記事一覧

幸福な漫喫

小説家に憧れて喫茶店でよく小説を書いては小説投稿サイトで発信している。普段、それほど感受性豊かに暮らしているわけではないのだが、モヤモヤした思いを文字にして表現…

IJD’tDI
3か月前

愛という名の怪物

きけばきくほど、十八歳の、夢みがちな、しかもまだ自分の美しさをそれと知らない、指先にまだ稚なさの残ったピアノの音である。私はそのおさらいがいつまでもつづけられる…

IJD’tDI
4か月前
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喫茶店

つぎはぎ顔の怪物がいつもすぐそばにいるような感じがして、私は逃げたい気持ちになる。そんな気持ちを誰かに打ち明けても、誰も理解してはくれないだろう。私が言う「つぎ…

IJD’tDI
5か月前
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多摩動物公園

動物園の門の前は開園前から人集りができていた。ボランティアでお世話になっている児童館の桃組の子達を動物園に連れて行く”企画”を任されることになったのだ。毎年恒例…

IJD’tDI
10か月前
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ムーの冒険

三毛猫のムーは右耳の後ろに大きな傷があった。産まれてから間もない頃にできた傷だった。どこでどういう風に作られたのかは記憶にない。愛らしいくるりとした瞳には似つか…

IJD’tDI
1年前
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超短編小説: 呪いの子

ぼくのなまえは優だよ。ぼくは呪い。みんなを不幸にするのが僕の役目さ。他の呪いの子たちに負けないように、今日も誰かに取り憑いて、その子の人生を不幸にするんだ! あ…

IJD’tDI
1年前
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無音の青春 (短編小説)

教室の一番後ろの真ん中の列に正(ただし)の席がある。席の横に据え付けられた金具のフックには、学校指定のデザインの鞄がかけられている。鞄の中は教科書とノートが常にぎ…

IJD’tDI
1年前
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短編小説 ある晴れた日の海で

「今日は初めて隆太が言葉を話した記念日なのよ。」 助手席に座った母が嬉しそうに呟いた。隆太は家族4人で車に乗っている。これから長浜海水浴場に行くところだ。「そう…

IJD’tDI
1年前
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短編小説 ユートピア

私の名前は義秀光。あるメーカーで貿易事務の業務をしている。入社してから3年目になり、仕事はだいぶ板についてきた。福利厚生や休暇の制度は整っていて、残業もなくほぼ…

IJD’tDI
1年前
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超短編小説 | 訪問者

「水江さん。おはようございます。今日も朝から掃き掃除ありがとうございます。」 「久美ちゃん。おはよう。これから講義かしら。」 「はい。一限目からで7時半には席に…

IJD’tDI
1年前
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短編小説 | 水の形

水の形1 プールサイド 水が怖い…。私がそう思うようになったのは、水泳を習い始めてから2年くらい経ってからだった。持ち前の積極性と運動神経のおかげで、泳ぎの方はメ…

IJD’tDI
2年前
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幸福な漫喫

小説家に憧れて喫茶店でよく小説を書いては小説投稿サイトで発信している。普段、それほど感受性豊かに暮らしているわけではないのだが、モヤモヤした思いを文字にして表現するのが心地良いのだ。自分の正直な感情。そこに寄り添って生きる。その選択をすることが、まさに自由だと思う。

一歩一歩、前に足を踏み出すように言葉を紡いでいく。今の感情が大事だ。今燃え盛っているこの熱い思い。少し前に流行った歌でもたしかそう

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愛という名の怪物

きけばきくほど、十八歳の、夢みがちな、しかもまだ自分の美しさをそれと知らない、指先にまだ稚なさの残ったピアノの音である。私はそのおさらいがいつまでもつづけられることをねがった。願事は叶えられた。私の心の中にこのピアノの音はそれから五年後の今日までつづいたのである。何度私はそれを錯覚だと信じようとしたことか。何度私の理性がこの錯覚を嘲ったことか。何度私の弱さが私の自己欺瞞を笑ったことか。それにもかか

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喫茶店

つぎはぎ顔の怪物がいつもすぐそばにいるような感じがして、私は逃げたい気持ちになる。そんな気持ちを誰かに打ち明けても、誰も理解してはくれないだろう。私が言う「つぎはぎ」という言葉と、「怪物」という言葉は、世間一般に流通しているそれらの単語とは全然意味が異なってしまっているからだ。

