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【連載】「元刑事夫婦の事件簿~老舗旅館に響いた女将の悲鳴。事件現場に紛れ込んだ灰色の野良猫だけが知る事件の真相とは!~」前編(「灰かぶりの猫の大あくび」改題)


登場人物

六角瑤子(ろっかく ようこ)演 - 片平なぎさ
元京都県警の刑事。元夫の雅也とは幼馴染。京都市内で起きた「いろは歌」にちなんだ連続殺人事件をきっかけに、雅也とは離婚。現在はフリーランスで記者をしている。

嵐山雅也(あらしまや まさや)演 - 船越英一郎
元京都県警の刑事。元妻の瑤子とは幼馴染。瑤子と、よりを戻すことができないかと考えているが、何かと煙たがられている。現在は私立探偵。


これまでのあらすじ

一仕事を終え、観光を兼ねて、はるばる岩手の温泉旅館を訪ねた瑤子。そこで何故か、元夫の雅也とばったり出くわす。一気に険悪な雰囲気になるも、旅館内に二人の間を切り裂くような悲鳴が響き渡る。探偵としての血が騒いだ雅也は、おっとり刀で現場へと駆け付ける。仕方なく、瑤子も雅也に続く。


――雅也がフロントに駆け付けると、女将が突然、

女将 「Wow, cat!!(絹を裂くような叫び声をあげる)。だ、誰ですか! 館内に猫を連れ込んでいるのは!」

――若い女性が振り向き、はにゃ、とおかしな声を上げ、慌てて視線の先にいた猫を抱き上げる。

雅也 「どうして旅館の中に猫が。ここは、猫は立ち入り禁止のはずだが」

瑤子 「(遅れて駆け付け)あら、可愛らしい猫ちゃんじゃないの。まさかさっきの悲鳴は、あの猫ちゃんのせい?」

雅也 「いや違う。それに今のは、女将の悲鳴だ。女将は猫アレルギーだからね」

瑤子 「あら、やけに詳しいわね。女将とは知り合いなの?」

雅也 「あ、いや(後頭部をポリポリとき)、チェックインの時に少し話しただけだよ。どうも探偵業を始めて以降、刑事時代に輪をかけて情報収集が癖になってしまってね」

瑤子 「あなたは昔から、人の懐に入るのが得意だったものね」

雅也 「そういう君こそ、立場が上の人間に取り入るのが上手じゃないか」

瑤子 「それは褒めてるの?」

――二人の間に、再び暗雲が立ち込める。そのうちに、猫を抱き上げた女性は、二人の前から姿を消していた。

雅也 「(気まずくなり、気配を消して瑤子のそばを離れ、女将のもとへ行き)女将さん、もう大丈夫ですよ。猫は去りましたから」

猫アレルギーの女将
   「(冷や汗を浮かべ、荒い呼吸をしながら)そ、そう。なら良いのだけれど」

雅也 「それにしても、先ほども大きな悲鳴がしましたが、何があったんですか?」

猫アレルギーの女将
   「あ、いえ、何でもないの。従業員が少々、騒ぎ立ててしまっただけですから。お気になさらないで」

――雅也、女将が明らかに嘘を吐いていることに気づく。持ち前の犬のような嗅覚を利かせ、厨房ちゅうぼうの方が匂うと狙いを定めると、女将に一言声を掛けてから、足早に厨房へと向かう。

瑤子 「(駆け出した雅也を目で追い)ねえ、あなた、どこ行くのよ」

――と言いつつ、瑤子は雅也よりもさっきの猫の方が気になり、ひとり館内を探し始める。


――一方、その頃。あの二人は、と言うと。

猫  「おい、夏目くん」

夏目 「はい」

猫  「見てくれ、僕の姿を」

夏目 「いやっ!(小さな悲鳴を上げ、顔を両手で覆う)。ね、猫さん。どうして裸なんですか??」

猫  「(自分のからだを見下ろし)あ、いや、これは(一瞬にしてその場にしゃがみ込み、縮こまる)。僕だって想定外だ!」

――猫、無事、人間に戻る。と、ほっとしたのも束の間、部屋の外から女性の声が。

女性 「あの、すみません」

猫  「ん? 誰か来たようだが」

夏目 「あ、わたしが対応しますから、早く服を着てください!」

――すー、ぱたん(夏目、部屋の外へ)

瑤子 「突然、すみません。私はフリーランスで記者をしております、六角瑤子と申します(夏目に名刺を差し出す)」

夏目 「わ、わ、片平なぎささん?」

瑤子 「片平? いえ私は、六角ですが」

――夏目、頭が混乱する。片平なぎささんが、ドラマと言う舞台設定の上で、片平なぎさであることを否定しているのか、それとも、片平なぎさという存在は、この物語の世界には存在せず、あくまでも目の前の女性は、現実の六角瑤子という存在なのか。たまらず、ハイデガーを召喚したい気分になる。

猫  「(戻ってこない夏目が気になり)夏目くん、どうした?」

夏目 「(頭から煙を出しながら)ね、猫さん。わたし、わけが分からなくなってしまって」

瑤子 「あ、突然すみません。私、フリーランスの記者の六角瑤子です。先ほどの、ちょっとした騒動の件について調べてまして。どうもこの辺りに、猫が逃げ込んだようなのですが」

猫  「(表情一つ変えず)猫、ですか。さあ、まったく心当たりはありませんが」

瑤子 「あら、でも、(視線を夏目に向け)彼女じゃなかったかしら。猫を抱き上げて立ち去ったのは」

――夏目、目が泳ぐ。

猫  「おそらく、見間違いでしょう。皆、浴衣姿ですから。彼女はずっと、僕と一緒に部屋にいましたよ」

瑤子 「そうですか。失礼ですが、部屋ではなにを?」

猫  「べ、別に怪しいことはしてませんよ。僕は無名の書き手で、彼女は新米の新聞記者ですから。二人部屋になったのも、たまたまで」

――瑤子は、ただ質問をしているだけなのだが、猫、知らず知らずのうちに、個人情報をべらべらとしゃべりだす。

瑤子 「あら、作家さん? でしたか。道理で、一目見た時から他人とは思えなくて」

猫  「あ、いや、作家だなんて(照れたようにほほく)。まだ、デビューすらしていないのに」

瑤子 「そんなことありませんよ。デビューしたあかつきには、ぜひサインくださいね(目を細め、にこりと笑う)。お話を聞かせていただき、ありがとうございました。では、他を当たってみます。もし何か気づいたことがありましたら、名刺の番号までお願いいたします」

――瑤子、二人に頭を下げて、廊下の奥へ歩いて行く。

夏目 「(猫のことをジト目で見つめ)なんか、鼻の下伸びてませんでした?」

猫  「ば、馬鹿を言うな。鼻の下が長いのは元々だ」

夏目 「ふーん。そうですか。禅智内供ぜんちないぐにならないと良いですね」

猫  「それより、ピノッキオにならないか心配だよ」

                               つづく

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