言葉とイメージの狭間で

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イベント「コモンズを民主化する ―― ヨーロッパの公共サービスはなぜ再公営化されたの…

ようやく発表できる。 『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』の著者・岸本聡子さんを招いて、2月5日(金)にオンライン・セミナー・イベントを開催することになりました。 この企画進めているあいだ、ずっと岸本さんのお話が聞ける機会を紹介できることを楽しみにしていた。 そ…

わたしとわたしたちの危機

高所恐怖症だ。 丈夫そうな柵があったり、ちゃんと窓がある高層ビルの上とかは平気なんだけど、柵がなかったり、あってもその柵が頼りなさそうだと足がすくむ。 落ちちゃうことイメージが頭から離れなくなる。 でも、そのことに気づいたのはそんな昔のことではない。物心ついてからとか、大人になって…

Bonne année 2021

2021年、あけましておめでとうございます。 2020年、社会が大きな危機に晒されるなか、デヴィッド・グレーバーに出会えたことは僕にとって大きな出来事だったと思う(その彼が9月に亡くなってしまったことも含めて)。 グレーバーが『民主主義の非西洋起源について』で書いていた、こんな言葉が新し…

2020年の終わりに

「経済を回す」ことより「生活を回す」ことだし、 「持続可能な開発」ではなく「持続可能な生態系」を目指すことだろう。 世界的にコロナ禍に見舞われた2020年。経済や開発といった手段の継続性にフォーカスするのではなく、ほかのものには変えられない目的であるはずの生活や生命と健康をこれからも…

すべっていく言葉

すべっていく。 意味のわからない言葉が、中身をともなわないキーワードが、右から左へ、つるつる、つるつるとすべっていく。すべり落ちていく。 どこにもひっかかることなく、現れては消えていく。 あっちからこっちへ、ただ意味もなく移動するだけ。 何ももたらさずに、それに費やされる時間だけが…

図式的な理解を超えて

奇異で複雑なもの、不気味でおさまりの悪いものを、わかりやすく整えて簡単に理解してしまうことなく、見えないものも含めてありのままに受け止めていたいと思う。 それは決して知ろうとしないとか、理解しようとしないとかとか違う。 知ろうとすることや理解することとはまた別のところで、その存在…

理想ではなく現実の素材を組み立てる

仕事であたふたせずに結果を出す。 あたふたしてしまうのは、多分に現実に向き合って臨機応変に行動しようとするのではなく、自分のなかでどうすればいいだろうかとばかり考えてしまうからだったりしないだろうか。 結果というのは外に出すものだ。 だから、自分の内でばかりあたふた慌てても仕方な…

言葉とイメージのあいだの……

ヴァールブルクはすでに1902年、自分の「源泉」探しが、芸術作品をテクストによって説明することをめざすのではなく、むしろ「言葉とイメージのあいだの[人類学的]共本質性ないし本質的共属性の関連を再構築すること」をめざしているのだと記していた。 ジョルジュ・ディディ=ユベルマン『残存する…

形態(する)

形態(form)というものを静的なものとしてではなく、動的な、まさに可塑性をあらわす動詞として捉えること。 そこに芸術の可能性を感じとった人が歴史のなかには何度かあらわれていることに僕は興味をもっている。 たとえば、美術史家のアビ・ヴァールブルクもその1人だろう。 彼は、美術史(いや、…

正義の固定が正しさを奪う

ヨーロッパにおける移民の問題を取り扱って話題になった本、ダグラス・マレーの『西洋の自死』を読みながら、差別を避けるために多様性を肯定しようとする姿勢そのものがまた別の差別を生んでしまうというむずかしさを目の前にして、考えさせられている。 多様性がまた別の差別を生むというのは、たと…