論文紹介 1990年代に提案された「ネットワーク中心の戦い」の構想とは?

アメリカの軍人であるアーサー・セブロウスキー(Arthur Cebrowski)とジョン・ガルストカ(John Garstka)は、1998年に「ネットワーク中心の戦い(Network Centric Warfare: Its Origin and Future)」と題する小論を発表し、それまでの軍隊の戦い方を抜本的に見直すことを提案しました。それは軍隊の運用を人員、武器、装備といった物的な優勢に基づいて最適化するのではなく、情報通信ネットワークを通じて結びつけられた部隊の活動を局所的に最適化させた上で、それらを有機的に連携させようとするものでした。この記事では、その内容をかいつまんで紹介してみたいと思います。

Cebrowski, A. K., & Garstka, J. J. (1998, January). Network-centric warfare: Its origin and future. In US Naval Institute Proceedings (Vol. 124, No. 1, pp. 28-35). https://www.usni.org/magazines/proceedings/1998/january/network-centric-warfare-its-origin-and-future

これは軍事の論文ですが、著者らが冒頭で取り上げているのは小売業で世界最大級の規模を誇るウォルマートの手法であり、同社がいかに優れた物流管理システムを確立してきたのかを紹介しています。

ウォルマートが業界で確固とした地位を確立できたのは、競合他社に対して情報で優位に立ち、それを競争優位へ転換する仕組みを制度化しているためであると理解されています。ウォルマートは、店舗のレジで販売された商品の情報をリアルタイムで本社の端末に反映させる販売時点情報管理システム(Point of Sales system, POS system)を早くから導入し、本社からの中央統制に依存しない流通の最適化を模索してきました。それぞれの店舗では、このシステムを通じて100,000点を超えるアイテムの販売統計が毎日生成され、本社に集積されています。それらのデータを前日、前週、あるいは前年と比較し、在庫がどのような状態になっているのか、近隣のウォルマートの店舗の在庫の水準がどうなっているのかを知ることができます。また、各店舗のマネージャーはその情報をほとんどリアルタイムで把握しているので、近隣の競合他社の価格戦略に即応することが可能であり、販売量が多く、利益率が高いアイテムの販売を促進する広告を打つなど、それぞれの地域の特性に基づいた最適化を追求します。

著者らは、このような経営が可能になったのは、情報通信技術の高度化によるところが大きく、特にコンピュータ・ネットワーク中心のデータ業務が現実的な費用で実行可能になったことを指摘しています。当時、低価格なパーソナル・コンピュータが普及し始めたばかりであり、それらをネットワークで結びつけることによって、企業は大量のデータを効率的に管理する仕組みを整えることができるようになっていました。メトカーフの法則でも述べられている通り、ネットワークの価値は、ネットワークの規模の2乗、つまりコンピュータ・ネットワークを構成している端末の数の2乗に比例して増加します。ネットワーク中心の資源運用を確立すれば、その能力はネットワークの規模を広げることによって急速に強化されることになります。

著者らは、こうしたネットワーク中心の考え方を軍隊でも発展させる必要があると主張しており、それをネットワーク中心の戦いと名付けています。後で述べるように、ネットワーク中心の戦いはまったく新規な構想というわけではありません。それは消耗戦(attrition warfare)から抜け出すための構想として位置づけられており、上級部隊のトップダウンに基づく戦い方ではなく、下級部隊のボトムアップに基づく戦い方であり、そのような発想は過去に存在していました。ただ、著者らの提案は、当時の情報通信技術の進歩を取り込むという観点から出されているので、これは単なる組織構造の変革を提案したものではありません。ネットワーク中心の戦いの特徴を示すために、ここでは著者らが取り上げた敵防空網制圧(Suppression of Enemy Air Defense, SEAD)の問題に沿って説明してみましょう。

敵防空網制圧の目的は、敵の防空網を制圧し、我の航空部隊の活動を可能にすることにあります。まず、敵の航空機を空対空ミサイルで撃墜し、かつ地上に配備された敵の地対空ミサイルについても空対地ミサイルで撃破します。これらの脅威が排除されたならば、味方の航空機は航空輸送や戦略爆撃などの任務をより安全に遂行できるようになります。1970年代にベトナム戦争で北ベトナムの防空網によって多大な損失を被った経験から、アメリカ軍では地対空ミサイルの脅威に対処できる地対空ミサイルの開発に力を入れ、レーダーを放射する目標に対して有効な空対地ミサイルとして高速対放射源ミサイル(High-Speed Anti Radiation Missile, HARM)を搭載した航空機を敵防空網制圧で運用するようになりました。これは優れた武器であり、重要な技術的な進歩でしたが、形地物を用いて身を隠し、広範囲に分散配備され、素早く移動する地対空ミサイルを撃破することは以前として簡単なことではありませんでした。例えば、戦闘機が敵の地対空ミサイルを発見したとしても、その情報がHARMを搭載した航空機に到達するまでに時間がかかると、地対空ミサイルに身を隠す時間を与えるため、捕捉に失敗するリスクが増加します。つまり、情報の伝達に時間を要するほど、地対空ミサイルを撃破するために、HARMを搭載した航空機を数多く確保しておく必要が生じ、作戦遂行にとって制約となるのです。

こうした課題に対応する上でネットワーク中心の戦いが重要だと著者らは主張しています。敵の地対空ミサイルの位置座標の情報をネットワーク上で迅速に共有できるのであれば、目標を捕捉し、撃破できる確率を大幅に引き上げる効果が期待されるためです。著者らは、ネットワーク中心の戦いの有効性を裏付ける事例をいくつか取り上げていますが、その一つにアメリカ海軍が開発を続けていた共同交戦能力(Cooperative Engagement Capability, CEC)の例が挙げられています。共同交戦能力は、複数の艦艇が部隊で行動しているときに、それぞれの艦艇の情報通信システムをネットワークで結び、共同で脅威に対処できるようにする能力をいいます。例えば艦艇Aに向かっている敵航空機の脅威に対処するため、艦艇Bが艦艇Aからリアルタイムで得た情報を処理し、自艦で得た情報と組み合わせることで、より効果的な武器の使用が可能になります。著者らは、こうした手法が個別の艦艇の能力の総和以上の戦闘力を発揮できることがすでに確認されていることから、ネットワーク中心の戦いは単なる「理論」ではないとし、この構想を陸海空の垣根を超えた統合運用へ広げることの意義を強調しています。

2023年現在の情報通信技術の動向を踏まえれば、ネットワーク中心の戦いはそれほど画期的なものに見えないかもしれませんが、1998年の日本ではインターネット普及率の割合がようやく13%を超えた時期であったことを考慮する必要があります。当時としては新規性がある議論でした。

それまでにも軍事的能力を艦艇や人員の規模で比較できないという議論はありましたが、装備の性能や運用の意義が注目されていたので、著者らのように戦闘力の要素として情報機能に着目し、その機能を最大化できる装備として陸海空各戦力の垣根を超えたネットワークを重視したことは評価されるべきでしょう。ただし、著者らが構想したネットワーク中心の戦いではネットワークに対するサイバー攻撃のような側面に十分な検討が加えられていない限界があることは認識しておく必要があるでしょう。

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