するリターンの比率となっているかもしれない。では、なぜ VC は高成長の会社だけに興味があるのか? その理由は、VC が理想的にはスタートアップの IPO 後に、IPO がなければスタートアップが買収されるときに、自分たちの資金を取り戻すことでお金をもらっているからである。

投資からのリターンを得るもうひとつの方法は、配当という形である。普通の会社に利益の一定の割合の見返りとして投資する類似した VC 産業が存在しないのはなぜなのか? その理由は、民間の会社をほとんど利益が出ていない会社のように見せかける一方で、会社を管理する人たちが自社の収益を自分たちに流すこと(例:自分たちが支配しているサプライヤーから値段が高すぎる部品を購入すること)が簡単すぎるからだ。配当を見返りに民間の会社に投資した人は、その会社の帳簿に細心の注意を払う必要があるだろう。

VC がスタートアップに投資したい理由は、単にリターンだけでなく、こうした投資が監視するのに非常に楽だからである。創業者は、投資家を金持ちにすることなく自分を金持ちにすることはできない。[12]

なぜ創業者は VC のお金を受け取りたいのか? この理由も成長である。いいアイデアと成長との間にある制約は双方向に作用する。あなたは成長するためのスケール可能なアイデアを必要とするだけではない。もしあなたがそのようなアイデアを持って十分に速く成長しなければ、競合がそのアイデアを持って速く成長するだろう。あまりに遅く成長することは、最高のスタートアップが通常ある程度持っている「ネットワーク効果」を伴うビジネスでは特に危険である。

ほぼすべての会社が起業するためにある程度の資金を必要とする。しかし、スタートアップは利益が出ているときや利益が出る可能性があるときでさえ、資金を調達することがよくある。利益が出ている会社の株をあなたが将来株を売る価値があると思う値段よりも安い値段で売ることはバカげているように思えるかもしれないが、保険を買うのと同じようにバカげていない。基本的には、これが最も成功しているスタートアップが資金調達をどのように見ているかである。最も成功しているスタートアップは自社の収益で会社を成長することができるが、VC が提供する余分なお金や支援は最も成功しているスタートアップをさらに速く成長させるだろう。資金調達はあなたに成長率を選ばせるのだ。

VC はスタートアップが VC を必要とする以上にスタートアップを必要としているので、より速く成長するためのお金は常に最も成功しているスタートアップの意のままである。利益が出ているスタートアップは、その気になれば自社の収益で単に成長することができるかもしれない。遅く成長することは少し危険かもしれないが、おそらくスタートアップを殺すことはないだろう。一方で、VC はスタートアップに、特に最も成功するスタートアップに投資する必要があり、さもなければ廃業してしまうだろう。つまり、十分に有望なスタートアップは、断ると自分たちがクレイジーであるだろう条件でお金が提供されるかもしれないのだ。それでも、スタートアップビジネスにおける成功の規模が大きいので、VC は今でもこのような投資からお金を稼ぐことができる。あなたは「高い成長率が会社を価値あるものにするのと同じように、自分の会社が価値あるものになろうとしていた」と考えるにはクレイジーである必要があるかもしれないが、一部の人たちはそうしている。

ほとんどすべての成功したスタートアップは買収オファーも受けるだろう。なぜなのか? 他の会社がスタートアップを買収したくなるスタートアップとは何なのか?[13]

基本的には、みんなが成功したスタートアップの株を欲しがるのと同じものである。急速に成長する会社は「価値がある」のだ。たとえば、eBay が PayPal  を買収したのはいいことである。なぜなら、PayPal は今では eBay の売上の43%、そしておそらく eBay の成長の多くを占めているからだ。

だが、買収者にはスタートアップを欲しがるさらなる理由がある。急速に成長する会社は単に「価値がある」だけでなく、「危険」でもあるのだ。もしその会社が拡大し続けたら、その会社は買収者自身のテリトリーに拡大するかもしれない。ほとんどのプロダクト買収には、恐れといういくつかの要素がある。たとえ買収者がスタートアップ自体に脅かされないとしても、競合がスタートアップを使ってできることを考えると、買収者は恐れを抱くかもしれない。そして、スタートアップはこの意味では買収者にとって二重の価値があるので、買収者は普通の投資家よりも多くのお金を支払うことがよくあるだろう。[14]

理解

「創業者」「投資家」「買収者」の組み合わせは、自然なエコシステムを形成している。自然なエコシステムがあまりにもうまく機能しているので、自然なエコシステムを理解していない人たちは「物事がどれだけ整然と判明することがあるのか」を説明する陰謀説を考案するように駆り立てられる。私たちの先祖が一見したところ整然としすぎた自然界の仕組みを説明するためにしたのと同じようにだ。しかし、自然なエコシステムをすべて機能させる秘密の陰謀は存在しない。

