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航空戦略家ドゥーエは空軍の所要兵力をどのように見積もっていたのか?

イタリアの軍人ジュリオ・ドゥーエ(1869~1930)は航空戦略の先駆者であり、今でも軍事学では広くその名が知られています。彼は航空機を陸海軍の補助として運用するのではなく、独立した空軍という軍種として運用することを主張し、敵の航空戦力を航空戦によって撃滅し、航空基地や生産拠点も破壊敵は飛行ができなくさせることを重視しました。

このようにして、敵国に対する制空権を獲得することに成功すれば、陸上戦、海上戦によらずとも、敵を屈服させることができるというのがドゥーエの戦略思想でした。

ドゥーエは陸海軍がそれぞれの作戦を支援する航空機を保有することは否定していませんが、それらの戦力はあくまでも陸上作戦、海上作戦のための戦力であるため、本当の意味での航空作戦を遂行するためには、独立した空軍が必要だと考えています。空軍の基本的な目標は、敵のあらゆる飛行手段を破壊することであり、その目標の妥当性をドゥーエは独特な表現で次のように説明しています。

「鳥を完全迅速に抹消するには、単に空中で発見されるものを殺すだけでは十分ではない。事実このやり方は効果的ではない。なぜなら、無限の空間を飛行する鳥を全て探し出すことが困難であるとともに、手つかずの巣と卵が残っているからである。むしろ、巣と卵の全部を消滅させることが効果的な手段で、長期的観点からみればこれが鳥を永久に空中から抹消する方法である」(邦訳、ドゥーエ『制空』55頁)

ドゥーエが敵の航空基地、産業施設、政経中枢を攻撃することをいかに重視していたのかが分かる比喩です。彼は爆撃機で編成された部隊の方が、戦闘機で編成された部隊よりも重要だと考えていました。爆撃機の役割は地上目標を攻撃することですが、戦闘機の役割は空中戦闘を通じて爆撃機を掩護することにすぎないためです(同上、57頁)。つまり、戦闘機は最終的な目標の達成には寄与できないのです。

ドゥーエは、国防上必要とされる爆撃機の数を見積もるために、次のような定量的な推計を行っています。それは単位面積あたりに必要な爆撃能力を推計した上で、所要の爆撃機の数を見積もるという方法です。

「爆撃部隊は特定の区域内のすべてを破壊できなければならないと述べた。私見ではその区域は直径500メートルの範囲である。この区域が爆撃部隊の所要を算出する基礎となる、破壊区域と呼ぶべきものである。区域の大きさが確立したならば、次にこの破壊区域にあるすべてのものの破壊に必要な爆薬、焼夷剤、有毒ガス剤の所要量を決定する。
・・・(中略)・・・
 100キログラムの破壊材料が半径25メートルの範囲を完全に破壊できるとし、平均して爆薬重量の2分の1が破壊材料の重量とすれば、直径500メートルの破壊区域のためには、20トンの爆弾が必要となる。爆撃機が2トンの爆弾を搭載できるとすれば、爆撃部隊はこの飛行機10機で編成されなければならないという結論となる。この仮定は現実の条件にならっていて、ほぼ実情に近い状況である。もちろん、爆撃部隊の編制や細部を検討するには、実際の運用の結果を基礎にする必要がある」(同上、58頁)

例えば、ドゥーエは2トンの爆弾を搭載して飛行することが可能な爆撃機500機を保有する空軍は、半径250メートルの破壊区域50か所に対して1日ごとに攻撃を加えることができると見積もっています(同上、59頁)。あとは敵の航空戦力を撃滅するために破壊すべき攻撃目標をターゲティングによって割り出し、自軍が保有する航空戦力をそれぞれの攻撃目標に割り当てればよいでしょう。あとは、攻撃目標がどれほど敵国の内部で広く分散しているか、航空作戦を遂行するために費やすことができる日数が何日かによって、所要兵力を導き出すことが可能です。

ちなみに、「100キログラムの破壊材料が半径25メートルの範囲を完全に破壊できる」という想定を立てていることから、ドゥーエが爆風で建物を倒壊させることが可能かどうかで有効な威力を判断していることが推測できます。

国連軍縮部で定められた弾薬の安全管理の指針「国際弾薬技術ガイドライン(International Ammunition Technical Guidelines)」で参照されているKingery-Bulmash方程式を使い、100キログラムのTNT(トリニトロトルエン)が爆発したときに、25メートル先の地点で入射波の圧力を計算すると、37.99キロパスカル(0.38kgf)、また反射波の圧力を計算すると87.08キロパスカル(0.88kgf)となります。これらが合成して融合波になるとさらに強い圧力が建物に加わるので、通常の建物であれば、十分に機能を奪えるだけの威力が期待できます。

このように爆弾の威力を定量的に把握すれば、敵空軍が基地の防護を強化した場合、我が空軍が準備すべき攻撃能力が増大することも理解できるようになります。爆心地から25キロメートル先に位置する鉄筋コンクリートの構造物を破壊したい場合、100キログラムのTNTでは威力が不足する恐れがあります。最低でも1.5倍、可能であれば2倍の威力は必要です。つまり、我が方は同じ目標を達成するために、より多くの爆弾を投下する必要があり、それを運搬するためにより多数の航空機を揃えなければならなくなるでしょう。

現代の研究水準を踏まえると、ドゥーエは航空戦略の最も重要な問題であるターゲティング、つまり、どのような目標に対して航空攻撃を加えるべきかを分析する手順については、十分に議論ができていないという課題があります。ドゥーエの議論から示唆されているのは、飛行場、補給処、工場設備ですが、これらをどのようにグループ化し、どのような優先順位を付与すべきなのかという論点に関しては必ずしも明らかではありません。

参考文献

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