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【ショートショート】持続可能な共同体

自治区の住民「祭りだー! みんな踊れー!」

ある新興国家の外部調査員「何だこの祭りは、みんな好き勝手に踊ったり爆竹を鳴らしたりして、まるでカオスだな」

自治区の広報担当「1年に1度の大イベントですからね。海に囲まれたこの自治区では、住民の大半が漁師なのですが、祭りの期間は漁に出ることが禁止されているのです。娯楽の少ないこの地では、全住民、この祭りで日頃の憂さを晴らすのです」

自治区の警察「祭り終了ー! 皆帰れー!」

調査員「何だ何だ、今度は凄まじい数の警察官がやって来たぞ。機動隊に装甲車まで!」

広報「興奮した群衆が暴徒化するのに備えているのです」

住民「警察を追い払えー!」

(火炎瓶が宙に舞い、発砲音や爆発音。続いて消防車や救急車が次々に到着)

広報「危ないのであちらへ移動しましょう」

調査員「ああ……これでは何人も死ぬだろうな」

広報「"祭りに死はつきもの"と言いますからね」

調査員「自治区の首長は許しているのか? まさか、その言葉にかこつけて黙認……」

広報「……このような小さな自治区では、事件や事故も滅多に起こりません。秩序を守る側にも仕事とやり甲斐を与えられるのは、このような機会しかないのです」

調査員「警察や消防にとっても祝祭日という訳か」

広報「共同体を持続させてゆくには、カオスと秩序のバランスを取ることが大切なのです」

調査員「なるほど、一理ある。ところで、この自治区に入ってから、首長の姿を目にしたことがないのだが」

広報「…………」

調査員「言葉は悪いが、責任を曖昧にするために、存在自体がでっち上げなのではないのか?」

広報「いえいえ、実在しています。ただ、首長は自治区の行政には関わっていないのです。しもじもの者たちの仕事がなくならないよう、ご自身の仕事を振り分けてくれているのです」

調査員「では本人は何をしているんだい?」

広報「……あなたにはどこか高貴な風格が備わっていますから、信用して隠さずに申しますと、首長は長年、ある研究に携わっておられます」

調査員「ある研究?」

広報「そもそものきっかけは、第1夫人との間に世継ぎが生まれないことでした。第2夫人、第3夫人、第4夫人と次々に迎えても、誰ひとり身ごもりません。首長はとうとうご自身が種無しということをお認めになり、優秀な甥を後継ぎに定め、政治の第一線からは距離を置くようになりました。ちょうどその頃、この自治区では、年頃の女たちの外部への流出が相次いでいることが問題となっていました。漁師は遠洋に出ると、1か月も家を空けることが珍しくありません。自らの母親たちの寂しい生活を目の当たりにしていた若い娘たちは、グローバル化の波も手伝って、外の世界へ幸せを求めに出て行ったのです。深刻な嫁不足が起こり、受け皿となる慰安所が大繁盛し、風紀は乱れ、色に溺れた若者たちは漁もままならなず、自治区の経済も停滞気味でした。このままではまずいと、まずは、結婚して自治区にとどまる者たちへ補助金を与えました。生まれてくる子どもたちへも同様です。そして、夫が漁に出ていて留守を預かる女たちへ少しでも慰みになればと、種は無いけれども絶倫という首長ご自身の体の特性を生かし、『わしの体は、女たちに差し上げもんそ』と言って、女たちに悦びと報奨金を与え続けました。行為の後、夫や首長の夫人たちへの罪悪感に苛まれた女たちを、第1夫人が自らのサロンに招き、ひとりひとりの手を取りながら、夫婦の愛の尊さを説き、申し訳ないという思いを夫や家族に尽くす力に変えなさいとやさしく諭したのです。近くで見ていた側仕えの者たちは、涙なしではいられなかったと言います。そのようにして数年も経つうちに、結婚率と出生率はぐんと上がり、離婚率は下がり、自治区に健全な活気が戻ってきました。首長は当初から、夜な夜な抱かれに来る女たちの詳細なデータを取っていました。体質、病歴、性格、性的な嗜好、家庭環境などです。それが何年分も積もり、経年による変化のデータも加わって、世界的にみても大変貴重な資料であることが分かりました。首長は自ら論文も書き、今ではその方面の第一人者となり、その関係で得られた著作権料などは、女たちや自治区の子どもたちへ還元しています」

調査員「嘘のような話だが、ここでは上手くいっているのだな」

広報「はい。1番の功労者は、女たちに愛の大切さを説いた第1夫人だと住民は口をそろえて言っています。第1夫人こそは真の国母であり、同時に女神様でもあると、老若男女が慕っています」

調査員「女ひとりに国が左右されるということもあるということか」

広報「はい。首長はお幸せな方でごさいます」

調査員「参考にさせてもらう。ところで、首長の著作などはあるかい?」

広報「はい、たくさんございます。よろしければ差し上げますが……」

調査員「全ていただこう」

広報「あ、はい! ただいま用意しますので、しばしお待ちください。(1度去ってダンボール箱を抱えて戻ってくる)こちらです」

調査員「ありがとう、ここ数日のもてなしに感謝する。では私は行くとしよう」

広報「はい、お気をつけて」

(実は、調査員の正体は新興国家の王子であった)

付き人「王子、これで諸国放浪の大義名分が立ちますね」

王子「どういうことだ?」

付き人「国に繁栄をもたらす嫁探し、です」

王子「なるほど。だが、嫁の善し悪しなんて、結果論でしかないんじゃないか? さあ、もう旅は終わりだ。私は早く帰って首長の本を読み漁りたい」

付き人「えっ?」

王子「何をのんびりしている、行くぞ! はーっはっはっは!(馬に鞭打ち、かけてゆく)」

付き人「あっ、王子、待ってください! 参考にするところを間違えないでくださいよー!(同じく鞭打ち、あとを追う)」

(了)



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