棚橋弘季 Hiroki Tanahashi

人間の思考はどんなふうに作られているか?を問うことがライフワーク。とりわけヨーロッパ文化史に興味あり。中世後期から19世紀あたりまでを広く守備範囲に。渋谷のロフトワークという会社で働く人文学系ビジネスマン。

棚橋弘季 Hiroki Tanahashi

人間の思考はどんなふうに作られているか?を問うことがライフワーク。とりわけヨーロッパ文化史に興味あり。中世後期から19世紀あたりまでを広く守備範囲に。渋谷のロフトワークという会社で働く人文学系ビジネスマン。

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  • 失われた時を求めて

    1000年というスパンで「いま」を見ることで、近視眼的思考を回避する

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    読んだ本について紹介。紹介するのは、他の人があまり読んでいない本ばかりかと。

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    ヨーロッパ文化史に関する話題を中心的に扱いながら、人間がいかに考え、行動するのか?を、言葉とイメージという2大思考ツールの狭間で考える日々の思考実験場

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    ごくまれに書こうと思うであろう仕事のこと。デスマス調でお送りします。

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美しさについて考えるということ

年末年始ゆっくり本を読んだりして過ごすなか、いまの時代、あらためて美しさについて考えるということが大事だなと思った。 数年前まで「ソーシャルグッド」なる言葉が流行っていたのが、いまはそういう姿勢が当時より一般的にもマジョリティを占めるようになってきた現在、あえてその言葉は使わなくなってきたけれど、「グッドなもの、グッドなこと」を追求しようという社会的な傾向はある。ウェルビーイングという言葉がもてはやされるようになっているのも同じ流れのなかでのことだと認識している。 この「グ

    • 金融主義と個人の自由、あるいは社会からの分離

      自律分散という言葉がひとつのキーワードになっている。 新自由主義的資本主義のもと、あらゆるものが大きなグローバル金融主義システムのうちで、自由に身動きすることがむずかしくなっている状況を打開することが必要になっているからだ。 ここまで金融主義的な主体が中央集権的に権力を行使できてしまう現行のシステムにおいては、ひとつの場所での問題があっという間に世界中に影響を与え、世の中全体が混乱してしまう。パンデミックしかり、局地的な戦争しかり。 そんな環境では、レジリエンスもなにもあっ

      • グローバル・グリーン・ニューディール/ジェレミー・リフキン

        6月の21-22日の2日間、デジタル田園都市国家構想について考えるオンラインのイベントを企画、実施した。 さまざまな分野から20名を超えるゲストに登壇してもらい、9つのクロストークセッション(オープニングとクロージングを含めれば11)を行った。 「まちをつくる人を、つくる」というタイトルだったが、デジタル田園都市国家構想が掲げるウェルビーイングなまちをつくるためには、誰かがよいまちをつくってくれるのを指をくわえて待つスタイルではダメで、多様な分野の知見をもった人、さまざまな

        • ネクスト・シェア ポスト資本主義を生み出す「協同」プラットフォーム/ネイサン・シュナイダー

          最初に苦言すると、なぜ「ネクスト・シェア」なんて邦題をつけてしまうんだろう? 原題は"Everything for Everyone"である。 ようは「協同」がテーマであって、それをシェアと呼んでは焦点がボケてしまうように思う。 ネイサン・シュナイダーの『ネクスト・シェア ポスト資本主義を生み出す「協同」プラットフォーム』は、経済の民主化をテーマにする。新自由主義のグローバリゼーションと金融資本主義によった経済システムの結果、気候変動の加速、経済格差による深刻な貧困や生活困

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          社会的連帯経済 地域で社会のつながりをつくり直す/藤井敦史編著

          何気なく気になって手に入れた一冊。買ったときは「社会的連帯経済」という言葉は知らなくて、副題の「地域で社会のつながりをつくり直す」が気になったのだった。正直、そんなに期待はしていなかった。だけど、読み始めて、どんどん惹かれていく。 藤井敦史編著『社会的連帯経済 地域で社会のつながりをつくり直す』。 問題意識は、こんなところにある。 もちろん、コロナ禍はそれを顕在化させたが、そもそも80年代以降の新自由主義がもたらした共=コミュニティの破壊は、経済格差や貧困、孤独など、さ

          ボヌール・デ・ダム百貨店/エミール・ゾラ

          創造的破壊。破壊的イノベーション。 一時期に比べると、こうした言葉が聞かれる機会は減ったものの、それはむしろ、そういう意識が浸透して当たり前になってしまったからで、古くからあるイマイチな産業を根こそぎにしてしまうような新しい何かを生み出すことを目論む活動は決して減ってはいないのだろう。 メタバース、WEB3、NFTなどが話題になるのは、そうしたことの一例といえる。 けれど、破壊する方はいいが、破壊される側の人びとはたまったものではない。破壊するなというより、破壊されても破壊

          ソフトシティ 人間の街をつくる/ディビッド・シム

          2020年6月28日のパリ市長選で、現職だったアンヌ・イダルゴ市長は選挙公約に「車を使わず、日常生活を自転車で15分でアクセスできる街にする」という環境に考慮した都市計画政策を盛り込むことで再選を果たした。 多くの観光客が訪れ、交通渋滞も深刻なパリでは、大気汚染のために市民の寿命が6ヶ月短くなると言われている。また、パリ市民の平均通勤時間は45分と言われ、自動車通勤の人も多い。 ただし、自転車で15分圏内で行ける生活空間の確立を目指すこの計画は、脱炭素などの環境面の配慮だけ

