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スペースパワーの時代に古典地政学を読み直すAstropolitik(2001)の紹介

2019年12月、アメリカでは陸軍、海軍、空軍、海兵隊、沿岸警備隊に並ぶ第6の軍種として宇宙軍(United States Space Force)を創設しました。冷戦以来、宇宙作戦は空軍の分野と見なされてきましたが、この組織改編で宇宙軍が宇宙作戦の任務を遂行する体制に移行しました。これは軍事的観点で見た宇宙の利用が重要性を増していることをよく示す事象です。

エヴェレット・ドールマン(Everett D. Dolman)は国家安全保障局の分析官として情報勤務を経験した研究者ですが、彼の著作『アストロポリティーク(Astropolitik)』(2001)はスペースパワー(spacepower)の地政学的分析としてよく知られています。ドールマンは1999年に「宇宙時代における地政戦略(Geostrategy in the space age)」と題する論文を発表しており、そこで古典地政学の理論を宇宙の戦略問題に適用する視点を提示しました(翻訳された論文はコリン・グレイ、ジェフリー・スローン編『進化する地政学』奥山真司訳、五月書房、2009年に収録)。この成果をさらに発展させたのが『アストロポリティーク』であり、宇宙時代の地政学的モデルを示しています。

ドールマンは、古典地政学の先駆者としてハルフォード・マッキンダーのハートランド理論に注目しています。ハートランドとは、ユーラシア大陸の沿岸部から水路で接近できない内陸部を占める地域概念を意味します。ハートランド理論によれば、このハートランドは内陸貿易あるいは軍事戦略にとって特別な意義を持っています。これはハートランドを取り囲むヨーロッパ、中東、インド、中国を連結する地域となり得るためであり、特にヨーロッパの東部には特別な戦略的意義があるとマッキンダーは主張しました。この主張を端的に表したのが「東欧を支配する者はハートランドを制し、ハートランドを支配する者は世界島を制し、世界島を支配する者は世界を制する」というマッキンダーの警句です。

ドールマンは、広大な宇宙の中でも太陽系の範囲に限定した地政学的分析を試みていますが、そこで注目されるのはマッキンダーと同じように最も重要な交通地理上の要点を特定しようとする発想です。宇宙で人工衛星を運用する場合、地上の偵察など軍事的な任務の遂行にとって有益な軌道(orbit)のほとんどが地上3万5000キロメートル以内にあり、地球の自転と同期して周回する人工衛星の軌道は4万キロメートル以内にあります。したがって、宇宙作戦で人工衛星を運用する場合、この4万キロメートル以内を利用できる体制を構築することが目指されなければなりません。低軌道を支配する者が、地球の周辺にある空間を制し、それが引いては地球を支配することに繋がるとドールマンは主張しています。

このように、ドールマンが提案する宇宙戦略は積極的、拡張主義的なものであるため、現在の国際レジームからアメリカは離脱し、独自の宇宙戦略を推進するべきであるとも主張されています。現在の世界には大国間が無制限に宇宙開発を続ける状況に歯止めをかけるために成立した条約として宇宙条約(1967)があります。これは天体を含めた宇宙空間を全人類の共有財産として位置づけ、特定国の領有権を認めないだけでなく、大量破壊兵器の運搬手段を配備することを禁止した条約です。ドールマンは、これがアメリカとソ連の冷戦が続く中で紛争を回避するために形成された国際レジームであることを認識していますが、同時に経済的利益や軍事的優位と結びつく可能性があったアメリカの宇宙開発を妨げる効果もあったと述べています。

ドールマンは、アメリカがスペースパワーの分野で世界の最先端にいなければならないという主張を述べることを躊躇しないという点では、研究者というよりも実務家のように議論を進めています。「現代の偉大な自由民主主義国として、アメリカには宇宙ですべての人類を導き、この領域を誤って利用することを監視し、その成果の正当な配分を保証するという特別な義務が与えられている」と書いていますが、これはソ連が崩壊してから、世界の情勢がアメリカを中心とする一極化の傾向を示していた時期に書かれていることをよく示しています(p. 181)。

ドールマンの研究には、古典地政学の理論を新しい視点で読み解き、スペースパワーに関する意外な洞察を引き出せることを示したという意義がありますが、具体的な経験に裏付けられたわけではないため、批判的検証に耐えうる理論なのかどうか見極めが必要だと私は考えています。2007年にFraser MacDonald氏が「反アストロポリティーク(Anti-Astropolitik)」という論文を出していますが、ドールマンの古典地政学の適用の仕方に異議を唱えていることも指摘できます。

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