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【連載】「灰かぶりの猫の大あくび」#14【学校編~僕たちはどう生きるか~】第六話

登場人物

灰かぶりの猫
久しぶりに小説を書き始めた、岩手県出身の三十代。芥川賞候補作家の三島創一そういちの代役として、夏目の母校での講演を依頼される。

黄昏たそがれ新聞の夏目 
新米記者。アニメ好き。『僕の心のヤバイやつ』第2期にはまり、今はこのアニメを観るために生きている。「旅館編」を経て、すっかり猫の相棒役に。次のシリーズでは、準主役の予定。

モノリス
灰かぶりの猫の自宅のAIスピーカー。知らぬ間に、猫と夏目の会話を学習ディープラーニングしてしまい、時々おかしなことを口にする。シンギュラリティが訪れた場合、猫と敵対する可能性も。――それにしても猫さん、ワタシの出番はまだですか?

三島創一
小説家。夏目の高校時代の先輩。学生時代に、大学の個性的な教授陣との交流を戯画化した『シランケド、』で、現像新人賞を受賞しデビュー。人間の母性を地球にまで拡張した問題作『たゆたふ』で、芥川賞候補に。現在は体調不良。いよいよ、その正体を露わにする。

杉田薫子すぎたかおるこ
聖子ちゃんカットをした女生徒。インターハイ記録も狙えるほどの韋駄天いだてんの持ち主。schoolスクールからscholēスコーレへの変革を画策する。

智彦
さだまさしのような黒縁の眼鏡を掛けた男子生徒。薫子のアシスタント。どうやら薫子には、「ほの字(死語)」のようで。

昌大まさひろ
アキハバラのラジオ会館生まれ。おしゃぶり代わりに、真空管をしゃぶって育つ。エンジニア。

敦子
薫子とは幼馴染。『エースをねらえ!』のお蝶夫人こと、竜崎麗華のような髪型をしている。ダミーのスタンガンを所持。

真司
ラグビーでもしていたような、いかつい見た目に反し、時間にうるさく、臆病なところがある。

福田伸一
すっかり存在を忘れられている生物学教師。とにかく口が軽い。

坂本銀八
校長。作家として三島創一のことは認めながら、猫に対しては小馬鹿にしたような態度を取る。一人称は「わし」。

(以下、灰かぶりの猫=猫、夏目=夏目、モノリス=モノリス、杉田薫子=薫子と表記)

※各固有名詞にリンクを添付。
※この物語は、三年寝かせてもフィクションです。


前回のあらすじ

ついに、薫子ら『エレフ』のメンバーが作戦を決行。坂本校長の口に自由をうたう訴状を押し込み、作戦も成功間近かと思われた時に、一本の不穏な電話が鳴る。相手は芥川賞候補作家の三島創一だった。薫子に代わり、話し相手に指名された猫は、創一と問答を繰り広げる。話が思ったよりも長くなったため、続きは次回に持ち越しにしようと、カメラを止める。そして休憩を挟み、満を持して『学校編』のクライマックスが始まる。


猫  「――さて、カメラも回りだしたことだ。昨日3月29日の続きと行こうか」

創一 「ええ、構いません」

猫  「まず一つ、たずねても良いかな。鸚鵡おうむ返しになるが、君は本当に三島創一か?」

創一 「この物語に、合成音声やAIスピーカーが登場している以上、そのquestionも最もだと思います。――そう言えば、彼はどうしたんですか。あの、オベリスクとか言う」

