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軍備管理における検証制度の意義を論じたThe Control of Arms Race(1961)の紹介

オーストラリア出身の政治学者ヘドリー・ブルといえば、『国際社会論(The Anarchical Society)』(1977;邦訳2000)において、それぞれに独立している国家の集合である国際社会が無秩序に陥るとは限らない理由を制度的要因で説明したことで知られています。ここで述べる制度的要因としては、勢力均衡、国際法、外交、戦争、そして大国の協調の6つであり、一見すると国際秩序とは相容れないように思われる戦争も、国際秩序を維持することに寄与する制度となる場合があるとされている点は興味深いところでしょう。

国際政治学の歴史において、ブルは軍備管理の問題にかなり早い時期から取り組んできた研究者であるといえます。彼の初期の業績に『軍拡競争の管理(The Control of the Arms Race)』(1961; 新版1965)があり、(1)軍備管理の目的と条件、(2)軍縮による軍備の管理、(3)軍縮なき軍備管理、(4)継続的な技術革新の問題の4部構成がとられています。

Bull, H. (1961). The Control of the Arms Race. London: Weidenfeld & Nicholson.

この著作が興味深いのは、軍備管理を専門技術的な問題として単純化し、その目的を軍備の相対的な削減にとどめることに反対したことです。ブルは軍備管理には、より広範な機能があると考えており、それは国家間の利害の違いを踏まえた上で、可能な限り公平な秩序を構想し、それを制度化する規範、規則、手続きを作り出していくことにあると論じました。

著者が軍備管理の問題に取り組むようになった背景には、急速な核開発の進展がありました。すでにアメリカは第二次世界大戦の末期にあたる1945年に最初の核実験を成功させ、日本の広島と長崎に対して原子爆弾を投下していましたが、1949年にソ連が最初の核実験に成功し、イギリスも1952年に核実験を実施したことで、核兵器の拡散が懸念されるようになりました。原子爆弾より高出力な水素爆弾の開発も進み、ソ連では1953年に、アメリカでは1954年に、イギリスでは1957年に成功しています。また、フランスも1960年に核実験を実施し、新たな核保有国となっています。

オーストラリアは核実験を行っていないものの、南オーストラリア州のマラリンガ実験場をイギリスの核実験のために提供したことで、オーストラリア国民の間では核兵器の問題への関心が高まっていました。1960年、アメリカ、イギリス、ソ連、フランスは共同宣言を発表し、核実験を規制する枠組みの構築を目指すことで一致しました。このため、『軍拡競争の管理』においても、包括的な軍備管理の枠組みを実現する方法を明らかにすることが研究の課題となっています。ブルが懸念していたのは、持続困難な軍備管理の体制が形成される可能性であり、特に検証の問題が極めて重大な意味を持つと指摘していました(p. 11)。

国際的な取決めを遵守しているかどうかを確認することを目的として、さまざまな証拠を取得する手続きを軍備管理の用語では検証(verification)といいます。ある国が国際的な取決めに反する新しい兵器の開発を進めていたとしても、その進展を別の国が検証できなければ、国際的な合意を履行させることはできません。そのため、検証制度を軍備管理の枠組みに組み入れなければなりませんが、その際にブルは、公平性が十分に保証されなければならないと考えました。例えば、アメリカは偵察衛星が検証の手段となることを理由とし、偵察衛星それ自体を軍備管理の対象とすることには反対しました。

アメリカは1959年から偵察衛星の試験運用を開始していましたが(コロナ計画)、ソ連はこの分野で後れを取っていたので、アメリカだけがソ連に対して検証を行うことができる状況にありました。つまり、アメリカとソ連との間には、検証の能力に関して非対称性があったといえます。ブルはこのような非対称性があることを認識しているにもかかわらず、偵察衛星による検証が「双方の利益のために行われる行動」であると主張したアメリカ政府を批判しており(pp. 191-2)、これは軍備管理の枠組みを持続困難なものにする恐れがある問題であると考えられています。当時のアメリカはソ連に対して情報優勢を維持しようとしていたと考えられますが、このような姿勢は軍備管理の枠組みから国際社会全体が享受できる利益を損なうものでした。

軍備管理の枠組みを持続可能なものにするためには、検証が一部の国だけ情報を取得できることを保証するような制度にすることは望ましくありません。なぜなら、軍備管理は本質的に国際的な合意を基礎としており、当事国が相互に規範を遵守することが望ましいと思わせる制度設計が求められるためです。一方の国だけが他方の国を検証できるような不公平が残っていては、協力する場合よりも裏切る場合に期待される利益が大きくなってしまうので、軍備管理の枠組みとして脆弱なものになります。ブルは、基本的にソ連に対する抑止態勢の必要性を認めてはいましたが、アメリカが国際社会の全体的な利益ではなく、自国の個別的な利益を追求したときには、容赦なく批判を加える研究者でした。彼の視点は軍備管理のあり方を考えるだけでなく、情報収集技術が国際的に拡散し、国際規範に違反する行為を各国が相互に監視できることが、国際秩序の安定化に寄与する要因であることを認識したという意味でも有意義なものであったと思います。

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