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メモ 仮想敵国とは何か? なぜ軍隊は仮想敵国を設定するのか?

仮想敵国は、軍隊が近い将来に戦争が勃発する危険を予想し、敵対することを想定する必要があると認められた国のことをいいます。1か国だけでなく、複数の国が仮想敵国として想定される場合があります。

仮想敵国は必ずしもその時点で深刻な対立関係にあることを意味するわけではありません。つまり、仮想敵国だからといって、その国と直ちに軍事的に衝突することを想定しているわけではありません。軍隊が仮想敵国を設定する理由については、19世紀後半に活躍したアメリカの軍事著述家アルフレッド・セイヤー・マハンが説明しています。

マハンは、軍備の整備に何年もの歳月を費やさなければならないため、長期にわたる計画が必要であり、そのために仮想敵国が設定されると説明しています(『マハン海上権力論集』188-9頁)。5年後、10年後に自国を取り巻く国際関係がどのような変化を遂げているのかを予測することは難しいことです。しかし、軍備の整備に長い時間を要するため、将来的なリスクを考慮して仮想敵国を設定し、その国が持つ軍備を一つの手がかりとして使います。

仮想敵国との関係が良好に維持され、衝突することがなければ、軍備は結果的に不要となりますが、マハンは軍備の整備では自国にとって最悪のシナリオを考慮する必要があると主張しました。具体的には「将来維持すべき軍備量を規定するにあたって、どの程度の軍事的予防策を講じる必要があるのか。その標準となるべきものは、最も起こりそうな危険ではなくて、最も恐るべき危険である」と述べています(同上、191-2頁)。

これは不経済な考え方かもしれませんが、その点については「軍備においても、大は小を兼ねる」だけでなく、国防の失敗は直ちに国家の存立それ自体を危うくすることを考慮しておく必要があるとマハンは必要性を訴えました(同上、193頁)。

さらに、マハンは自国の政治的目的が消極的、防衛的なものであっても、軍事的手段として防御に終始する程度のものしかなければ、敗北が避けられなくなるとも予想しました。したがって、政治的目的が防御的であったとしても、敵に対して打撃を加える能力を準備しておくべきだと論じています。

「まだ戦争が一つの可能性でしかない段階だと認めていても、自国にその準備が整っていることを願う者ならだれでも、戦争準備の明確な基本思想をまず心に銘記すべきである。すなわち、ある戦争がその原因および政治的性格からして、いかに守勢的なものであろうとも、守勢のみに終始する戦いは負け戦さである、ということである」

(同上、203頁)

以上がマハンの軍事行政に対する基本的な考え方ですが、仮想敵国の軍備とまったく同程度の軍備を持たなければならないと主張していたわけではありません。仮想敵国が我が国に対して「指向可能な部隊」がどの程度であるかを明らかにし、それを自国として整備する軍備の標準にするべきだと述べています(同上、204頁)。ここで述べられている指向可能な部隊とは、実際に仮想敵国が自国に対する作戦で使用可能な部隊であり、それは仮想敵国が保有する部隊の一部分にすぎません。

例えば、仮想敵国が広大な領土を持っていた場合、戦争になったとしても、別の正面に対して部隊を配備し続けなければなりません。つまり、自国に対する指向可能な部隊の規模は、それだけ小さくなると考えられます。そのため、仮想敵国の軍備の総量と同程度の軍備を整備しなければ、適切な軍備の水準を維持できないわけではありません。自国の領土で多くの部隊を動員できる仮想敵国であったとしても、戦略機動に使える船舶や航空機など、遠隔地に部隊投入(power projection)を行うための手段が乏しい国家は指向可能な部隊の規模が極端に制限されるはずです。逆に、部隊の総量が変化していないとしても、部隊投入の能力が向上しているのであれば、それは指向可能な部隊の増加に繋がります。

現在、軍隊が所要の軍備を見積る方法は複雑化しているため、このマハンの考え方がすべてではありません。近年の安全保障環境では、共通の仮想敵国を持つ国々が集まって同盟関係、友好関係を結び、それぞれ整備する軍備の規模や構成に関して話し合うことも増加してきています。これはマハンの時代にはほとんど見られなかった軍事行政のパターンであり、航空機のような高額化が進む装備の共同開発や武器移転などとの関連も大きくなっています。

参考文献

麻田貞夫編訳『マハン海上権力論集』講談社、2010年

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