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【IPO達成には理由がある】気になるスタートアップのキモ解説:ジンジブ(高卒就職支援サービス)‐後編‐

こんにちは!NEWhで新規事業の伴走支援をしている谷口です。
今回は創業に至る背景や事業機会をどのように捉えたのかを考察した前編に続いて、3月22日に東証グロース市場へ上場された、高校生の就職を支援するというユニークなサービスに特化した株式会社ジンジブをケースとして、新規事業に必要な要素を整理するためのフレームワーク「バリューデザイン・シンタックス」を使いながら、サービスの特徴や強み、競合環境や今後の課題についても深掘りしてみたいと思います。企業内の新規事業の担当者、起業を考えられている方、サービスローンチ後のPMFに取り組まれている方のヒントになれば幸いです。


「高卒就職支援サービス」の市場ポテンシャルは?

前編でも少し触れましたが、ジンジブが提供するサービスのうち、主力は高校生の就職・採用支援サービスです。具体的には、高校生、採用企業双方を繋ぐ求人情報、リアル就職イベント情報、就職ノウハウの提供を行うサイト「ジョブドラフト」を中心として、オンライン/オフラインの両面で幅広く就職、採用の機会を提供されています。

大学生採用、キャリア人材採用の求人情報サイトの高校生版という位置づけですが、そもそもこの市場のポテンシャルはどの程度の規模なのか、まずそこから見ていきたいと思います。

高卒/大卒者数と求人倍率(24年事業計画及び成長可能性に関する説明資料より)
ジンジブが見据える高卒採用支援市場ポテンシャル(24年事業計画及び成長可能性に関する説明資料より)

ジンジブの説明資料によると、その数は大卒の約1/3。一人当たりの単価を大卒と同等として360億円と試算しています。前編でお伝えしたビジネスモデルの通りこのサービスの対価の支払いはすべて採用企業側ですが、そのニーズの強さを示す求人倍率は大卒の1.58を大きく上回る3.49と非常に意欲的です。

ジンジブの競合はなぜ少ないのか?ユニークなポジションを取れた理由とは?

高校生向けの求人サイトにあたる民間サービスは非常に少なく、株式会社ハリアー研究所が運営する「ハリケンナビ」がある程度。この理由として横たわるのが三者協定、高校生の間に入る高校、担当の先生との関係性を構築することが欠かせないが、この壁を乗り越えることが相当難しい、あるいは相当な労力がかかることが窺える。では、ジンジブはこの壁をどう乗り越えているのでしょうか?そこに強みがありそうです。

ここで見えてくるのが高校の先生の実態数の紙の求人票を読み込むという途方もない作業です。2000を超えるというメールや郵便で送られる求人票を一枚一枚目を通したうえで、業種別やあいうえお順でファイリングしたうえで、生徒一人一人に合わせて紙で印刷し直して配布する、そのような苦行ともいえる作業が延々繰り返されているとのこと。

これに応えるべくジンジブでは先生向けに「ジョブドラフト Teacher」を無料で提供、求人票のデジタル化と管理機能を備えるだけでなく、生徒向けの「ジョブドラフト」との連携でデジタルデータのまま、生徒へ求人情報を提供することも実現させています。お気づきの通り、高校生の就職という課題だけではなく、それをアナログな努力で支えてきた先生たちのDX課題も併せて解決しているからこそ、3者協定がありながらも教育現場に入り込めているんですね。

もっともこの領域にも競合は存在し、特化したハンディ株式会社の「Handy進路指導室」がそれにあたりますが、就職したい高校生と採用したい企業、アナログ作業に追われる先生の3者の課題を全面的に解決しているのはジンジブのユニークネスといえるでしょう。

キモは「迂回型のリボンモデル」

ECやマッチングプラットフォームのベースにあるのは皆さまもよくご存じの「リボンモデル」ですが、ここに横たわる市場原理が働かない3者協定という制約、しかも公共性の高い教育現場に対して、「間接的なステークホルダー」である先生が抱える業務負担という課題を解消、それも無償で行うことで巻き込み、高校生と採用企業を結び付けるハブとして機能させたところがキモだったと言えるでしょう。この構図は他の規制が利害関係者の間に横たわっているようなケースのヒントになり得そうですね。

障害/規制を「第三者の負担回避で経由して結ぶ」モデル(筆者作成)

バリューデザイン・シンタックス(VDS)でみてみると

今回のケースを直接的な利用料を支払う対象者である採用企業を顧客としてバリューデザイン・シンタックスに落とし込んでみると、こうなりました。コンセプトと戦略、収益と、それぞれ分けてみていきたいと思います。

ジンジブのバリューデザインシンタックス(筆者作成)

