見出し画像

【連載】「灰かぶりの猫の大あくび」4(旅館編)

登場人物
灰かぶりの猫
久しぶりに小説を書き始めた、岩手県出身の30代。宿泊中に新作を書き上げる。
(詳しくはプロフィールの通り)

黄昏たそがれ新聞の夏目 
新米記者。アニメ好き。最近は、『ゆびさきと恋々』の雪ちゃんがお気に入り。

(以下、灰かぶりの猫=猫、夏目=夏目と表記)

※各固有名詞にリンクを追加。


これまでのあらすじ

猫がようやく、新作の短編小説『空中散歩』を書き終え、趣味のアニメ観賞をしていたところ、突然、旅館内に悲鳴が響き渡る。事件となれば、物語の登場人物として参上しないわけにもいかず、これは運命だと、猫と夏目は現場へおもむく。


――二人が駆けつけたフロントには、浴衣姿の人だかりができていた。加えてその場には、例のあの二人の姿も。

夏目 「(人だかりをかき分け)何かあったんですか?」

女将 「Wow, cat!!(絹を裂くような叫び声をあげる)。だ、誰ですか! 館内に猫を連れ込んでいるのは!」

夏目 「(ゆっくりと振り向き)はにゃ! ね、猫さん」

猫  「ニャンだい」

夏目 「猫さん。ね、猫になってます!」

猫  「何を言う。僕は元々、ニャンだが」

夏目 「じゃなくて、本当に猫に」

猫  「はたらけど
    はたらけど
    なおわが生活くらし
    楽にならざり
    ぢつと手を見る
    に、肉球?」

女将 「早く、早く外に放り出しなさい!」

――夏目、慌てて猫を抱き上げる。猫のニャン語は、何故か夏目には通じるようで(以下、猫のセリフは夏目の翻訳による)。

猫  「(夏目の胸の中で夏目を見上げ)夏目くん、どうする。このままでは僕らは登場早々、この舞台から退場せざるを得ないぞ。ここで退場したら、どうなると思う。僕らのタイトル『灰かぶりの猫の大あくび』は、あのサスペンスの女王と帝王の二人に奪われ、『元刑事デカ夫婦の事件簿~老舗旅館に響いた女将の悲鳴。事件現場にまぎれ込んだ灰色の野良猫だけが知る事件の真相とは!~』とでもなり、登場人物の欄も、あの二人の紹介になりかねないぞ」


登場人物

六角瑤子(ろっかく ようこ)演 - 片平なぎさ
元京都県警の刑事。元夫の雅也とは幼馴染。京都市内で起きた「いろは歌」にちなんだ連続殺人事件をきっかけに、雅也とは離婚。現在はフリーランスで記者をしている。

嵐山雅也(あらしまや まさや)演 - 船越英一郎
元京都県警の刑事。元妻の瑤子とは幼馴染。瑤子と、よりを戻すことができないかと考えているが、何かと煙たがられている。現在は私立探偵。


猫  「夏目くん、上を見たまえ! もうすでに!」

夏目 「と、とりあえず、ここから立ち去りましょう。『風と共に去りぬ』です!」

猫  「おお、スカーレット・オハラ!」

――二人は、この物語にとっての舞台袖、もしくは観客席となってしまうかもしれない、自分たちの部屋へと舞い戻る。この部屋に、二人を照らすスポットライトは、残念ながらない。

夏目 「(息を切らし)はぁ、はぁ。もう、『1リットルの涙』ばりに、汗びっしょりです。これじゃあまた、お風呂に入らないと」

猫  「そんな心配をしている場合か。と言うか、いい加減下ろしてくれ」

夏目 「あ、すみません。つい。本物の猫のように扱ってしまって」

――猫、夏目の胸から慣れたように飛び降り、前足から畳の上に着地する。どうやら、猫好きは伊達ではないらしい。

猫  「(行儀よく前足をそろえて座り、夏目を見上げ)現代で猫転生なんて、聞いてないぞ」

夏目 「(猫に視線を合わせるようにしゃがみ込み)あれでも、生まれ変わるなら猫になりたかったんじゃないですか」

猫  「勝手に殺すな。しかし、なぜ突然猫に」

夏目 「(腕を組み)うーん、『時をかける少女』が時をかけるときは、高いところから思い切り、三段跳びのように跳躍ちょうやくしていましたよね」

猫  「それは細田守監督のアニメ劇場版だな。筒井康隆の原作では、ラベンダーの香りだぞ」

夏目 「へえ、プルーストみたいですね」

猫  「やめたまえ。『失われた時を求めて』の話をするのは。吉川一義訳の岩波文庫版で、全14巻もする果てしのない物語の中に取り込まれたら、それこそ、一巻の終わりだぞ」

夏目 「あ、座布団一枚」

猫  「山田隆夫はここにはいない」

夏目 「(猫の前足を、指先でちょんちょんしながら)となると、ほかに何か、劇的なことってありました?」

――猫、考え込むように、猫の手で顔を洗う。ぽくぽくぽくぽく、ちーん。

猫  「夏目くん、跳躍と言ったな」

夏目 「はい。言いましたね」

猫  「それだ!」

夏目 「あ」

――二人は、記憶の時間を巻き戻す。


夏目 「でも二人、別の名前で呼び合っていたような」

猫  「なら、ドラマじゃないか」

――ギャー!(突然、旅館内に悲鳴が響き渡る。二人とも、きゅうりを前にした猫のように飛び上がる)

夏目 「(平静を装い)び、びっくりしましたね。やっぱり何か起きているんじゃ。物は提案ですが、猫さん、現場に行ってみませんか」


猫  「あれだよ。僕らは悲鳴に驚いて、ジャンプしたじゃないか」

夏目 「まさかあれが、引き金に?」

猫  「そうだ。そうだとしか考えられない。よし、善は急げだ。夏目くん、早速飛ぶぞ!」

夏目 「はい。でも大丈夫ですかね。『とうっ』って飛んだりすると、仮面ライダーみたいに変身したり、ウルトラマンみたいにM78星雲に飛んで行ったりしないですかね」

猫  「要らぬ心配だ。僕らは今、この物語の舞台袖にいる。スポットライトのないところで変身したり、宇宙に飛び出したりは出来ないはずだ」

夏目 「何か、悲しいですね。――って、あれ、わたしは飛ぶ必要なくなくないですか」

猫  「僕を独りにする気か」

夏目 「(わざとらしくほほふくらませ)ったくもう。分かりましたよ」

猫  「では、いち、にの、さん、の合図で飛ぶぞ」

夏目 「(顔の横に小さく右手を上げ)はーい」

二人 「(声をそろえて)いち、にの、さん!」

――果たして、二人の運命やいかに。

                               つづく

#小説 #短編 #連載 #コント #旅館 #女将 #石川啄木 #肉球 #片平なぎさ #船越英一郎 #二時間サスペンス #殺人事件 #風と共に去りぬ #スカーレット・オハラ #1リットルの涙 #転生 #時をかける少女 #細田守 #筒井康隆 #プルースト #失われた時を求めて #山田隆夫 #仮面ライダー #ウルトラマン  






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?