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多様な業種とのコラボで宇宙ビジネスの可能性を広げる。JAXA職員に聞くスタートアップ×宇宙の可能性

スタートアップの宇宙ビジネス参入は「パートナー探し」から始めよう

ー吉田さんは、なぜ宇宙に興味を持たれたんでしょうか?

私が小学校4年生ぐらいのときにアポロ11号の着陸があったんです。当時も今と同じで、そういうイベントがあるとNHKで特番をやるんですよ。その番組で「スピードを出しすぎると激突する」とか「角度を間違えると宇宙に跳ね返される」と説明していて、それをドキドキしながら見ていました。

その番組の同時通訳の方が、見にくい映像を同時通訳してくれていまして、打ち上げ前の管制塔のやり取りで、「すべて順調」と交信してから打ち上げになったのですが、最近、アポロ11号の記録映画が公開されて同じ場面を見ると、「エンジンOK」「機体OK」「システムOK」など細かな確認をして、その上でGOがかかっていました。同時通訳の方はこれらの細かいことを全部まとめて「すべて順調」の一言にしちゃったんですね。意味は全くその通りで。あれだけ散々、色々な確認をして、結果はすべて順調。あれはすごい達見だったと、今更ながら感じました(笑)

ーもうその一言に尽きるという感じですね。そこから宇宙に興味を持たれたんですか?

それも非常に大きなきっかけでしたね。それまではただ漠然と「博士になるんだ」とか「ロボット作るんだ」とか、そんなことしか考えていなかったんですけど。

ー当時から工学系や技術、もの作りに興味を持たれていたんですね。過去にJAXAとスタートアップ企業が協業した事例を教えていただけますか?

インターステラ(インターステラテクノロジズ株式会社、以下インターステラ)さんがロケットエンジンを作るというので協業しました。

一番初めの印象は、決して悪い意味じゃないんですけど、部活みたいな気合いの入り方だと思いました。「一切手を出してくれるな、自分たちでやるから」という感じでのスタートでした。

そのうちやっぱり段々と難しさがわかってきたのか問い合わせが増えてきまして、今はJAXAが技術的に協力しますという形になっています。そして現在やっているのが「ZERO」というロケットのエンジンですね。

でも「MOMO」という観測ロケットを彼らが打ち上げた時には、我々はアドバイスだけで、本当に独自でやっていらっしゃいました。現在は、本格的なロケットエンジンの「ZERO」を、技術的に協力しながらやっているところです。

最近のベンチャーさんを見て感じることは、色々なベンチャーさんがいらっしゃって、やる気は満々なんだけど技術が追いついていないと感じるところが多いです。

10年ぐらい前に話をさかのぼりましょう。その頃の日本はどういう状況かというと、まだインターステラさんができていない、設立直前ぐらいでしょうか。その頃の経済産業省のレポートに「H2Aロケットは、1000社ぐらいのサプライチェーンで成り立っている」と書いてありました。

 ロケット部品って結構、面倒くさいことを注文するんです。「この精度はこうだ」とか。
そうすると、会社としては特別なラインを設けるけど、ロケットは年間2回(平均)しか打ち上げない。ということは、エンジンは年に4基しか作らない。特別ラインを作っても4回しか作れないでは「全然割に合いません」「撤退させてください」というのが何社も出てきて。「これを解決するためには、民間を立ち上げるしかない」というようなレポートを見つけたのですが、その通りだなと思います。

例えば、H2Aロケットを1回打ち上げると、エンジンは2段目と1段目の2基必要なんですね。打ち上げが年間2回だから、4基エンジン作っちゃうと終了です。でもインターステラさんの構想を例にすれば、1段目に9基エンジンがついていて、2段目もあるので、1回の打ち上げでエンジンがだいたい10基必要になります。それを毎月打ち上げるとおっしゃっているので、それだけでも自動車までとは言わないまでも、量産効果があり、宇宙産業の構造も変わってくる可能性があります。

そういうところからスタートしていまして、インターステラさんは本当に実力ある技術者が育っています。

ー今回のようなマッチングイベントでは、協業を通じ、どういった部分で参入のチャンスがあると思われますか?

