テニス上達メモ038.「ピート、大丈夫かい? 続きは明日にしようか?」 今、生産的な営みに集中するためのプライオリティワン
▶「落ち込む」のは人として自然な反応
失敗をして、精神的に落ち込む経験をする人は、少なくないと思います。
どの程度まで落ち込むのか、どのくらいそれが長引くのか、落ち込む深さと長さは、失敗の種類や大きさによっても、人によっても、さまざまでしょう。
落ち込むことが、「悪い」とか「ダメ」なわけではありません。
体育会系のノリにありがちかもしれませんけれども、「そんなことで落ち込むな!」の叱咤激励は、かえって人生を狂わせます。
落ち込みを経験することによって、失敗から受けた心のダメージが癒されるプロセスは進行するのですから。
▶「元気出せよ」は暴力
落ち込んでいるときに親しい人が励まそうとして、「落ち込むことなんてない!」「元気出せよ!」などというのは、癒しのプロセスを阻害しかねません。
阻害するどころか、蹴散らす、踏みにじるようなものにもなりかねないとすら思います。
人が落ち込んで、泣いたり、1人になりたくなったり、集団の中にいると余計に孤独感を覚えたりするのは、静かな時を過ごして傷ついた心を癒そうとする自然な心の反応。
心が傷ついているのに、騒がしい環境に身を置くと、刺激的で、一見するとにぎやかだからポジティブな印象かもしれないけれど、人によってはかえってダメージが癒えにくくなったりします。
ですから落ち込んでいいし、立ち直れない時期があっていい。
仕方がありません。
▶「落ち込んでいられないとき」もある
ただし難しいのは、「“今は”落ち込んでいられない!」ときですよね。
たとえば具体的には、テニスの試合の真っ只中。
日常生活では、癒しのプロセスを進めるために深く長く落ち込む必要も、時と場合によってはあるけれど、ポイントが刻々と進むテニスの試合中に限っては、なかなかそうも言っていられません。
タイムバイオレーションの制約もあります。
精神的な落ち込みを引きずって、次のショットも不安定になり、二度あることは三度あるからまたミスを重ね、それを繰り返しているうちに、グダグダになってしまうというプレーヤーは、少なくないのではないでしょうか。
そこで、落ち込んではいられないシチュエーションのときに、どうすればいいかについて知っておくと、役立ちます。
▶「先送り」しよう
試していただきたいのが「明日への先送り」です。
これは、たとえば大事なポイントで不甲斐ないミスをしたとしても、「今は試合の真っ只中で忙しいから、落ち込むのは明日にでも思いっきりすればいい」という切り替え方で、その時その場の気持ちや感情を「とりあえず」先送りにするというものです。
こうすると、今のプレーに集中できるし、一方では、明日になったら落ち込んだときの気持ちも、「日にち薬」の効果で少しは柔らいでいる可能性もあります。
ほかにも気になる感情や気持ちに支配されそうなときには、「心配事の先送り」「悩み事の先送り」「怒りの先送り」など、「今はとりあえず忙しいから、明日にでも思いっきり心配し、悩み、怒ればいい」と流します。
▶忘れようとするほど「忘れられない法則」
「忘れろ」とはいいますが、人間、そんな簡単には忘れられないから、引きずります。
忘れようと「意識」すればするほど忘れられないから、やっぱり「逆」なのです。
忘れられないならば、とりあえず「明日へ先送り」にする。
このエピソードから思い出されるのは1995年全豪オープン、ピート・サンプラス対ジム・クーリエの準々決勝です。
▶クーリエの一言
ナイトセッションに組まれた一戦は競りに競って、日付を超えてなお、会場のボルテージはマックスです。
ん……?
サンプラスが、ネットの向こうで泣いています。
「コーチのために頑張れ!」
そんな声がスタジアム内に響きました。
サンプラスのコーチであるティム・ガリクソンが急遽、病院へ搬送されていたのです。
ネットの向こう側から対戦相手の朋友クーリエは、「ピート、大丈夫かい? 続きは明日にしようか?」と呼びかけます。
クーリエの真意は定かではなかったけれど、その提案がサンプラスの気持ちを立て直す一助となったのは、間違いありません。
もちろん、それで試合が明日へ順延になったわけではないけれど、これを機にサンプラスは息を吹き返し、勝利を収めたのでした。
▶「サッサとしろよ!」「待たせるな!」
「ピート、大丈夫かい? 続きは明日にしようか?」
なんと、温かみのある言葉がけでしょう。
しかも、勝負の世界です。
しかも、グランドスラムの大舞台です。
「サッサとしろよ!」
「待たせるな!」
勝ち負けばかりにとらわれると、そんなふうにもなりかねません。
▶今しかできないことをやる
特に真面目な性格の人が多い日本では、会社の仕事でも、学校の宿題でも、そして心の癒やしでも、「早め早め」が求められがちです。
「いつまで落ち込んでいるんだ!」「明日やろうはバカヤロー」などといって、なじられもする。
しかしそれは、時と場合によっては不合理な感情論かもしれません。
一方トルコのことわざでは「明日できることは今日するな」と説かれます。
こちらは、時と場合によっては、合理的な優先順位の話になります。
「明日できることは今日するな」、つまり「今しかできないことをやれ」と。
▶目の前のボールに集中する「正面視」
さてテニスプレーヤーにとって「今しかできないこととは?」なんでしょうか?
もちろん「目の前のボールへの集中!」ではないでしょうか?
ちなみに目の前のボールというのは、股抜きなどの仕方がない場合は除いて、文字どおり「目の前」です。
伝説のパット「サイドサドル」は簡単すぎたのでしたね!
横目で見たり、見下したりせず、顔ごとボールに向ける「正面視」で、ボールを目の前に収めるのです。
▶つらくて苦しくて仕方がないときも
不甲斐ないミスも、突発的な怒りも、人や物事の喪失感も、今すぐ忘れよう、切り替えようとしても、できるものではありません。
「明日への先送り」は、今、生産的な営みに集中するためのプライオリティのひとつ。
つらくて苦しくて仕方がない、しかも急場をしのがなければならないさなか、私たちを助けてくれる時が、きっとあると思います。
「※※(←自分の名前)、大丈夫かい? 続きは明日にしようか?」
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