私は堪らなくなって遂に逃げ出した。逃げ込んだ先は(どこでも良かったのだが)駅前の喫茶店だった。

私はどうして文章の形

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多摩動物公園

動物園の門の前は開園前から人集りができていた。ボランティアでお世話になっている児童館の桃組の子達を動物園に連れて行く”企画”を任されることになったのだ。毎年恒例となっている”企画”で、場所は多摩動物公園と予め決まっている。”僕”は今年からボランティアを始めたばかりで、今回が初参加だ。昨日の晩から机の上でパソコンを開いて、企画書と睨めっこしていたが、全くアイデアが浮かばずまあ書けないこと。結局、筆は

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ムーの冒険

三毛猫のムーは右耳の後ろに大きな傷があった。産まれてから間もない頃にできた傷だった。どこでどういう風に作られたのかは記憶にない。愛らしいくるりとした瞳には似つかわしくない、その痛々しい傷跡は、今では前足で毛を溶かす際に少し邪魔をするくらいで、特には気にならず、たまに愛らしささえ感じるトレードマークになっていた。

捨て猫の譲渡会にいた時に、今の飼い主に目をとめられた。その前はずっと、河原に置かれた

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超短編小説: 呪いの子

ぼくのなまえは優だよ。ぼくは呪い。みんなを不幸にするのが僕の役目さ。他の呪いの子たちに負けないように、今日も誰かに取り憑いて、その子の人生を不幸にするんだ!

あの子はタケルくんっていうんだ。いたって普通な、真面目なだけが取り柄の子。よし、決めた!タケルくんに取り憑いて、呪いをかけて不幸にしよう。

優くんは黒い帽子に変身しました。そして、タケルくんの前にわざと落ちて拾わせました。タケルくんは帽子

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無音の青春 (短編小説)

教室の一番後ろの真ん中の列に正(ただし)の席がある。席の横に据え付けられた金具のフックには、学校指定のデザインの鞄がかけられている。鞄の中は教科書とノートが常にぎっしり詰められていて、外から見るとパンパンに膨れ上がっている。それは正がガサツ過ぎて、最低限その日に持っていくべきもの以外も、お構い無くボンボンと詰め過ぎてしまうせいもある。しかし、買い物を母から言い渡され、学校帰りにスーパーに寄ることも

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短編小説 ある晴れた日の海で

「今日は初めて隆太が言葉を話した記念日なのよ。」

助手席に座った母が嬉しそうに呟いた。隆太は家族4人で車に乗っている。これから長浜海水浴場に行くところだ。「そうなんだ。最初に話した言葉は?」「ママって呼んでくれたの。」ふーん。何でもかんでも記憶している母には脱帽してしまう。家を出発してから1時間くらいは走っている。そろそろ着く頃だった。車中はカーエアコンの独特の生々しい香りが充満していた。道路は

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短編小説 ユートピア

私の名前は義秀光。あるメーカーで貿易事務の業務をしている。入社してから3年目になり、仕事はだいぶ板についてきた。福利厚生や休暇の制度は整っていて、残業もなくほぼ毎日定時で帰宅できるとても恵まれた労働環境に身を置かせてもらっている。けれども残業が予算の関係であまり良しとされない見返りとして、就業時間までがそれなりに慌しい。今日もルーティンの仕事をしながら、舞い込んでくる雑務に追われていた。基本はデス

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超短編小説 | 訪問者

「水江さん。おはようございます。今日も朝から掃き掃除ありがとうございます。」

「久美ちゃん。おはよう。これから講義かしら。」

「はい。一限目からで7時半には席についてないといけないので。眠くなりそうですが、がんばって聴いてきます!」

「そうなの。いつも偉いわね。じゃあ行ってらっしゃい。」

久美は大学2年生になったばかりだ。この街に引っ越して一人暮らしを始めたのもちょうど2年前。親からの援助

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短編小説 | 水の形

短編小説 | 水の形

水の形1 プールサイド

水が怖い…。私がそう思うようになったのは、水泳を習い始めてから2年くらい経ってからだった。持ち前の積極性と運動神経のおかげで、泳ぎの方はメキメキと上達していった矢先の事だった。親も先生も友達も私がこのまま水泳を続けるだろうと期待していたので、突然やめたいと言い出した時は周りのみんなを困惑させてしまった。2年続けてみて一応泳げるようにはなったから、もっと色んなスポーツに挑戦

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