もしあなたが Instagram には価値がないという誤った思い込みから始めるのなら、あなたはマーク・ザッカーバーグに Instagram を買収することを余儀なくさせる秘密のボスを考案しなければならない。マーク・ザッカーバーグを知っている人にとって、これは「最初の思い込み」という背理法である。マーク・ザッカーバーグが Instagram を買収した理由は、Instagram に価値があり危険だったからであり、Instagram をそのようにしたのは成長だった。

もしあなたがスタートアップを理解したいのであれば、成長を理解しなさい。成長はこの世界ではすべてを動かす。成長はスタートアップがいつもテクノロジーに取り組む理由である。なぜなら、速く成長する会社のためのアイデアは非常に珍しいので、新しいアイデアを見つけるベストな方法は、変化によって最近実行可能となったアイデアを発見することであり、テクノロジーは急速な変化の最高の源であるからだ。成長は非常に多くの創業者がスタートアップを始めようとする経済的に合理的な選択である理由である。成長は成功している会社を非常に価値あるものにするので、リスクが高くても期待値が高い。成長は VC がスタートアップに投資したい理由である。なぜなら、リターンが高いだけでなく、配当からリターンを生み出すよりもキャピタルゲインからリターンを生み出すほうが管理しやすいからだ。成長は最も成功しているスタートアップがたとえ必要としなくても VC のお金を受け取る理由を説明する。VC のお金はスタートアップに自分たちの成長率を選択させるのだ。そして、成長は成功しているスタートアップがほぼ必ず買収オファーを受ける理由を説明する。買収者にとって、速く成長する会社は単に価値があるだけでなく、危険でもあるのだ。

「もしあなたがある領域で成功したければ、あなたはその領域を動かす力を理解する必要がある」というだけではない。成長を理解することは、スタートアップを始めることを構成するものである。あなたがスタートアップを始めるときに本当にしていること(そして、一部の傍観者にとっては残念なことだが、あなたが本当にするべきこと)は、普通のビジネスがするよりも難しいタイプの問題を解決することにコミットすることである。あなたは急速な成長を生み出す珍しいアイデアのひとつを探すことにコミットしているのだ。こういったアイデアは非常に価値があるので、ひとつのアイデアを見つけることは難しい。スタートアップはあなたのこれまでの発見を具現化したものである。したがって、スタートアップを始めることは、リサーチ・サイエンティストになることを決心することと非常によく似ている。あなたは特定の問題を解決するのにコミットしていないし、どの問題が解決可能なのか確実に分かっていないが、今まで誰も知らなかったものを発見しようとすることにコミットしている。スタートアップの創業者は、実質的には経済のリサーチ・サイエンティストなのだ。ほとんどの人たちは驚くべきことを発見しないが、相対性理論を発見する人たちもいる。

注釈

[1]厳密に言えば、あなたが必要とするのは多くの顧客ではなく大きな市場で、「顧客の数 x 顧客の支払う額」の高い積を意味する。だが、たとえ少しの顧客が多くを払うとしても顧客が少なすぎるのは危険であり、さもなければ個人の顧客があなたに対して持つ力はあなたを事実上のコンサルティング会社に変えてしまう可能性がある。なので、あなたがどんな市場にいようと、通常はその市場で最も広範なタイプのプロダクトを作ることを優先してベストを尽くすのがいいだろう。

[2]ある年のスタートアップスクールで、デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン(David Heinemeier Hansson)がビジネスを始めたいプログラマーにモデルとしてレストランを利用するように勧めた。私が思うに彼が言いたかったのは、レストランが(b)に制約されているのと同じように、(a)に制約されるソフトウェアの会社を始めても構わないということである。私は同意する。ほとんどの人たちはスタートアップを始めようとすべきではない。

[3]このような一歩の後退は私たちがYコンビネーターで重視していることのひとつである。創業者がすべての意味合いを理解せずに直感的に何かを発見することはよくある。これはおそらくどんな分野においても最大の発見に当てはまる。

[4]「How to Make Wealth」というエッセーで、私が「スタートアップとは難しい技術的な問題を引き受ける小さな会社である」と言ったとき、私は間違った思い込みをしていた。これは最も一般的なレシピであるが、唯一のレシピではない。

[5]原則として、会社は自分たちが仕える市場の大きさに制限されない。なぜなら、会社は新しい市場に進出することができるからだ。だが、大きな会社が新しい市場に進出する能力には限界があるようである。つまり、自社の市場の限界にぶつかることで生じる減速は、結局のところ社内の限界が表されるもうひとつの方法に過ぎない。

いくつかのこういった限界は、組織の形を変えることで(特に組織を分解することで)乗り越えられるかもしれない。

[6]これは明らかにYコンビネーター期間中に既にローンチしているかローンチできるスタートアップだけを対象としている。新しいデータベースを構築しているスタートアップはおそらくそうしないだろう。一方で、何かを小さくローンチしてから進化的な圧力として成長率を利用することは、非常に価値あるテクニックなので、このように始められれる会社であればおそらくそうすべきだ。

