【長編脚本】Stray Sheep-18歳のカルテ Vol.1
僕は、長男が生まれて半年で会社を辞めて、日本映画学校に入った。
28歳だった。
子持ちの学生なんて、160人の学年で僕一人だった。
みんな周りは18歳だった。明らかに浮いていた。
でも、担任の脚本家・渡辺千明先生はとても可愛がってくれた。
その千明先生は数年前に亡くなってしまった。
「○○(私の本名)お前、心のパンツ全部脱げよ」
常々、千明先生が言ってくれた言葉だ。
私の28歳で初めて書いた脚本は、とてもお粗末なものだったが、千明先生は褒めに褒めちぎってくれた。
そして学年160人のうち、優秀作品6人に選ばれ、今は亡き巨匠の今村昌平監督と新藤兼人監督、そして、名脚本家・荒井晴彦氏に読んでもらい、びっくりするほど、けちょんけちょんに酷評された 笑
やっぱり千明先生、褒めすぎだったよ。
この前、本棚を整理していたら、色褪せたその脚本が出てきた。
読んでみたら何だかとても恥ずかしかった。
ナイーブで稚拙で未熟過ぎる脚本だ。
でも、あの時「パンツを脱げよ」と言ってくれた
千明さんはもうこの世にいない。
きっとほんとは、僕に脚本描き続けて欲しかったのかもしれない。
22年前のお粗末な感性に向き合った時、なぜか過ぎ去った年月の切なさと愛おしさが湧き上がった。
もう決して戻ってはこないあの景色。
あの頃、たしかに、僕は夢の中にいた。
残りの人生、もう一回、ちゃんとパンツ脱げるように、あの頃の自分に会いに行かなくては。
なぜかそう思った。
Stray Sheep-18歳のカルテ 1
○ 超高層ビル・屋上
強風が吹きすさぶ中、柵の無い屋上に、竹内涼(28)が立っている。
吸い寄せられるように、柵の無い端の方へ近づいていく竹内。
見下ろすと、あまりの高さに眩暈する竹内。
屋上の中央の方へ振り返った時、背後から何者かの手が竹内の肩をつかむ。
女「あんたのせいよ」
竹内はその手に引っぱられ、ビル下へ落下してしまう。
どんどん地面は近づいていく。
恐怖にひきつった竹内の顔。
○ 竹内宅・寝室(早朝)
ベッドの布団の中で、ばっと目が覚める竹内。
竹内の額から汗がにじみ、顔は恐怖で硬直している。
竹内の横では、すやすやと竹内玲子(29)と竹内雄太(0)が眠っている。竹内が枕元の時計を見ると朝5時を指している。
ふらふらと立ち上がり、寝室を出る。
○ 竹内宅・居間
居間に面しているキッチンの冷蔵庫から牛乳パックを取り出し飲む竹内。
汗がじっとり額ににじんでいる竹内の顔。
竹内「ここは……どこだ」
タイトル「Stray Sheep-18歳のカルテ」
○ 中央線・中
竹内は扉の近くに立って、窓の外を眺めている。
窓の外の風景は、緑に囲まれた住宅街が流れている。
扉近くのシルバーシートには金髪の女子高生2人が座って、携帯をいじっている。
女子高生の前に、腰の曲がった80歳くらいのおばあちゃんが立っている。
電車が揺れておばあちゃんがよろける。
さっと、竹内がおばあちゃんを支える。
女子高生2人は気づいていない。
竹内は、何も言わず女子高生を見ている。
○ 新宿高層ビル群
晴れ渡る五月晴れにビルが聳え立つ。
○ 新宿中央公園・噴水前
竹内は無表情でベンチに腰掛けている。
周囲には、スケボーで遊ぶ若者や、ベンチに腰かける老人の姿が見える。
竹内は、手を組み、下を向いている。
足元の地面にに人の影が写り、目を上げる。
高野ゆみ(28)が目の前に佇む。
ゆみ「やっぱり涼だよね? ひさしぶり!」
竹内「・・・・・・ゆみ?」
ゆみ「ほんとに偶然。え~、何年ぶり? 何し
てんの? どうしてここにいるの?」
竹内「・・・・・・いや、ちょっと」
ゆみ「私帰ってきたのよ。先週日本に」
竹内「どうして?」
ゆみ「私、去年ロンドンで結婚したの。で、彼の仕事、こっちで探すことになって・・・・・・今仕事中?」
竹内「いや、今、仕事してないんだ」
ゆみ「そうなんだ。でも、ほんと、久しぶりだよね」
ゆみの真っ直ぐ捉えた視線に竹内はつい目を逸らす。
○ 新宿・南口・スターバックスカフェ
家族連れやカップルで騒がしい店内。
店員がアイスカフェラテを2人に渡し、二人は店奥の席に座る。
竹内「でも、ロンドンで結婚してたなんてね」
ゆみ「うん。実は来週なの。涼も居場所が分かれば呼ぶつもりだったのよ。あと、里美にも来てほしいと思ってたんだ」
竹内「里美に・・・・・・会ったの?」
ゆみ「ううん。卒業以来一度も」
竹内「・・・・・・」
ゆみ「居場所も知らせず消えちゃうんだもん」
竹内の表情に影がさす。
ゆみ「涼は、里美のこと好きだったもんね」
竹内「そんなんじゃないよ」
ゆみ「あれから、十年か。昨日のことのよう
に思えるけど・・・・・・」
竹内「・・・・・・」
竹内は、窓の外を見る。
大学生らしき男女4人組が楽しそうに談笑している。じっと見つめる竹内。
○ 茨城県南東部の田園風景(回想)
一面に広がった田畑にぽつりぽつりと家屋が点在している。
○ 竹内家・中・居間(朝)
字幕「1993年4月6日」
鏡の前で、シャツのボタンをしめている竹内涼(18)。
涼の背後で井上政美(49)がにこにこして立っている。
政美「ほんとに一緒に行かなくていいの?」
政美は、涼に上着を着せながら
政美「これ入学祝いよ。お母さん、駅前の東急で買ってきたの。紺ブレっていって、東京じゃ相当流行ってるらしいわよ」
涼「へえ、そうなんだ」
真由美は、涼のシャツの皺を伸ばし
真由美「これで大丈夫。あと、お酒は誘われてもうまく断るんだよ。正月は大変なことになったんだから・・・・・・」
涼「わかってるよ」
真由美「人様に迷惑になることだけはやめなさいよ」
涼「わかってるって。もう時間が無いから行くよ」
真由美「はいはい」
涼「じゃ、行ってきます!」
玄関で靴を履き、家を飛び出す竹内。
閉じかけた扉の向こうから真由美の声。
真由美「忘れ物ないの~?」
涼「(聞こえるように)だいじょうぶ!」
涼、走り出す。
○ JR常磐線・外観
荒川を越えて走行している。
○ JR常磐線・中
涼は、常磐線に座り眠っている。
膝の上には文庫本の『三四郎』がのっている。
車掌「終点、上野~上野~」
涼は目を覚まし、深呼吸して立ち上がり、上野駅のプラットホームに降りる。
○ 慶応義塾大学・日吉キャンパス・門前
入学式と書かれた縦看板が立っている。
スーツ姿の新入生たちで混雑している。
涼は周囲を見回し、気合の入った表情で門を入る。
つづく
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