フィンランドで働く〜労働組合編#3 労働協約のデメリット
前回では労働協約のメリットとも言える部分を説明していきました。
労働組合の存在や労働協約の強さは良いこと尽くめのように見えますが、バランスを間違えると社会や経済に悪影響を及ぼしかねません。
医師の労働組合の場合(Lääkäriliitto)
労働組合にとって一番大切なものは何でしょうか。
組合員の生活?社会貢献?いいえ、彼らにとって一番大切なのは組合としての威厳を保つことなのかもしれませんよ。
これといった証拠がなく噂の範疇を超えませんが医師の労働組合には問題とも言える行動をしていると昔から言われています。
医師資格、または医学部のプロセスをわざと複雑化することにより新たなる医師の教育を妨げようとしている、とのことです。
新しい医師が増えると既存医師の希少価値が下がり結果として給料が下がるのではないか、を危惧し阻止するためでしょうか。
これに関しては組合は否定声明を出しています。
周りのフィンランド人から話を聞くと皆その噂を信じているようです。
確かに火のないところに煙は立たないといいますが、果たして真相はどうなのでしょうか。
飲食業界の問題(Ravintola-ala)
以前の記事で飲食業界は特に経営が難しいと書きました。
フィンランドは市場規模が小さい、飲食は利益率がもともと低い、天候や社会情勢に左右されやすいというのも理由としてもちろんあります。
またフィンランドでは「高いお金を払ってでも美味しいものが食べたい」という人が少ない文化も原因でしょう。
さらに、一番大きい理由として挙げられるのは人件費の高さです。
人件費はサービスや商品の販売価格に直結します。
他業界ならば自力で出来ない事も含まれるでしょうし、人件費を上乗せした高い価格でも受け入れるしかありません。
しかし飲食業界の場合はどうでしょうか。
客に「高いなら自炊する」の動きをされてしまうので客足が遠のいてしまいます。美味しいものは頻繁に食べなくてもいい、という文化もあり客が絶えない店づくりは困難を極めます。
利益率の低い業種に重くかかる労働者保障
協約は経営者にとって痛い出費を強いられます。
労働者目線で見ていた協約を経営者目線で見てみましょう。
週末は客が多く来るが日曜日には2倍の給与を支払う必要がある。※そのため日曜日は店を閉めているところが多い。
ランチよりディナーのが利益率が高い。しかし夜は従業員に夜間手当(Iltalisä/Yölisä)を支払う必要がある。
休暇から帰ってきた従業員にはどんなに店の経営が難しくてもボーナス(Lomaraha)を支払わなければならない。
4週間の長い夏季休暇により客は海外旅行やサマーコテージ(Mökki)に行ってしまい客が来ない。そのため夏は休業する店もあるが、当然家賃などの固定費は支払うことになる。※長い夏季休暇の弊害
仮に店を開ける場合でも長い夏季休暇中の従業員の代わりに夏季従業員(Kesätyöntekijä)が必要になり追加の人材費用が発生。もちろん同じ期間に正規従業員の有給分の給与支払いもある。
病欠の給与保障があるため従業員に安易に休まれてしまう。店が回せないレベルの人手不足ならば人材派遣会社に依頼することもあるが、派遣会社の人材は直接雇用の人材より高い給料が多い。そのため病欠の従業員の給与保障と合わせて2倍以上の人件費となる。
会社負担の保険や年金もそこそこ高い
従業員への賃金以外にも会社が負担しなければならない保障があります。
「会社負担の年金」や「失業や健康の保険」などです。
日本にもあるものなので想像がしやすいです。総負担額はフィンランドのが高いですが。
製紙業界(Paperiala)
続いて製紙業界の話です。
昔々、フィンランドでは豊かな森により製紙業は盛んな産業の一つでした。
紙は当時大切な役割をしていたことは現代に生きる皆さんでも想像できるでしょう。生活に欠かせない、必要不可欠な製紙を担っていた彼らはその立場を最大限生かします。
度重なるストライキで労働者にとって非常に有利な条件で協約をどんどん更新していったのです。
しかし現代に近づくにつれデジタル化が進み紙の重要性が下がっていきます。利益が下がっていくのに対し、従業員に非常に高い賃金や手当の支払いを維持するのは困難です。
多くの会社が廃業し、製造拠点を海外に移した会社もありました。
金融危機の煽りも受け2000年代後半には多くの人が失業者に。
デジタル化によりいずれ縮小していく産業でありましたが、労働協約によりその速度にさらに拍車をかけたと言ってもいいでしょう。
フィンランド人の給料が高くなりすぎたのです。
現代ではフィンランド経済にとってそこまで重要な産業ではなくなったものの、UPMなど努力している企業はまだまだフィンランドに存在しています。
頑張ってほしいですね。
製紙業界のサウナ手当
基本給はもちろんストライキで上げに上げて高給取りになった彼らですが、面白い手当を用いて更なる給与底上げをやったことも有名です。
それが「サウナ手当(Saunalisä)」です。
祝前日や週末はサウナに入りたいのにそれを我慢して仕事をしているからサウナ手当を支払うという経緯からくるものです。
労働協約は毒にも薬にもなる
ある程度の保障は労働者の生活を豊かにします。
貧しい人や病気になった人、社会的弱者に対して手厚い保障を約束し生活を守るのは素晴らしいことでしょう。
しかし過剰ともなると国の経済に悪影響を及ぼす可能性がでてきます。
フィンランドは小国です。国内ですべてを賄うことはできません。
高すぎる給料基準や厳しい制約が出来てしまう労働協約はグローバリゼーション(国際競争力)にどう影響するのでしょうか。
こういった面も受け、労働者と雇用主の力関係はバランスが適度に保たれていることが大事だと考えさせられます。
労働環境の今後
前政権は労働者寄りの左翼傾向が強い政治を行っていました。
政治は常に良い点と悪い点があるものですが、この政権時の悪い点を挙げるとすると「適切な予算カットができなかった」ことでしょうか。
皆にやさしく手厚い保障をモットーにしていたせいなのか、コロナの打撃も相まってフィンランドの債務(Velka)はぐんと増えてしまいます。
対して現政権は経済自由主義の右翼寄りです。
「経済を回復させる」「不要な予算をカットをする」という意味で期待しています。
その国民連合党率いる現政権は急速な改革を進めます。
改革の中には労働者にとっては受け入れがたいものもあり、労働者が強く反発しフィンランドでは2024年2月からストライキが連発しました。
次回はそんな「労働者の意思表示」ともいえるストライキとその制度について説明します。
(おまけ)失業者が増えた2000年代後半
製紙工場が次々と閉業し多くの失業者が出た2007年当時、話題になったニュース映像です。