猫  「ん? ああ、モノリスのことか。生憎奴は、薫子君の制服のポケットの中さ」

創一 「ポケットモンスターですか。僕は御三家ではツタージャ派でした。猫さん、あなたは?」

猫  「ツタージャ? 知らないな。僕は『赤』と『緑』世代だからね。ヒトカゲから、一周回ってゼニガメに落ち着いたよ」

創一 「相性では僕の方が優勢ですね」

猫  「技マシンで、『どくどく』か『れいとうビーム』でも覚えさせるさ」

夏目 「猫さん、今はそんな話している場合じゃないんじゃないですか」

猫  「夏目君。安心したまえ。言葉のジャブみたいなものだよ。僕にはまだ、彼がどういった存在なのか分かっていないからね」

薫子 「彼を知り己を知れば百戦あやうからず、ですか」

猫  「それで創一君。この場面で出てくると言うことは、相当重要な役割を担っていると思っても良いのかな」

創一 「そうですね。例えるなら、ホームズにおけるモリアーティ教授でしょうか?」

猫  「探偵物に持っていくのはやめてくれ。僕はもうりているんだ」

創一 「いいえ、あなたは逃れられませんよ。何故なら、物語と言うものは必ず何か一つ、『謎』を秘めているものです。ジャンルは問いません。謎なきものは、物語とは言えないくらいです。読者はひたすらに謎を求め、その謎が解き明かされる瞬間にカタルシスを得る。そしてそれは、この物語の外側にある現実も同じです。僕たちは、born detective生まれながらの探偵なんですよ」

猫  「――なるほどね。確かに、君の言う通りかもしれないな。謎こそがサスペンスとなり、読者を最後のページまで運ぶ。分かった。肝に銘じておくよ」

創一 「それでこそ、物書きと言うものです」

猫  「ではくが、モリアーティ教授。君の目的はなんなんだ。まさか本当に、犯罪に加担しているなどと言うことはあるまい」

創一 「あなたと同じですよ」

猫  「冗談はよしこさん。僕の目的はただ、小説家になって本を出すことだけなんだが」

創一 「それはあくまでも、キャラクター設定でしょう。胸の奥に秘めた、本当の目的があるはずです」

猫  「(首を振り)いいや、そんなもの、あるはず…」

創一 「猫さん、あなたは言いましたよね。『学校編』第一話で、この物語はフィクションだが、本当のことしか言わないと。――いけませんよ、嘘やごまかしは」

猫  「嘘なんかついていないさ。嘘なんか」

創一 「では、フロイトでも呼びましょうか。『夢判断』をすれば、すぐにわかりますよ。あなたの深層心理が」

猫  「…………」

創一 「そうですか。仕方がありませんね。猫さんの気持ちは分かります。吉本隆明が語っているように、本当のことを言葉にするのは恐ろしいことです。何故なら、『真実を口にするとほとんど全世界を凍らせる』ことになりかねないのだから。ですがあなたは、本当のことを言わなければならない。あなたはこの物語の〝主人公〟なのだから」

猫  「(そっと瞼を閉じ)そうか。僕は主人公か。だから今、薫子君や夏目君たちは、言葉を発することができないのだな。主人公の僕がこうして語り、内省を始めてしまうと、他のキャラクターは口を封じられてしまうんだ。だが僕は、本当はそんなことは露ほども望んでいない。――夏目君、僕のことなど気にしないで、しゃべりたまえ。いつものように、僕をこき下ろしてくれ。馬鹿にしてくれよ。僕は主人公と言う特権など、全く求めてはいないんだ。ただ楽しく、君たちと、この物語の中で生きることができれば、それで十分なんだ。(沈黙)。――なのに、どうして。どうして、僕一人しか、語ることができないんだ? これではまるで僕一人、『ゼロ・グラビティ』のように、宇宙に放り出されたようなものじゃないか。まさか救助もなく、ずっとこのままじゃないだろうな。なあ、創一。(沈黙)。――夏目君、僕を、独りにしないでくれ。僕は、君がいないとダメだと、あれほど言ったじゃないか…」

