見出し画像

先輩と飲んだ夜2

二つ上のバイトの先輩に
うちで飲まないかと誘われた

家が近くて大学が同じと言う共通点はあっても
特に仲が良いと言うわけでもないのだが

シフトではたまに一緒になる事はあるけれど
またこうしてお呼ばれされるのは半年ぶりくらいか?

バイト内では無愛想で無口でよくわからない
変わった人だと思われている先輩だけど
プライベートに土足で踏み込んだり
自分の価値感を押し付けたりするような
そんな人では無い分気を使わなくていい人ではある

バイトが終わり、前回以来に通る道を歩き
十分もかからずに着いたどこにでもあるアパート
半年ぶりに訪れた先輩の部屋は
この前来た時と、イメージがガラリと変わっていた

オタクチックな部屋は一変し
黒を基調としたシックな大人の部屋になっている

「その辺座ってて」、そう言われ
黒革のソファーに深く腰を掛けた

目の前のガラスのローテーブルの上には
海外のファッション誌とアートな写真集が並べられ
小さな灰皿の中にジッポが入れられていた

その横にはレイバンぽいサングラスと金色の腕時計
ロレックス…いやよく見るとポレックスか

「たばこ吸うんですか?」
「いや吸わないよ」

キッチンから低い声が聞こえた
また何か酒のつまみでも作ってくれているんだろう

そしておそらくは
僕にこの部屋を吟味させるための時間なのだろう

壁に立て掛けられているエレキギター
ビンテージっぽいフライトジャケットが吊るされ
この半年で何かにはまって影響を受けたのか
はまっている事を演じているだけなのか

そんな先輩の本気か嘘かお茶目かズレているのか
謎でミステリアスな所に興味を持ってしまうんだろう

「ギター弾くんですね」
「ああ、弾けないけどな」

フライパンを片手に何かを炒めながら先輩は答えた

「壁が薄くて練習も出来ないんだよ」

本来ならお洒落でカッコよく整っていて
女子受けのする申し分の無い部屋なはずなのに
住人が住人だけに全てが突っ込みの対象になっている

これは、そう思わせることこそが
すでに先輩の思うツボなのだろう
今だってキッチンに立ち上る湯気の奥で
人前では出さない笑みを浮かべているのかもしれない

ただ相変わらず料理は上手で
テーブルに並べられた様々な酒のつまみを前に

「おつかれさまです」とビールを飲むと
先輩の無精ひげに泡が付いた

会話が無くても特に居心地は悪くはない
無理に話を振った所ですぐ途切れるのはわかっている

中身の無い会話をたまに交わしながら
酒を飲み、つまみを頬張りつつ
部屋を見渡して先輩の仕掛けたトラップを探した

いたずらが好きで人を楽しませるのが好きな先輩
そんな秘めた本性を持っているのを僕は知っているから

「どんな音楽聴くんですか?」
軽く話を振って自らトラップに乗ってみる

「ロックとかパンクとか、最近はラップかな」

「即興でラップ出来る人って凄いですよね」
「あれな、法則とコツがわかれば意外と出来るぞ」

そう言って先輩は立ち上がると
新しいビールを冷蔵庫から出して僕にひとつ渡した

「ありがとうございます」

先輩はまたひと口飲んで白いひげをつけると
唐突に言葉の羅列を口にした

「ニヒルなヒールがビールを飲んだら
きっと明日は二日酔い、まだまだ宵の口
行きはよいよい、帰りはこわい、YO!」

テレビも付けてないし音楽もかけてない
換気扇の音だけが響く部屋の中で
先輩は今何か言った気がしたが
、おそらく気のせいだと思う

「これうまいっすね」
とオリーブの何かを食べた

酒が入ると先輩は
目には見えないがテンションが上がるのだろう
いつもより口数が増えて話上戸になる

「この前さ、フリマで古そうな鏡を見つけてさ」

そう言って金で縁取られた手鏡を出した

「アンティークっぽいですね」

「これ、夜中になると変わった事が起こるんだよ」
「と言いますと?」
「鏡が波打って、鏡の中の世界と繋がるんだ」

先輩はふざけた様子も無くいつも通り淡々と話した
とにかく最後まで聞いてみようと思った

「そうなった時に鏡に手を入れるとさ、スーって中に手が入れれてさ、あっちの世界の物が取れるんだ」

先輩は棚の上にあった五百円玉をテーブルに置いた
見ると印刷が反転した五百円玉だった

「手だけじゃなくて中に入りたくなるだろ?鏡の世界を探索してみたくなるだろ?でも大きさ的に体は入らないし、何か良い案は無いかと思ってさ」

確かにこの手鏡だと頑張って入れても足までだろう

「夜中になるとそれが起こるんですか?」
「二時くらいかな、毎日じゃないけどな」
「今日も待ってたら見れますかね?」
「見える日だったら見えるよ」

本当か嘘か、いや全く信じてはいないが
酒も入り興味を持ってしまった僕は
流れでそのまま先輩の家に泊まる事になった

日付けが変わり酒も回り眠気が襲って来る中で
手鏡を前に二人並んでその時を待つ
時計の秒針が動く音だけがカチカチと聴こえ

でも二時を過ぎても鏡は一行に変化は無く
お互いの顔を鏡越しに何時間も眺めているだけだった

「今日はダメな日だったな」
先輩が締めの言葉を唱えた

「残念です」

停滞していた淀んだ空気を変えたかったんだろう
先輩は窓を開けると冷たい朝の風が部屋を清めた

散らかった空き缶を袋に入れながら
先輩はまた何かを口にし始めた

「鏡は闇のミラー、朝焼けはオレンジのカラー
日の出まではまだー、けっこう俺はスリーピー、YO!」

天気予報では夜中から朝方は冷えると言っていたけど
それとは関係ない寒気が全身を包んでいた

結局眠れないまま夜を明かし
早朝に先輩の家を後にする

帰り道、大きなあくびをしながらあの鏡の事を考えた
やっぱりあれも先輩の考えた
癖のあるエンターテインメントだったのだろう

ますます先輩と言う人がわからなくて
会うたびに謎が増えて行く気がする
それがまた興味をそそられてしまうのだが

でも、あの五百円玉は良く出来ていたな

誰もいない早朝の道
靴音と鳥の鳴き声が自然と僕に音頭を取らせた

「終わったサマー、おつかれさまー
季節の変わり目、風邪に注意、みなさまー、YO!」

カフェで書いたりもするのでコーヒー代とかネタ探しのお散歩費用にさせていただきますね。