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#993 逍遥の未来は、自己満足の引きこもりか、教祖か、哲学者の道しかない

それでは今日から改めて森鷗外の「早稲田文学の後没理想」のつづきを読んでいきたいと思います。

われは前段にて逍遙子が一歩を動かすごとに、必ず敵を得べきことを示しつるが、この段に至りて見れば、逍遙子は決して哲學の比量界に居らむとする人にあらず。逍遙子が未來には唯左の三途あるべきのみ。第一、上に示したるが如く心の虚無を以てその主義とし、永くその「タブラ、ラザ」を守ること。第二、おのれかの無二の大眞理を産み出づること。第三、無二の大眞理のおのれが外より來るを待ちて、その所謂數學點より目覺ましき檀溪[ダンケイ]の一躍をなしてこれに就くこと即是なり。
さらば逍遙子その第二若くは第三種の地位を得て、心中に無二の眞理を懷いたるときはいかならむ。こゝに又三法あり。第一、個人たる逍遙子無二の眞理を懷きて止むこと。第二、逍遙子人間に向ひて、わが言ふところは眞理なれば爾等[ナンジラ]これを信ぜよといふこと。第三、逍遙子人間に向ひて、わが言ふところは眞理なり、其故は云々とその得たるところを證せむとすること即是なり。

もう、ここまで来ると、完全に喧嘩を売っているというか、バカにしているような……w

さらば逍遙子その第二法若くは第三法に出でたるときはいかならむ。第二法はすなはち宗教の道なり。われ逍遙子のこの時に及びて佛教を説くべきか、基督教を説くべきか、將た逍遙教を説くべきかを知らねど、これをば姑く問題の外におくべし。第三法はすなはち哲學の道なり。
古今哲學を以て名を青史に垂るゝもの幾人ぞ。かれ等は皆自ら無二の眞理を懷けりとおもひたりき。あらず、かれ等は或はまことに無二の眞理を懷きしときあるべし。されど果なきものは人の力なり。一たび比量智を役して、おのが聖教量智を證せむとするときは、障礙[ショウガイ]乃ち生じて、缺漏[ケツロウ]つひに掩ふべからず。是れ哲學の哲學たる所以にして、又哲學の宗教にあらざる所以なるべし。

自己満足の引きこもりか、教祖か、哲学者の道しかない、と……w

逍遙子の眞理を得るや、かれはいかにして吾等がためにこれを證すべきか。われ等は預め望む、その擧證の迹のせめてはハルトマン輩の如き理想家の上に出でむことを。
逍遙子はまた折衷之助をして宣[ノ]らすらく。儒家の仁、浮屠氏の涅槃、老、莊、カントが道も逍遙子が沒理想とおなじやうに世にあらはれたるを、鴎外が見たらましかば、その反難に逢ふことは沒理想におなじかるべし。殊にはカアライル、エマルソンが如く文章險怪なるものは所詮鴎外の假借せざるところとなりしならむといふ。

この部分は、逍遥の「雅俗折衷之助が軍配」の下の文章を受けてのものです。

汝が没理想といふ語は、第六號より前の『早稲田文学』にては、没主観、没挿評、没類想、没成心の數義に用ひられたり、汝こを得さとらぬとて、他を責むれども、いづれも皆自語相違の過ならずや。汝の所謂没理想ほど、變化自在なる重寶の語はあらじ、とやうに、五[イツ]かへり、六かへり、頓旋してぞどよめきける。
味方はこれには答へずて/\、機を看て變におうむの鳥の口まねの百囀[モモサエズリ]、儒家が用ふる仁の文字、浮屠氏が使ふ涅槃の文字、老子の道や、カントが理性、實利教派の實利をも禱りあげ/\、痛はしやな汝等も、若し端なうも早稲田が谷[ヤツ]、種[ダネ]マクベスの評註の、緒言の中に用ひられ、片影ばかりをあらはせし折からに、此の将軍が目に掛り、さて後に、ゆくりなき質問に應じつゝ、次第に本體を現じ来たらば、必ずや一語數義、不埒至極の怪物[キミラ]よ、と罵懲[ノリコラ]されしことならん、言語道断笑止至極、ともろごゑに謠ひ了り、さてまたそれと同時に、眞如、大虚、以下、意思、無意識に至る、諸絶対に向かひて、彼等が立派なる本體的絶対にありながら、宿世わろくして逍遥子が、いとも瑣屑[サセツ]なる一時方便的絶対と同一視せられたるを、近ごろ気の毒の極みなり、と吊詞[クヤミ]をいひ、さて最後には、近代の文人カーライルの霊と、エマルソンの霊とに向かひて、甚だ潜越にはあれど、或は同患の感あるべし、と推[オシ]はかりて、取りわきて特別の吊詞をのべにき。
そは彼等の険怪含糊[ケンカイガンコ]なる文章が、万一将軍の目にかゝらば、徹頭徹尾、數義語と新熟語とをもて充満したり、とやうに見倣され了り、到底かのヘルマン、グリムがエマルソンの文に於けるが如き厚意と、佛人テーンがカーライルのピウリタン主義に於けるが如き寛大とにあふことは、育亀の浮木、優曇華[ウドンゲ]の花の春、逍遥の蕪文に見えたる没理想が、斥けられけるよりも尚激しく、假借なく、用舎無く、斥けらるべきや一定なればなり。(#935#936参照)

で、これに関する、鷗外の答えですが……

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

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