コンセプト

サービスを利用するユーザ像は、採用に苦心している中小企業の採用担当者、人事専任ではなくバックオフィス業務と掛け持ちしている方になります。直接コンタクトができない高校生へ向けて、ハローワークの固定フォーマットのなかで創意工夫するも、なかなか思いが届かず苦労されているイメージです。ジンジブのサービスを利用して、到底回り切れなかった数の高校の先生にリーチし、自社の魅力と、具体的なお仕事の内容を画像と自由な表現で伝えられることができるようになる、このメリットは大きいと思います。

コンセプトのまとめ

戦略

競合との差別化のポイントは、サービス利用のきっかけになる採用企業担当者と、高校の就職指導の先生の業務負担を大きく軽減させる充実した機能、これによって日々の業務に深く入り込み「なくてはならないツール」として使い続けられることで、後発サービスを抑止している格好です。

さらにポイントは採用企業、高校をどこまで網羅的にカバーする営業体制と、これを支える中小企業のアドバイザー的な立場にある地方銀行からの口コミ、推薦が効いていそうです。非営利である高校、先生の信頼を勝ち取るためには、地道に人と人の信頼関係を築く営業活動をいかに効率よくやり切れるかが重要になりそうです。

戦略のまとめ

収益

収益部分はシンプルに採用企業からのサービス利用料収入になります。先の戦略にあるとおり、サービス網拡大期は特に営業人件費や営業代理店にかかる手数料が規模の拡大に比例してかかり続けることになるため、コストをいかにかけずに中小企業と高校の先生とのパイプを築くか、また維持し続けるかが重要になってきそうです。

収益のまとめ

今後の課題

ここまでVDSを利用してジンジブのビジネスについて考察してきました。高校生と企業、先生それぞれにしっかりと寄り添ったサービスを作り込み、地道な営業活動によって信頼関係を築き上げ続けるということは、「与しやすいビジネス」とは決して言えず、強い信念が求められますが、それをやり切ったからこそ、上場を果たしたのだと思います。

一方でここまで分析してみると、技術や資本で他社を圧倒するような競合優位性を持っているわけではないことも見えてきます。労力の割に旨味が少ない領域からか大手が参入してきていませんが、これから少子化が進む中で高校生に関しても奪い合いが加速し、今後大手資本が優れたサービスとより大きな営業体制を持って参入してくるリスクにも備える必要がありそうです。

ジンジブが見据える高卒採用支援市場ポテンシャル(24年事業計画及び成長可能性に関する説明資料より)

また、より長期で見た場合にはそもそもの高校生自体の減少によるサイズの減少成長余地として残されているまだ関係性を構築できていない全国の高校数に上限があるということも見逃せません。現在までに全国の高校のうちの36%を開拓しているジンジブですが、逆を言えばあと64%を取り切ってしまうと、その先の成長が頭打ちになるとも言えます。この部分については、成長戦略として、3つの方針を立てられています。

・地方深耕
 営業拠点、提携銀行、営業代理店の拡大
・付加価値サービスの提供
 
掲載単価の引き上げ、代行業務など周辺サービスの提供
・業容の拡大
 
第二新卒領域、スキルアップ教育へのサービス拡大

地方深耕戦略(24年事業計画及び成長可能性に関する説明資料より)
付加価値向上・アップセル戦略(24年事業計画及び成長可能性に関する説明資料より)
業容拡大戦略(24年事業計画及び成長可能性に関する説明資料より)

さいごに

2回に渡って、株式会社ジンジブの創業から上場後の課題までを分析してきましたが、いかがでしたでしょうか?ユーザと提供者の間に規制や、商慣習上の障壁が存在しているような「大きな不」が残されているケースで、第三者を経由した形でマッチングを成立させるモデルは、大いに参考になりそうです。

一方で物理的な参入障壁を築きづらいビジネスでもあり、このリスクに対してどう優位性を保ち続けるか、頭打ちから減少に転じる市場環境のなかで、どう会社を存続させていくのかについては、同様の環境にある企業、担当者の方も多く、共感できる部分もあったのではないかと思います。

この点については、先行者としての優位性がある期間中に、ユーザ(高校生と先生、中小企業の採用担当者)の理解とエンゲージメントを高め、そこから見えてきた周辺課題や、新しい課題を見つけながら、自社のアセットを活かしてソリューションを提供していくような、事業ピボットを通したマーケットフィットを繰り返していくことが求められると考えています。

息つく暇のないPMFの旅が続きますが、それを支えるのはやはりビジネスを超えた当事者の「どうしても実現したいビジョン」と「強い意思」なのかなと改めて感じさせられたケーススタディでした。


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