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【ショートショート】正義の人

「お腹が痛いよう、死んじゃうよう」

 UFOウフォ美が買い物から帰ってくると、義母が畳の上でお腹を抑え、痛い痛いとのたうち回っている。今までこんなに痛みを訴えたことがなかったので、UFO美は大変なことが起きているのかもしれないと思い、夫も不在で相談できないので、119番にかけた。

「お義母かあさん、すぐに救急車が来ますからね」

 子どもが駄々をこねるように転がり回る義母を見ながら、UFO美の脳裏には、葬式にまつわるあれこれが浮かんできた。

 ──そうだ、車!

 買い物の荷物を出すために、横付けしたままだったことを思い出した。

「お義母さん、車を置いてきますね」

 顔をしかめてひーひー苦しげに呼吸している義母に声をかけてから、車をガレージにしまった。
 UFO美が戻ると、義母がトイレから出てきたところに遭遇した。普通に歩いている。

「あれ? お義母さん、もうお腹治りましたか?」

「え? ああ、そうねえ……」

 義母の声に重なり、救急車のサイレンの音が近づいてきた。

 ──早っ! 暇だったのかな。どうしよう、もう必要ないんだけど……。

 UFO美は外に出て、家の前に救急車を誘導した。窓から顔を出している中年の隊員に現状を説明すると、

「ああ、そうですか、でも折角来たので、自分たちは様子だけでも診てみましょう」

とのことで、もうひとりの若い隊員とともに救急車から降りてきて、居間にいる義母の血圧を測ったり、お腹を触って硬さを確かめたりした。

「お義母さんにはアルツハイマーの症状がありますか?」

 義母の手前、UFO美は軽く目だけで頷いた。その直後にUFO美の携帯電話が鳴った。義理の弟だ。皆からすこし離れて通話ボタンを押す。

「はい?」

 ──あ、お義姉ねえさん、さっきお袋から腹減ったとか何とかって電話が来たんですけど、何かあったんですか?

「え? あー、いや、急にお腹が痛いってのたうち回ったから救急車呼んだんですけど、お通じがあって治っちゃいましたね」

 ──そうだったんですか!? でも、良かったです。

「救急隊員の方もそろそろ帰るところです」

 ──分かりました、すいません、ご迷惑かけちゃって。

「いえいえ、また何かあったら連絡しますね」

 ひととおり問診が終わり、UFO美は救急隊員たちの見送りに出た。

「あのう……今日は申し訳ありませんでした。こうやって来ていただいても、そのまま帰ることってよくあるんですか?」

「はい、時々ありますね」

「すみません、無駄足になっちゃいましたね」

「これも含めて自分たちの仕事なんで、自分はいかなるときでも喜んで出動しています」

「義母の認知症が進んで、痛みの感覚が狂ってきているみたいで……」

「でも、痛いと言えるということはまだ正常だと自分は考えています。自分が見てきた中だと、血が出ているのに痛みが分からず、危うく手遅れになりそうだったことや、喉が渇いたことも分からず、気づいたときには熱中症ということもありました」

「そうなんですね……じゃあ、まだ軽度ということなのかしら」

「それは一概には言えません。しかし、自分は、お義母さんが痛みを訴えたことで自分に仕事が回ってきたことに感謝しています。勘違いでも連絡を入れてくださっていいんです。いや、連絡してください。自分はとにかく出動したいんです。出動させてください! また何かあったら、いや、何もなくても、自分はいつでもどこでも出動しますので!」

 ──もしかして、歩合制……?

 居間に戻ると、義母が羊羹を頬張りながらテレビを見ている。

「あらUFO美さん、バナナあるわよ。今誰か来てたの?」

「はい、正義の押し売りです」

(了)

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