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革新的な戦い方を編み出す軍事組織の特徴を分析した『柔軟性』の紹介

現実の戦争に必勝法のようなものは存在しません。状況の変化を察知し、絶え間なく研究を重ね、自らを改革し続ける能力を持つことが真の強さに繋がります。軍事史では過去の成功にとらわれたために、時代の変化に適応できなくなった軍隊の例が山のようにあり、改革の重要性は広く認識されています。もちろん、それは容易なことではありません。

今回は、軍事組織が改革に必要な柔軟性を保つ方策を考察したイスラエル国防軍の軍人の研究を取り上げ、その要点を紹介してみたいと思います。

Meir Finkel, On Flexibility: Recovery from Technological and Doctrinal Surprise on the Battlefield, Stanford Security Studies, 2011.

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軍隊は柔軟性を維持しなければならない

軍隊には国家を防衛するため、さまざまな技術革新を取り入れる準備を整えておかなければならず、その柔軟性を保持するために必要な取り組みを維持しなければなりません。これが著者の基本的な主張です。そのためには、効率性を犠牲にすることも覚悟しなければなりません。

著者は戦争には大きな不確実性があり、計画の段階であらゆる課題を予見し、それらに応じた対策を立てることは現実的に不可能であると論じています。むしろ、課題が発生した後でいかに素早く対応できるかが重要であり、これは敵が新たな技術や戦法を使って奇襲を加えてきたときに真価を発揮すると述べています。

「不確実性は戦争で最も基本的な要素の一つである。不確実性はあらゆる戦闘状況に固有のものであるが、しばしば奇襲の形態として現れる。(中略)バートン・ホーエリーの古典的著作『謀略:戦争における欺騙と奇襲(Strategem: Deception and Surprise in War)』では、奇襲の要素あるいは形態が5種類に区分されている。すなわち、意図、時間、場所、戦力、そして形式である。最後の区分が教義(ドクトリン)と技術による奇襲と関係している」(pp. 23-24)

通常、奇襲とは我が予測しない時機、場所、方法で敵が攻撃することを意味します。このような典型的な奇襲は効果がそれほど長く持続しません。しかし、敵が革新的な技術あるいはドクトリンを使用した場合、奇襲の効果は長く持続する場合があります。対応が遅れると戦闘効率が不利なまま戦い続けることになりかねないのです。

歴史的事例に基づく考察

著者は軍隊の技術革新を考える上でいくつかの歴史的事例を分析しています。その中には第二次世界大戦、中東戦争、ソ連軍のアフガニスタン侵攻の事例が含まれています。分析の手法は比較であり、著者は技術やドクトリンによる奇襲を受けたときに速やかに対応することに成功した事例として、特に中東戦争でのイスラエル軍の対応を評価しています。

1973年の第四次中東戦争でイスラエル軍がエジプト軍やシリア軍に対して高い戦闘効率を発揮できた要因として、現場の部隊に戦術上の意思決定の権限を委ねていたことを挙げています。当時のイスラエル軍はシナイ半島でエジプト軍の戦車が大挙して押し寄せようとした際に、効果的な対戦車戦術を編み出し、撃退することに成功しました(Ch. 9)。

これとは反対に対応に失敗した事例とされているのがアフガニスタンにおけるソ連軍です。ソ連軍はアフガニスタンのゲリラから限定的かつ小規模な攻撃を受けていましたが、ソ連軍は指揮統制の階層構造が極めて厳格であり、現場の部隊指揮官に戦術上の権限が十分に与えられていませんでした。このことは中東戦争におけるイスラエル軍の事例と対照的であると著者は述べています(Ch. 11)。

イスラエル軍のように組織構造で下位の部隊指揮官に行動の自由を認めることは、組織全体が統制され、効率よく動く能力を低下させる効果があります。しかし、末端の部隊が独自に戦訓を学ぶ機会を与えることに繋がるため、結果として中長期的に見れば高い効率性が発揮できると著者は考えました。

「柔軟性の費用は『高い』ものだと思われたとしても、技術、教義による奇襲に対応することに失敗した場合の費用は、柔軟性を低い水準に止めれば陸軍にとってより大きなものになるだろう。このことは、近年の紛争の事例で見てきたように、本書の理論の適用を正当化するものである」(Ibid.: 225)

戦闘力を組織化する上で一元的な指揮系統を確立することの重要性は完全に否定していませんが、しかし、そのことによって各部隊の対応に柔軟さがなくなれば、それは技術革新に対応することを困難にしてしまうのであれば、それはかえって軍隊の任務遂行にとって悪影響を及ぼすと考えました。たとえ短期的に非効率であっても、軍隊には可能な限りの柔軟さがなければならず、さもなければ敵の変化に追随することができなくなってしまうでしょう。

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