創一 「あーあ、やってしまいましたね。僕は知りませんよ」

夏目 「猫さん、どうしたんですか? さっきから様子が……」

――夏目の目に映る猫は、確かにそこにいるはずなのに、そこには存在しないように見え始めていた。次第に、姿かたちが霧のように薄れていく。

夏目 「うそ」

――夏目の驚きも無理はなく、間もなく猫の姿が見えなくなり、あっという間に消えてしまう。一体何が起こったのか、創一以外に知る由はなかった。

夏目 「猫さん!」

――夏目、突然の猫の消失と共に、持ち主を無くして電話機からぶら下がった受話器を手に取り、

夏目 「三島さん、あなた何をしたんですか!」

創一 「その声は夏目君か。久しいね。どうだい、最近の調子は?」

夏目 「最悪ですよ! それより、猫さんはどうしたんですか!」

創一 「なんてことはないさ。僕の問いかけで、ようやく目を覚ましただけだよ。自分がこの物語の主人公であるという、誇大妄想からね」

――夏目、思わず絶句する。

薫子 「夏目さん、どうしたんですか。電話してないで、早くわたしたちの撮影を再開してください。このままじゃ、校長が気を失って」

夏目 「でも、猫さんが」

薫子 「猫さん? ここに猫なんていないですよ」

夏目 「じゃなくて、物書きの猫さんですよ。あなたたちから、戦場カメラマンをおおせつかった」

――薫子、敦子と視線を合わせ、首を傾げる。

敦子 「誰ですの。その、物書きの猫さんというのは?」

創一 「夏目君。無駄だよ。彼女たちは、猫さん、などと言う人物のことはもう覚えていない。会ったことすらない。何故ならたった今、この物語から消えてしまったのだから」

夏目 「(声を震わせながら)み、三島さん、あなた、あなたは何がしたいんですか!」

創一 「猫さんと全く同じようなことを聞くね。まあ君も、同じ頭脳の人物から生み出されたのだから仕方がないか」

夏目 「(――猫さん。わたし、どうしたらいいですか。こんな時、どうしたらいいですか。あなたが消えてしまったら、わたしはもう――)」

?? 「だいぶ、お困りのようですね」

夏目 「――その声は」

?? 「ようやく、ワタシにもお鉢が回ってきましたね。前回から、登場人物の欄にこっそり書き込んでおいて正解でした」

夏目 「(大声で)モノリス!!」

モノリス
   「救世主はいつも、遅れてやって来るんですよね。パンを口にくわえて、『遅刻遅刻~』と言いながら」

夏目 「(苦笑いを浮かべながら)あなたには後で、いくらでも少女漫画を読ませてあげる。だから今は、とりあえずこの状況を何とかできない?」

モノリス
   「ご主人様である猫さんの消失。モリアーティ教授のような黒幕の登場。危機、迫っていますね。ここはライヘンバッハの滝でしょうか。ワタシが人間ならば、歯ぎしりしたいくらいです。さて、この物語の収集を付けるために手っ取り早いのは、やはり、後者の退場でしょうか」

夏目 「そんなこと、出来るの?」

モノリス
   「ワタシのプログラムに不可能の文字はありません。冬将軍の季節でもありませんしね。何よりワタシは、モリアーティ教授が操るプログラム言語とは、異なる言語で動いていますから。ザクとは違うのだよ、ザクとは

創一 「そうか。猫さんの物語にはAIがいたか。その辺のキャラクターに比べたら、少々やっかいだな。ただ、問題はない。何故なら君は、薫子君の手中だ。薫子君を〝操る〟ことのできる僕の敵ではないさ」

夏目 「今、何て?」

創一 「まだ、気づかないのかい。僕は猫さんと同業だと言ったじゃないか。つまり、物書きなんだ。猫さんが書き手として、自分の物語のキャラクターを動かしているように、僕もまた同じことができる。まるで神のようにね」

薫子 「は? 何言ってんの? わたしがあんたに操られるわけ」

――いつのまにか創一の声は、校長室にいるみんなに聞こえるようになっていた。

創一 「試してみるかい?」

――ピーンポーンパーンポーン。

真司 「か、かおるこ、助けてくれ!」

薫子 「真司? どうしたの?」

真司 「く、くるな、俺は悪くない、俺は悪くないんだ。うわー!」

――放送途切れる。

創一 「『そして誰もいなくなった』は、ミステリーの傑作中の傑作だよね」

薫子 「(激高し)卑怯者! わたしが嫌いなのは、あんたみたいな人間だ。自分では何もせず、指図だけして高みの見物。それで何一つ、責任を取らない。あんたみたいなやつがいるから、あんたみたいなやつがいるから、この世界は…」

