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三体/劉慈欣

『三体』は中国の作家、劉慈欣(リウ・ツーシン)が2006年に連載し、2008年に単行本化されたSF小説。
2014年に英訳され、2015年に世界最大のSF賞といわれるヒューゴ賞長編部門を受賞。そして、今月いよいよ日本語訳が出版されたばかりの1冊で、なんとなく直感的に興味を惹かれてさっそく読んでみた。
400ページを超える作品だが、面白いので通常の読書ペースでも無理なく4日ほどで読み終えられた。

『三体』は3部作の1冊目にあたるらしく、すでに中国では3部作は完結している。
3部作あわせた累計発行部数は中国語版だけで2100万部に達するという桁違いの作品なのだそうだ。
さらには、amazonがドラマ化を計画しているとも言われている。

three-body problem

ネタバレしないように紹介しようと思うので、面白さを伝えるのはむずかしい。
何から話をはじめればいいか迷うが、まあ、ここからがいいだろう。

『三体』の英語タイトルは、"The three-body problem"という。
そう、三体問題
途中まで読んで、なるほど、その「三体」ね、となった。僕自身が英語のタイトルに気づいたのは、その後だ。

Wikipediaから引けば、三体問題とは、「重力ポテンシャルの下、相互作用する三質点系の運動の問題」で、「運動の軌道を与える一般解が求積法では求まらない」問題として知られている。
19世紀末にアンリ・ポアンカレが積分法の範囲では、三体問題の解析はできないことを証明した。

数学的には予測が不可能な運動。
予測ができないから、予想外のことも起こり得る。予想外なのは、通常の予測可能な世界内では起き得ないことも、予測不可能な世界では起こりえるからだ。
もちろん、予測不可能なので起こるかどうかもわからない。まさにカオスだ。

起こることはすべて物理学法則に従う

さて、唐突だが、作品中にこんな言葉が語られる。

すべての証拠が示す結論はひとつ。これまでも、これからも、物理学は存在しない。

そう。それは物理法則の外の世界のように思える。
しかし、実際にはそうではない。起こることは予測はできないまでも、それでも起こることは物理法則にしたがっているからだ。
運動の結果が数学的に予測できないから、不意に驚くような事象が起きてしまうのだけれど、どんなにそれが予想外の出来事だったとしても起こる結果はあくまで物理法則におさまることだ。

予測できないということと実現が不可能なこととは違う
数学的に予測できなくとも、物理的に可能なことなら起こりうる。どんなにそれが驚くべき現象だったとしても。
ミクロのレベルで次元が11に折りたたまれていることに関しても知るのはそれのみ、それ以上の知識は得ていない人類は、まだまだ他にも知らないことばかりで、物理学的に完璧な知見をもっていない。だから、起こりうることが数学的に予測できないだけでなく、何が物理的に可能かも十分知らないために、不可能だと思っていたことも実は起こりうる。僕らは無知ゆえに予想外の自体に驚くが、どんなに驚くべき現象もあくまで物理法則に従ったもので物理学的には驚くべきものではない。

そうした現象がこの小説内ではない何度も起こる。
相次ぐ科学者たちの自殺、突然始まった謎のカウントダウン、何の戦争をターゲットにしているのか不明ながら軍や警察を巻き込んで行われる大規模な作戦会議。
予測可能な常識的な世界のみならず、人間にとっての予測の最大の武器ともいえる科学が無効となるような危機にさらされる。

持続可能性は可能か?

三体でも予測不可能なのだから、より多くのもの同士が互いに影響を与えあうような状況でどう運動するかは、とても予測できない。
それはいまや地球環境に大きな影響力を及ぼすほどの引力/斥力をもって互いに反発しあう人間たちの未来を考える意味でもいえるだろう。

気候変動や資源問題など、自分たち自身も含めた生命や環境そのものが危機に瀕して、持続可能性をなんとか維持しようとしはじめた人間だが、多体問題さながら、その行く末は予測しようもない。

だが、問われるのは人間の持続可能性ばかりで、その他の生命の持続可能性はおざなりになる。
そのことをこの小説のなかのある登場人物がこんな風に嘆く。

いまぼくらの目の前にあるすべては、貧困の結果だ。でも、だったら豊かな国はどうだ? 彼らは自国の環境だけを守り、汚染源となるような産業は貧困国に移転する。たぶんあなたも知ってるだろうけど、アメリカ政府は最近、京都議定書の批准を拒否したばかりだ。……全人類が同じなんだよ。文明が発展しつづけるかぎり、ぼくが救おうとしているツバメも、そのほかのツバメも、遅かれ早かれみんな絶滅してしまう。時間の問題でしかない。

貧しい国々、豊かな国々、そして、それらに匹敵する力をグローバルに持ちはじめた私企業など。それらの力が互いにほかを意識しつつも利己的に動く結果が多体問題となる。

その状況において、どの選択が持続可能性につながるものなのかを予測することは果たして可能なのか? 予測できずに破滅に向かう不安に絶望するしかないのだろうか?

