なぜ中途半端な規模の核兵器では抑止の役に立たないと考えられているのか?

ある国が戦争に訴えることを思いとどまらせるため、自国に武力を行使してでも抵抗する意志と能力があることを伝えることを抑止といいます。冷戦期に核戦力は抑止のための戦力とされ、アメリカやソ連といった大国だけでなく、イギリスやフランスでも少数ながら配備されるようになりました。

アルバート・ウォルステッターは、こうした中途半端な戦力規模しか持たない核保有国の戦略を批判したことで知られています。彼は冷戦期にランド研究所で核戦略の研究に従事した専門家であり、アメリカ軍が核戦力によってソ連軍の攻撃を抑止するためには、第一撃を受けたとしても、反撃を加えることが可能な能力、すなわち第二撃(second strike)の能力を持たなければならないと主張しました。例えば、ソ連から先制された場合に、アメリカが第二撃によってソ連に甚大な被害をもたらす態勢をとることで、核抑止の効果が得られる、と彼は考えていました。

ウォルステッターの業績で有名な「壊れやすい恐怖の均衡(The Delicate Balance of Terror)」(1958)では、核抑止が成り立つためには、単に核兵器を持てばよいというわけでも、また多数の核兵器を持っていればよいというわけでもない理由が説明されています。議論の軸にあるのは財政的な負担の重さです。重要な当時のウォルステッターが計算したところ、1949年時点でアメリカ軍が核ミサイルを配備するために必要な費用は1基当たり3万5000ドルでしたが、1957年には200万ドル以上に膨張しています。このような調達価格の高騰を考慮した場合、多数の核兵器を保有する戦略構想には限界がありました。

さらにウォルステッターは、核兵器から核抑止の効果を引き出すためには、保有国が確実に相手に報復が可能な態勢を維持する必要があり、さまざまな課題を乗り越えなければならないと指摘しています。(1)予算制約がある中で配備が可能な核戦力は限定されているという現実が、核抑止の前提として置かれなければなりません。敵から核攻撃を受ける事態になったとしても、(2)ある程度の戦力が残存できる態勢であること、(3)我が方が報復を決定し、それを各部隊に伝達できること、(4)航空機やミサイルに十分な燃料が搭載されていること、(5)敵の防空網を突破できること、(6)敵目標が分散されており、あるいは防護されていても撃破できること、以上の6種類の条件を満たす必要があります。

これらの条件をすべて満たすような核戦力の態勢を完成させることは財政的に容易なことではありません。例えば、戦略爆撃機、弾道ミサイルを配備する場合、敵の第一撃で全滅することがないように、広範囲に分散させることが防護として有効ですが、部隊の数が増えるほど費用も増加します。潜水艦発射弾道ミサイルであれば、敵の第一撃で撃破される危険は少なくなりますが、政府が報復を決定した場合に、それを部隊に伝達する通信手段が課題となります。核戦争の混乱の中で生き残れる通信系が必要です。報復を実行できたとしても、敵国の防空網を突破することができるかどうか、対爆性能を付与された施設を撃破できる程度の正確さで弾頭が命中するかどうかも検討を要する事項です。これらの問題を包括的に検討した上で、アメリカが第二撃能力を行使できるような態勢を確立しなければならないというのが、ウォルステッターの立場でした。

後にウォルステッターは「核共有:NATOとN+1(Nuclear Sharing: NATO and the N+1 Country)」(1961)で「大国を抑止する上で問題となるのは、その大国が採用する対抗措置によって抑止の要件が変化していくため、継続的な取り組みが求められることである」とも述べています(p. 364)。抑止したい相手の軍拡の動きに対し、報復能力に信憑性を持たせるような軍拡ができなければ、核兵器だけあったとしても抑止を実現することができなくなることを彼は懸念していました。この負担の大きさを認識していたので、ウォルステッターは核抑止が中小国にとって最適な戦略目標ではないと考えていました。もちろん、NATOの加盟国であるイギリスとフランスは核保有国ですが、彼は「両国の核戦力を整備したことは、通常戦力による防衛のために同等の支出を行った場合と比べると、攻撃能力、防御能力のいずれにも大きく貢献していない」と評価しています(Ibid.: 370)。むしろ、通常戦力の増強を図った方が、よほど有効な投資であり、イギリスやフランスの核戦力では、ソ連のような大国を抑止することは困難だとされています。

当時、ウォルステッターの議論に対しては、いくつかの批判も加えられており、私個人の見解としても、核抑止の要件に関しては議論の余地があると思います。たとえわずか1発だとしても、報復が可能であるのであれば、相手国の首脳部の意思決定に影響を及ぼせる可能性はあると思われるためです。ウォルステッターは、ソ連が許容できる損害がかなり大きなものであると想定していたので、大規模な報復が可能な場合にのみ核抑止が機能すると推定したのだと思います。核兵器による報復が実効性を持つために、6つの条件を考慮に入れる必要があるという彼の議論は今でも一定の妥当性があり、核戦略への理解を深める上で意義があったと思います。

参考文献

Wohlstetter, A. (1958). The Delicate Balance of Terror. Santa Monica: RAND
Wohlstetter, A. (1961). Nuclear Sharing: NATO and the N+1 Country. Foreign Affairs, 39(3), 355. doi:10.2307/20029495

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