[7]もしスタートアップが Facebook や Twitter のルートを取り、まだお金を稼ぐ具体的な計画はないけれども、非常に人気が出るかもしれないと自分たちが期待しているモノを作っているのなら、成長率はたとえ収益成長の代用だとしてもより高くなっていなければならない。なぜなら、こういう会社はとにかく成功するのに膨大な数のユーザーを必要とするからである。

あなたがすべての潜在的なユーザーに広がるまで(=成長が突然止まるポイントまで)素晴らしい純成長を遂げることができるように、何かが急速に広まるが同様に解約率も高いエッジケースにも気をつけなさい。

[8]Yコンビネーター内で私たちが「あなたに成長を与えることなら何でもやることは事実上正しい」と言うとき、「ユーザーをライフタイムバリュー以上の値段で購入する」「本当はアクティブではないのにユーザーをアクティブとしてカウントする」「完璧な成長曲線を生成するために定期的に増加する比率で招待状を出して赤字を出す」などのトリックを除外していることは暗黙の了解である。たとえあなたがそのようなトリックで投資家をダマすことができたとしても、あなたは自分のコンパスを投げ捨てているので、最終的には自分自身を傷つけることになるだろう。

[9]これが「成功したスタートアップは単なる輝かしい最初のアイデアを具現化したもの」だと考えるのがこんなにも危険な間違いである理由だ。あなたが最初に求めているものは、素晴らしいアイデアではなく、むしろ素晴らしいアイデアに発展する可能性のあるアイデアである。危険なのは、有望なアイデアは単なる素晴らしいアイデアのぼやけたバージョンではないということである。アイデアは種類が異なることが多い。なぜなら、あなたがアイデアを発展させるアーリーアダプターには市場の他の人たちとは異なるニーズがあるからだ。たとえば、Facebook に発展するアイデアは単なる Facebook の一部分ではなかった。Facebook に発展するアイデアは、ハーバード大学の学生のためのサイトである。

[10]もしある会社が本当に長期間にわたって年間1.7倍で成長したらどうなるのか? その会社は成功したスタートアップと同じくらい大きく成長できないのか? 原則的には当然そうである。もし月1000ドル稼ぐ仮想の会社が週5%で19年間成長したとしたら、この会社は週5%で4年間成長する会社と同じくらい大きく成長するだろう。だが、このような軌跡はたとえば不動産開発では一般的かもしれないが、あなたはテクノロジーのビジネスではああまりこのような軌跡を見ない。テクノロジーでは、遅く成長する会社はそれほど大きく成長しない傾向にあるのだ。

[11]あらゆる期待値の計算は、お金に対する効用関数に応じて個人差がある。たとえば、最初の百万はほとんどの人たちにとってその次の数百万よりも価値がある。どれほど価値があるかは人によって異なる。より若いあるいはより野心的な創業者にとって、効用関数はより平坦である。これはもしかすると全体の中で最も成功しているスタートアップの創業者たちが若い側にいる傾向がある理由の一部である。

[12]もっと正確に言えば、これはすべてのリターンが得られる最大の成功者においてのケースである。スタートアップの創業者は、値段が高すぎる部品を最大の成功者に売ることことによって、会社の経費で自分を金持ちにするという同じトリックをするかもしれない。だが、Google の創業者がそんなことをする価値はないだろう。業績が悪化しているスタートアップの創業者だけが誘惑されるだろうが、こういった創業者はいずれにしても VC の視点から見れば失敗者である。

[13]買収は2つのカテゴリーに分類される。「買収者が事業を欲しがるカテゴリー」と「買収者が従業員を欲しがるだけのカテゴリー」である。後者のタイプは HR 買収と呼ばれることもある。名目上は買収であり、将来性がある創業者にとっては期待値の計算に大きな影響を与える規模であるときもあるが、HR 買収は買収者からは雇用ボーナスのようなものだと見られている。

[14]私はロシアから来たばかりの何人かの創業者たちにこのことを説明したことがある。彼らはあなたがある会社を脅かしたらその会社があなたにプレミアム価格を払うということが斬新だと思った。「ロシアではあなたを殺すだけだ」と彼らは言ったが、ある程度はジョークだった。経済的には、既存の会社が新たな競合を簡単に排除できないという事実は、法の支配の最も価値ある側面のひとつかもしれない。そして、私たちが規制や特許訴訟を用いて競合を抑圧している既存の会社を見るかぎり、これは法の支配そのものからの脱却ではなく、法の支配が目指しているものからの脱却であるので、私たちは心配すべきだ。

このエッセーの下書きを読んでくれた Sam Altman、マーク・アンドリーセン、ポール・ブックハイト、パトリック・コリソン、ジェシカ・リビングストン、ジェフ・ラルストン、Harj Taggar に感謝する。


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