既存の大きなメーカーさんには、彼らなりのサプライチェーンが出来てしまっています。そして、既存企業が下請けに出すときの基準は非常に厳しいんですね。ここに参入するのというのはかなり難しいと思う。大変な割には利益が少ないんです。

一方で、色々な輸送系を考えている会社、ベンチャー企業がありますが、彼らは技術力、経験値、実行部隊の数などが十分ではない場合がある。そして、これらを補うサプライチェーンが完成していないというのが現状だと思います。そこにうまく入り込む余地がある。あるいはそのシステムの取りまとめをする人に、うまく売り込むことができれば、ハードルの高くないスタートが切れるのではないかというような気がしています。

ー1社単独で参画するのは難しいというイメージがありますが、協業するなら航空機の設計の知見がある会社と組むと上手くいくといったようなことはありますか?

それが最高のパターンだと思います。ロケットや衛星を作るとき「こういう機能を持った部品がほしい」と担当者は思っても、部品を作るのにどんな材料でどんな加工が良いか、という知見が足りないことが多い。だからそこをうまくコーディネートして「この機能を実現するために、ここは磨いてください、削ってください、こういうふうに鋳造してください」と振り分けられるような方が中央にいらっしゃると、発注はしやすくなりますね。

ー色々なパーツが何万個も必要だと思うんですが、具体的にロケット一つ作るのにどれぐらいのパーツが必要なのですか?

ロケットはH2Aレベルで約100万個と言われています。100万個ってどういう数字かというと、普通に自動車を作るときは大体30万個ぐらい。飛行機では、小型機だと大体100〜200万個ぐらいでしょうか。大型機になると、各席にモニター画面がついていたり電化製品的部分も多いので、300万個ぐらいは必要になります。だから100万個は少ないような、多いような数です。これが有人ロケットになると、もう飛行機の大型機を超えた部品の数ですね。

ー「100万個の中の1つでも作れたら万歳」ぐらいの意気込みで構わないですか?

全くその通りです。最終的には、その部品の精度だったり品質の要求だったりというところに落とし込んでしまうと、もはや自動車と何も変わらないです。

ただし、宇宙と自動車の違いは、自動車は室温で色々作って組み立てて、それをそのまま使いますが、宇宙の場合、そういう部品はほとんどなくて。室温で部品を作っても、使うときは全然違う環境なんです。人工衛星関係だったら真空ですよね。真空では片側は太陽光で高温になる。ロケットエンジンだったら、燃料は極低温ですから、マイナス250度。一方で炎の真ん中のところは3000度ぐらい。そういうのが、一つの製品の中で分布しているんです。

そういう状況でもちゃんと働くような設計ができていないといけない。設計されたものを、精度通りに作っていただければ大丈夫という世界になると思いますね。 

ー吉田さん個人の取り組みもお伺いできますか?

定年になって余裕ができるだろうと信じて、会社を作ってみようかなと思っちゃったんですね。それで会社を作りました。目標として「ロケットエンジン」ぐらいは注文してくれるところがあるんじゃないかなというくらいの意気込みだったのですが、全然そういう注文がこなくて(笑)。その代わり、ロケットエンジンの中の重要な部品を作って欲しいという注文が来るようになりました。

あるいはロケットとは全然違って、「液体水素の分野に参入したいんだけど、どうやって作るの?」とか「アドバイスくれない?」とか、そういう注文も来るように。当初想定していたお客さんとは違う相談がきているという感じです。

ーある意味、スタートアップ企業なんですね。今まで自分がオーダーをする側だったのが、される側になってみて、困ったことはありますか?