人類社会は、みずからが直面するさまざまな困難や問題を解決しようと努力し、地球文明をひとつの美しい未来にすべく苦闘しています。このメッセージを送信した国家は、まさにその努力に加わっています。われわれは理想の社会を建設し、それぞれの人類のメンバーの労働と価値がすべてじゅうぶんに尊重され、すべての人の物質面と精神面での需要をじゅうぶんに満たせるような、さらに完全で美しい地球文明を目指して努力しております。

この誰に向けてのものか定かではないメッセージが記され、発信されるとき、送信者はどんな未来を想像しているのか。

予測不可能な現象が次々に生じる小説を読みながら、巨大な力をもったもの同士の多体問題から生じる予想外の現象を妄想して恐ろしくなる。
体験したことのない自然災害、体験したことのない高齢化社会、体験したことのない資源不足など。

それら未知の現象を想像する術としての、シミュレーション。

VRスーツを着て仮説を立てる

小説のなかで主人公のひとりは、VRスーツを着てゲーム世界に何度か入っていくシーンがある。スーツを着ることで視聴覚的にだけでなく、体感的にもヴァーチュアルリアリティを体験できるゲームだ。

次々と起こる不可解な現象に困惑された彼を、ひとときのあいだ、困惑から逃れさせてくれる役割をするのが、そのVRゲームだ。そして、ゲームは不可思議現象の謎をとく鍵にもなっていく。

数学的に計算できないものを予測する方法のひとつは、実験してみること、シミュレーションすることだ。シミュレーションの量を重ねることで予測のための法則が見えてきて、その精度はシミュレーションが繰り返されるほど高まる。

実際、小説内には、三体問題をそうした手法を用いて解こうとする数学者も登場する。彼は、量を用いて、計算にできない予測を可能にすることを目指す。

その場面に限らず、この小説の物語のなかで反復的なシミュレーションによる解決はひとつのテーマだ。
繰り返しのチャレンジのなかで人は学ぶ。シミュレーションとはゲームの世界の話だけではない。それは現実だ。
繰り返しチャレンジすることで人類は自分たちの文明の持続可能性について学んでいく。

神も結局、物理則に従う

内部から予測できない、計画できない、制御できないとわかっても、それに挫折し、外部の神のような絶対者に頼ることは無駄だ。
その理由がこの小説では提示されている。

どんなに不可思議で、予測できないもの、つまり人間にとっては外部と思えるものでも、所詮は物理法則に従っている。
それがどんなに驚くべきものであってもそうなのだ。神的な外部もその制約を免れることはない。神も所詮は物理法則に従った動きしかとれない。たとえ、奇跡に思えても、それはいまの人類が知らない物理法則をうまく使ったから奇跡のように思えるだけだ。
飛行機も、インターネットも、きっと古代人が見たら奇跡なのだろうが、それらが物理法則に従っているのは明らか。そういうことだ。

古代の王国を想像してみてくれ。彼らの技術は進歩している。兵士のために、よりよい刀や剣や長矛をつくってきた。やがては、マシンガンみたいに自動連射できるクロスボウさえつくれるかもしれない。

言うほど、神は恐れるに足りず、数学的に予測できない対象ではあるが、時間をかけて反復的なチャレンジによって近づくことができる存在ではある。
時間をともなう継続的なチャレンジの力を甘くみてはいけない。力量差を感じる遠い存在に思えても、向こうが止まっていたら追いつくことはできるのだ。そのこともこの小説は教えてくれる。

そういう時間にともなう自らの力量の変化を加味せず、自分(たち)には無理だと嘆いたり、チャレンジすることなく自分たちの置かれた悪い状況を他人や外部のせいにして不満ばかり言い募るのは結局、物理法則をわかっていないのだ。物理法則に従えば、人は時とともに力をつけるし、事態は好転する。
不満や批判ばかり言う人はそれがわかっておらず、物理的なもの、時間的なものに抗い、馬鹿をみる。
そのこともこの小説は教えてくれる。

VR的なシミュレーションとは、結局、そうした計算不可能性を前にした人間がとりうる持続可能性のための試みなのだろう。
ただ、必ずしもVRではなくてもよい。小説という古典的なコンテンツでも同じことだ。それは物語ることでシミュレーションする。多くのことを予測できるようになり、持続可能性を高めるためには、そうしたコンテンツを読み書きすることの反復量が大きく関わるのだろう。それもひとつの物理法則だとこの本は教えてくれる。


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