          パサージュ論2/ヴァルター・ベンヤミン

          時代というものは、常に変化していくものだ。 だから、とりわけ19世紀だけが大きな変化の時代だというわけではないのは理解しつつ、ヴァルター・ベンヤミンの『パサージュ論』を読み進めていると、世紀の前半にパサージュという時代の変化を象徴するような工業製品的な街路かつ初期資本主義的な商業施設が誕生し、あてどなく街を徘徊する遊歩者という新たなかたちの人びとの類型が登場したたことも含めて、19世紀というのは、いまの時代につながる大きな歴史的転換点だったのだと、まことしやかに思われてくる

          民衆の自律の夢

          これを読むかぎり、市場経済に対するオルタナティブは、市場経済の誕生とともに生まれたと言えそうだ。 ヴァルター・ベンヤミンの『パサージュ論』を読むと、ヨーロッパ19世紀における社会の変化がどんなものだったかを感じとることができる。 19世紀の前半にまずは、パサージュが大量生産、大量消費の大衆消費社会の幕を明け、半ばになるとその舞台は百貨店が取って代わる。モードが生まれ、人びとは自分を売って、商品を買う者となる。 労働者であり、消費者であることは二重の意味で搾取される者になる

          消費者と倦怠

          消費者的。 僕らはただ待っているばかりで、期待するものがなかなか現れないと、それが当然の権利とばかりに不満をもらす。ウェルビーイングと言いながら自分に都合のよい良い現実をさも当たり前のように要求し、その実現にすこしでも障害になりそうなものがあればみずからは大した努力もしでもいないのにここぞとばかりに罵声を浴びせる。 いったい僕らは、どうしてこんなにもお気楽で傲慢な要求ばかりするのを当然の権利だと勘違いするようなご立派な身分になってしまったのだろう? 巣の中でピーチクパーチ

          学ぶことでウェルビーイングに

          昔から「教育」というものがしっくりこない。 学校というものを教育の場と捉えることに違和感がある。 というのも、僕自身が自分の人生のなかで「教えてもらう」ことに苦手意識を感じてきたからだ。教えられる形ではほとんど自分の身に知識やスキルが身についてこないように思えるからで、だから授業中もあまり先生の話は聞かずに自習をしていた。 美術や体育などの実習的な授業は、自分でやってみて、コーチング的に指導を受けられるのでそれはよかったが、講義形式の授業はまったくもって学びになるとは感じて

          まちをつくる人を、つくる

          たまには、本の紹介以外のことも書いてみよう。 まずはウェルビーイングなるものから話をはじめてみようか。 最近、仕事をするなかで、「ウェルビーイングな社会を実現する」といったテーマが明示的か、非明示的なかたちかを問わず据えられることが増えている。 背景には、岸田内閣で示されたデジタル田園都市国家構想で明示された地域が新しく目指す方向性もあるだろう。 デジタル庁から提示されている「デジタルから考えるデジタル田園都市国家構想」というPDF資料をみても、「デジタル田園都市国家構想

          パサージュ論1/ヴァルター・ベンヤミン

          街の賑わいとは、いったいなんだろう? 最近、地方のスマートシティ構想に関する仕事に関わるようになって、そんなことを考える機会が多くなっている。 ある街が賑わっているというとき、少なからずその街の経済はある程度まわっていなくてはならないだろうと思う。地域である程度経済が自律的にまわっている状態がつくれていてはじめて、街にもそれなりの賑わいが生じるはずである。だとすれば、街に賑わいをつくるためには、その地域の経済を活性化する取り組みは不可欠だ。 であれば、スマートシティ化を推

          パリのパサージュ 過ぎ去った夢の痕跡/鹿島茂

          引き続き、年末年始に読んだパリ関連の本の紹介を続けたい。 年末になる前に読み終えた『ニンファ・モデルナ』も含めて、先日、先々日に紹介したユゴーの『ノートル=ダム・ド・パリ』、そして、それを解説した鹿島茂さんの『ユゴー ノートル=ダム・ド・パリ: 大聖堂物語』と、立て続けにパリについての本を読んでみたわけだ。 その中で今回紹介するのは、ひとつ前と同じ鹿島茂さんの本で『パリのパサージュ 過ぎ去った夢の痕跡』。 薄い文庫本なのでさくっと読み終える。 2019年に最後にパリを訪れた

          ユゴー ノートル=ダム・ド・パリ 大聖堂物語/鹿島茂

          パリの街とその街の代表的なゴシック建築であるノートル=ダム大聖堂。それらへの愛を綴ったのが、ヴィクトル・ユゴーの『ノートル=ダム・ド・パリ』だ。印刷本に取って代わられる前まで、人間の知と思想をアーカイブし人びとに伝える役割を一身に担っていたのが中世までの建築だったことをユゴーは、その作品で伝えてくれる。 そのユゴーの『ノートル=ダム・ド・パリ』を読んだあと、すぐに読んだのはNHKの「100分de名著」から出ている鹿島茂さんによる『ユゴー ノートル=ダム・ド・パリ 大聖堂物語

          ノートル=ダム・ド・パリ/ヴィクトル・ユゴー

          I miss you paris. そんな思いを感じながら、ついに読んだ。 ヴィクトル・ユゴーの『ノートル=ダム・ド・パリ』。 上下巻あわせて1000ページ強の大作を年末年始またいで。年明けバタバタしていて紹介するのが遅くなったけれど、ほんとに読んでよかったと思えたパリという都市や建築に対する愛情と人びとの心からそれが失われていくことへの失望に満ちた中世の都市を舞台にした叙事詩。 それがユゴーの『ノートル=ダム・ド・パリ』だ。 近代小説の二元論的世界ユゴーのこの作品を読ん