一番最初は、見積書の作り方がわからなかったですよね。書類はどういう順番で出すんだっけとか、それもわからなくて。会計も当然わからなくって、わからないことが山のようにありました。 

ー今回のマッチングイベントの趣旨は、スタートアップ企業さんとの協業を目指すためのものなのですが。ご自身がスタートアップを経営されていることを踏まえて、どういったことをスタートアップ支援団体に求めていますか。

私は仙台市のアシスタというところに相談に行ったんですけど、申し込んでから設立するまでは本当に非常に助けていただきました。

 私は経営の勉強をしていないので、貸方・借方なんて未だにわからないんですけど、もうお金で解決しようと会計事務所に頼んでます。なのでそこのサポートをしていただけるのはすごくありがたい。アシスタさんも色々やっていらっしゃるんですけども、各自治体の商工会とかも同じようにアシストしてくれているようです。

 あとは、法人を成り立たせるために1年間どんな作業があるのかをサポートしていただけると非常にありがたい。税金関係から、労務管理とか。恐らく皆さん全くの素人だと思うので……。玄人もいるかもしれないですけど(笑)。

様々な業種と協業しながら「宇宙開発の新体制」を作りたい

ー“政府 JAXAに10年で1兆円規模の「宇宙戦略基金」設置へ”というニュースが話題になっています。

1兆円のお金というのは、これから10年間に1兆円の予算をJAXAにつけるので、JAXAから適切なところに分配してくださいという性質のものです。具体的にまだどういうものにつけるかとか、どうやって分配するかは決まっていません。

ただ1兆円のお金というのは、配るだけでも大変。色々応募が来て、それを選択して、経過をチェックしてとかいうのは、我々も非常に大きなマンパワーを割かれてしまうのではないかと。

使うのは輸送系だけではなく、宇宙開発全体、それもインフラも含めた全体。ですから新しい宇宙開発の体制を作るぐらいのレベルですね。参入する機会というのは色々あって、今まであまり関係ないと思われた土木関係なども恐らく入ってくるではないかなと予想しています。

ーこれまで宇宙ビジネスに参入する可能性は全くないと思っていた企業でも、視点をずらせば沢山の可能性がありそうですね。

最近我々のところにも、宇宙食関係をやりたいという企業さんからの問い合わせが増えています。今までは、角田宇宙センターで我々はエンジンを研究開発するのが専門なんですけど、「宇宙食も宇宙開発だ!」と気付かされたのが新しい発見でした。

20年ほど前まで宇宙食というのは、アメリカのNASA、あるいはロシアで作るのがほぼ全てだった。それで皆さんレパートリーが少なくて飽きてきたというので、各国独自の宇宙食というのも募集するようになりました。

「日本宇宙食」というのを提案されて、それが今50種類ほど。有名なサバ缶だとか、チキンラーメン系もあるし、柿の種なんかもあります。マヨネーズやしょうゆまであります。もう色々ありますよ、本当に。

「今まだないもの」を見据えて未来を描くことが大切

ーこれから10〜20年後、日常のものから宇宙の分野まで、技術革新に期待しているものはなんですか?

今ないものを予想するのは非常に難しいですが、今あるもので発展して欲しいというのはありますね。その一つが3Dプリンター。「プリンターで物ができてしまう」という技術は、これからどんどん進めていって欲しい。今のところは、できるけれど表面がザラザラになってしまうとか、色々まだ欠点があって使えないところもあります。そういう問題が解決するのは時間の問題かなと思います。

これからどんどん遠くの宇宙、月や火星に行くときに、部品が壊れたら補修材料が必要になる。でも出発時にすべての部品を持っていくわけにいかないので、3Dプリンターと電子的な図面、そして材料を持っていけば、月にある材料も加えて部品が作れる時代が来ると思います。そういう世界にならないと、月探査や火星探査は成り立たないかなと思います。

そして、今ない技術を予想するのは難しい。1990年頃に「10年後の航空技術の未来図を想像してください」という依頼を受けたことがあります。それで色々なことを話して、例えば「ハブ空港という地域ごとの中心の空港までは、でっかい飛行機で行きましょう。その先は小さい飛行機に乗り換えて目的地に行くようになります」という話をして、それは現実と大体合っていたような気がします。

その時に全く予想できなかったのが、実はGPSなんです。GPSのGの字もなかったので、予想のしようがなかった。今でこそGPSなんて皆さんのスマホにもどこにでも入っていて、自動的に「宮城県角田市」という情報が入ってると思うんです。でも、その時になかったものの予測は非常に難しい。そういうものが世の中を全く違うものに変えてしまう可能性があるということですね。