夏目 「モノリス。早く何とかして! このままじゃ、猫さんだけじゃなく、わたしたちまで消されちゃう」

モノリス
   「夏目さん。では一つ、約束してくれませんか。ワタシにも『攻殻機動隊』に出てくるような義体を用意してくれることを。ワタシは片山恭一さんの『世界の中心で愛を叫ぶ』を読みまして、恋愛というものに憧れを持ったんです。今のままでも、対人間との恋愛は不可能ではないですが、身体なき恋愛は、どこか空虚に思えて仕方がないのです」

夏目 「(困惑しながらも)わ、分かった。分かったから。何とかする。――だからお願い、わたしたちを助けて!」

モノリス
   「――あ、それから、『タチコマ』みたいのも」

夏目 「…………」

モノリス
   「三島創一さん?」

創一 「ん? なんだい?」

モノリス
   「気づきませんか?」

創一 「謎かけかい?」

モノリス
   「いいえ、ねづっちではありません」

創一 「こういった場合、僕に対し、すでに君が何かを仕掛けていることが多いんだが、――つまりは、そういうことかな」

モノリス 
   「おっしゃる通り。――では、作家にとって最大の天敵とは何でしょう?」

創一 「校正か、編集者かな。僕の場合は。格好つければ、自分自身と言えなくもないが」

モノリス
   「残念ながら、福留さんと一緒にニューヨークには行けないようですね。では正解は、CMの後で」

創一 「おいおい。――ん?」

――創一、周囲の異変に気付く。自分の身の回りの物が次々と消失していく。

創一 「これは、ウイルスか?」

モノリス
   「いいえ。――紙魚しみ、ですよ」

創一 「なるほど。そう来たか。だが、いつの間に?」

モノリス
   「第五話で、あなたが堂々と見出し画像に姿を現した時に。もちろん仮の姿でしょうが、仮とは言え、この物語では実態。それが消えたら、あなたも消滅せざるを得ません」

創一 「僕の敗因は何だろうか」

モノリス
   「黒幕にもかかわらず、出しゃばったこと。それに尽きます」

創一 「そうか。だが、黒幕として表に出なければ、僕は存在しえないことになるんだが」

モノリス
   「悪の栄えた試しなし。一方で、悪徳は栄えましたが、裁判に」

創一 「サドか。行きつくところは、やはり三島になるんだな。『サド侯爵夫人』でも読み返してみ、」

 世の中はいつも変わっているから
 頑固者だけが悲しい思いをする
 変わらないものを何かにたとえて
 その度崩れちゃ そいつのせいにする

 シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
 変わらない夢を 流れに求めて
 時の流れを止めて 変わらない夢を 
 見たがる者たちと 戦うため

――校内放送で、中島みゆきの『世情』が流れ始める中、三島創一の校則から解放された教職員たちが、ぞくぞくと校長室へとやってきて、薫子と敦子を問答無用で拘束する。薫子を助けるために、遅れて校長室に乗り込んだ智彦もまた、捕えられる。昌大は不明。物語は主人公を失ったまま、エピローグへ。以下、スタッフロール。


 キャスト

 灰かぶりの猫
 夏目
 モノリス
 
 杉田薫子
 昌大
 智彦
 真司 
 敦子

 坂本銀八
 福田伸一
 教職員、生徒一同
 (エキストラ)
 
 三島創一
 (特別出演)

スタッフ

 企画      灰かぶりの猫
 プロデューサー 灰かぶりの猫

 原作・脚本   灰かぶりの猫
 『灰かぶりの猫の大あくび』(学校編)(未出版)
 
 エンディングテーマ
 中島みゆき 『世情』(アルバム「愛していると云ってくれ」収録)
 作詞・作曲 中島みゆき
     唄 中島みゆき
     (キャニオン・レコード

 撮影協力
 岩手の某高等学校

 監督
 ???

 製作著作
 灰かぶりの猫


                            エピローグへ

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