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名刺代わりのSF小説10選【2022】05【終】

アーサー・C・クラーク『幼年期の終り』
ニール・スティーブンスン『スノウ・クラッシュ』
グレッグ・イーガン『シルトの梯子はしご
劉慈欣『三体』
アンドレアス・エシュバッハ『NSA』
スタニスワフ・レム『ソラリス』
ウラジミール・ソローキン『青いあぶら
伊藤計劃『虐殺器官』
佐藤究『Ank: a mirroring ape』
安部公房『第四間氷期』

今度こそ最終回。

今までのシリーズ

名刺代わりのSF小説10選【2022】01|水石鉄二|note
名刺代わりのSF小説10選【2022】02|水石鉄二|note
名刺代わりのSF小説10選【2022】03|水石鉄二|note
名刺代わりのSF小説10選【2022】04|水石鉄二|note

10.安部公房『第四間氷期』

小説のPoint
01.予言機械と水棲人間をテーマとしたSF小説
02.ミステリ的に接続するテーマ
03.予言の予言というメタゲーム
04.2023年の現在こそ刺さる小説

 前半は未来のことを正確に予言する「予言機械」が、後半は大洪水の後に人類の代わりに生き延びることになった「水棲人間」が、SF的な主題となっている。一見関わりのなさそうな2つのテーマが、主人公である「私」の周囲で起きる事件を介してつながっていく。

予言機械について
 予言機械とは、データを学習して未来を予測する機械のことである。理想化された人工知能と表現すれば伝わるだろうか。登場人物たちが予言の内容をあまり疑わないことからも、精度はかなり高いらしい。西側諸国と東側諸国で激しい技術開発競争が行われている点は、現在の人工知能の研究状況とそっくりである。

 描写される予言機械はずいぶんと優秀なようだ。資本主義vs社会主義の趨勢といったマクロな事象も、個人の将来というミクロな事象も予言してくれる。個人のデータを集中的に読み込ませれば、当人の特徴をとらえた未来予測をしてくれるという点もすぐれている。

 ちなみに、小説の主人公である「私」は予言機械の研究者だ。「私」は既婚者であり、職場には頼木という助手がいる。「私」の妻は妊娠しており、何者かの手によって胎児を奪われてしまう。物語の展開自体は、この5人が中心となっていると考えてもよい。

水棲人間について
 もともとはイヌやブタといった陸上の哺乳動物を水棲生物にするという研究が、《山本研究所》という場所で行われていた。人間の水棲生物化もその延長線で始まっており、奪われた胎児もそこで水棲人間にされていた。呼吸器はエラのようになっており、陸上では生活できない。

 しかしながら、結果的には水棲人間が新しい人類として生き残ることになった。遠い将来に世界中の都市が沈んでしまうような大洪水が到来したためである。東京や横浜も例外ではない。陸上で生活する人間も完全に滅びはしなかったが、過去の遺物になってしまったのは確実だ。

 さて、気になるのは「胎児を奪ったのは誰か?」ということである。

予言の予言というメタゲーム
 主人公の妻は子宮外妊娠をしていたらしく、(出産は不可能であるため)本来は中絶する予定だったらしい。もちろん、胎児が奪われたことでその予定は破綻してしまう。では、胎児の奪取を誰が計画し、誰が実行したのだろうか?

 物語の中盤で実行犯は主人公の助手である頼木だったことが判明する。それと同時に、首謀者は主人公である「私」のデータを学習した予言機械であったことが明らかになる。(主人公の思考のクセもトレースされている。)予言機械は主人公の未来を予測した後に、その結果からさらに未来予測を行って、今回の計画を立てたようだ。

 動機は何か?
 遠い将来に世界の大部分が沈没してしまい、陸棲人類のほとんどが生活できなくなることを、予言機械は見抜いていた。そのため、陸棲人類に合理的な改造をほどこすことによって、水棲人類として生き延びる道を与えることにした。だから、主人公の妻から胎児を奪って水棲人間に改造する計画を立てたらしい。

非ホモ・デウス
 この小説は、「遠くない将来に人類に取って代わる新たな存在が出現するかもしれない」という残酷さを具体的に描いている。特に、水棲人間の出現には、ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス』を連想してしまう。既存のホモ・サピエンスは置いていかれる存在になるのかもしれない。人工知能自体がそうなるのか、あるいは人工知能に適応した人類がそうなるのか。それはわからないが、そういう危機感を想像させるのは確かだ。

【終】

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