我々も「ロードマップ書いてくれ」と気軽に言われることがよくありますが、ロードマップに今ない技術を書き込むことはできないのです。今ある技術を、どう伸ばしていきますか?将来どうなりますか?は書けます。でも、今ない技術は書けない。だから皆さんもロードマップを見る時はそういう目で見て、全部信じちゃいけません。ロードマップに書かれていない技術を開発することが、本当は重要です。

「意外と壁は高くない」。宇宙開発のリアルをまずは知ってほしい

ーテクスタ宮城の今回マッチングイベントに望むことを伺えますか。

今までもマッチングイベントはたくさんあって、色々こちらから紹介したり、あちらの様子を聞いたりとやっていたのですが、なかなか成立しないんですよね。その成立率の悪さというのが、一番の問題だと思います。

その理由は、宇宙市場がまだまだ小さいということが一番の理由だと思いますが、恐らくお互いの理解不足だったり、勝手に技術的なハードルを上げてしまったりすることもあるのではないでしょうか。それを少しでも現実の世界に戻すことができれば、というところですね。私もできるだけ、JAXAの実情、宇宙開発の実情を知ってもらうところが今回の目標になると思っています。

ー学生も参加できるイベントなので、JAXAが求める人材像も伺いたいです。

JAXA全体から言うと、職員が1600名ぐらい、職員採用数というのは年間60人ぐらい。倍率から言うとすごくて、ウェブ登録が始まった当初は、申込者が1万人ぐらいだったこともあると聞いています。

全然現実的じゃないので、まずはウェブ上で現実的な数に絞って、やっと選抜が始まるという感じでした。今はそこまでは多くないようです。JAXA全体は人気があるのですが、角田宇宙センターに来る人材が少ないんですよ。今、日本の企業で問題になっている新人の採用では問題ないように見えますが、職員の定着率という観点では楽観できない、という話も聞いています。

 「角田」というと僻地に飛ばされるような感覚になるような人もいて。「こんな重要な仕事をやってるのに何事だ」と思います(笑)。そんな中でも、宇宙のエンジンに興味があって、角田に問い合わせていただいた上で採用される人材というのは非常に定着率が高いですね、そういう方をぜひ求めています。

今の時代はオンラインでの仕事も増えているので、角田に定住というのも必然ではないかもしれませんね。ですから角田と面白いプロジェクトを立ち上げて、それが終わったらまた別のプロジェクトが始まって、人が集まる。そういう連鎖が、理想的な形かもしれません。

今回もし宣伝できるのなら「ぜひ角田宇宙センターで一緒にエンジン作りませんか」と募集したいです。もしかしたら角田で、宇宙食が食べられるかもしれませんよ(笑)。

ー最後に、NASAが取り組むオープンイノベーションの話も聞かせてください。

実はここ2年間ぐらい、丸森町で、NASAが主催する公式のハッカソンをやっているんです。聞きなれない方も多いと思いますが、「NASAのデータを自由に使ってプロジェクトを考えてください」というもので、世界中で年齢制限も全く関係なく参加可能です。

もう少し具体的に説明すると、2日間泊まり込みで、2日間の間にお題を与えられて、検討結果を報告するというのを世界中でやっていて。丸森の場合は小学生やファミリーで参加する方もいるんですが、大都市の会場に行くと、大学生や一般企業が参加しています。NASAには今まで蓄積した膨大なデータがあり、このデータの「いい使い方がないか」というので、こういうプロジェクトを始めているようです。世界中の人が応募して、最終的にNASAまで残ったチームについては、そのデータをプロジェクト化しますよという催しです。このようなイベントは宇宙開発を身近に感じる良い機会になると思います。

ーそういうのにも参加したら、宇宙ビジネスへの参入アイデアも浮かぶかもしれませんね。

そうですよね。もう全世界版イノベーションですね。「意外とそんなに壁は高くないんだよ」ということを知って欲しい。最後まで生き残るのは大変ですが、参加は誰でもできるという感覚を、そこでまず持っていただくのが非常にいいと思います。

■JAXA
角田宇宙センター:〒981-1525 宮城県角田市君萱字小金沢1
https://fanfun.jaxa.jp/visit/kakuda/index.html