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現代の軍隊の武器が高すぎる理由を考察したArming America(1974)の紹介

20世紀の科学技術は、軍隊が運用する装備品を効率的にする上で大きな効果がありましたが、それは同時に装備の高額化を招いています。各国では装備の費用が膨張する傾向に歯止めをかけようとしてきましたが、それは簡単なことではなく、特に航空宇宙分野の研究開発にかかる費用は莫大です。

フォックス(J. Ronald Fox)の著作『アメリカを武装する:アメリカはいかに武器を買うのか(Arming America: How the U.S. Buys Weapons)』(1974)は、この問題をいち早く分析した代表的な業績です。かなり古い著作ではありますが、そこで取り上げられているテーマは今でも重要であり、その手法も議会証言、政府会計の報告、国防総省の資料、防衛企業の関係者の証言などを組み合わせた重厚な記述です。軍隊の調達行政では、いかに惰性が働きやすいかを明らかにしています。多岐にわたる議論が展開されていますが、ここではいくつかの論点に絞って紹介します。

著者がアメリカ軍の調達行政の問題に関心を持つようになったのは、ハーバード大学で経営学の研究に従事していた1959年以降のことでした(p. 7)。当時、ハーバード大学の経営大学院であるハーバード・ビジネス・スクールにいたリビングストン(J. Sterling Livingston)教授は、潜水艦発射弾道ミサイルであるUGM-27、ポラリスのプロジェクト管理の業務に携わっていましたが、著者は彼の下で助教(research associate)として業務に参加しており、実務的経験を積むことができました(Ibid.)。

1957年にソ連が初めて人工衛星スプートニク一号の打ち上げに成功し、弾道ミサイル攻撃の技術を獲得したことから、アメリカでは核抑止の観点から、敵の第一撃で撃破されないポラリスの配備を急いでいました(スプートニク・ショック)。このポラリスのプロジェクトを円滑に推進するために考案されたのがプロジェクト評価・見直しの技術(Project Evaluation and Review Technique, PERT)であり、著者はPERTの実務を通じてアメリカ海軍の装備調達に対する理解を深めていきました(Ibid.)。1963年から1965年までアメリカ空軍副次官補(Deputy Assistant Secretary)として空軍の調達行政の経験も積みました(Ibid.)。いったんハーバード大学に戻りますが、1969年から陸軍長官補佐官として、陸軍でも調達行政を見ることになりました(Ibid.: 7-8)。1971年に大学に戻ってから、著者はアメリカ軍の調達行政における非効率性が何に由来するのかを分析し、その改善を図ることの重要性を主張しました。

著者は、この問題を考える場合、その歴史的な背景が関係していることを指摘しています。1947年に制定された軍隊調達規則(Armed Services Procurement Regulation, ASPR)は100頁から125頁と短くまとめられていましたが、1973年には3,000頁に膨れ上がり、規則の内容も極めて複雑になりました(Ibid.: 14)。さらに状況を複雑にしているのが、現代の武器は体系化、システム化が進んでいることです。装備品は動力機構、電子機器、火器、誘導装置、航法装置などの要素から構成されており、またそれを稼働させるためには多種多様な整備施設、交換部品、通信装備、要員の教育訓練が必要です。このため、複数の専門家が、ある特定の装備品の費用分析を行った場合、その分析結果が大きく異なるという事態が起きます(Ibid.: 15)。調達行政の複雑さがあるために、さまざまな非効率が入り込んできます。

また、これとは別の問題として著者が指摘しているのは、軍隊の装備品の調達業務を規則の通りに実行すること自体に難しさがあるということです。単純化すれば、調達業務は計画、研究、開発、試験、評価という準備の段階と、装備品を実際に製造していく実行の段階に分けることができます。理論的に考えれば、第一の段階で失敗し、試験で要求性能を満足させる結果が得られなければ、企業は次の段階に進むことができません。しかし、調達業務の現実はそうとは限りません。つまり、政府が企業から不満足な装備品を調達し、その結果として大きな問題に繋がることがあるのです(Ibid.: 18-9)。著者は、こうした事例としてジェネラル・ダイナミクスが開発した戦闘機F-111、ロッキードが開発した輸送機C-5Aなどを挙げています(Ibid.: 19)。企業の開発が成功し、試験で要求した性能を満たしても安心はできません。製造に移行した後で、何らかの技術的な問題があることが分かった場合、企業は初期の設計を変更する場合があり、この度重なる設計変更が調達単価を押し上げていきます(Ibid.: 20)。設計の変更は企業にとっても大きな損失を伴うものであり、研究開発に費やした費用を回収することを難しくします。防衛調達に費やされている予算の内訳で研究開発の割合は1964年に25%を超えるなど、増加する傾向が続いています(Ibid.: 26)。

軍事学、特に防衛経済学では軍事予算が重要な定量分析の対象とされていますが、ここで示した著作から学ぶことができるように、軍事予算がどれほど効率的に使用されているのかを探ることも重要な課題です。この著作では、予算統制のために国防総省だけでなく、議会の委員会制度がどのように関与しているのかという点についても議論しており、政治学の研究者にとっても興味深い内容だと思います。

見出し画像:Navy Petty Officer 3rd Class Crayton Agnew

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