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論文紹介 目標が適切でも、十分な資源がなければ、よい戦略とはいえない

合理的な意思決定のためには、直観や感情に逆らい、論理や計算に従って思考を進めることが必要となります。軍事学では、このために一定の原則や方法が提案されていますが、その一つとしてアーサー・リッケが提案したモデルが知られています。その特徴は戦略を目標、構想、資源の組み合わせと捉えることであり、軍事的な意思決定の場面でしばしば参照されています。

Lykke, Arthur F. 1989. "Defining Military Strategy," Military Review, Vol. LXIX, No. 5, pp. 2-8.

このモデルの原型はマクスウェル・テイラー(Maxwell D. Taylor)によって考案されたものであり、テイラーは戦略を目的、方法、手段の集合として定義できるという立場をとりました(Lykke 1989: 2)。著者は、「この概念的アプローチは戦略、作戦、戦術という戦争の三つのレベルのいずれにも適用可能である。戦略家、政策立案者、軍団司令、分隊長は誰であれ、ある目的を達成するために手段を活用するための方法を考察するのである」とその意義を評価しています(Ibid.: 4)。

もし軍事戦略を目的、方法、手段という三つの要素の集合として考察するのであれば、考察の範囲は軍事的領域に限定されるので「軍事戦略=軍事上の目標+軍事戦略の構想+軍事的資源」となります(Ibid.)。このような定式化から分かるのは、軍事戦略の研究では、どれほどの「軍事的資源」を運用することができるのかを考慮に入れることが必要であり、単に目標を設定し、それを達成する方法を考慮するだけでは不十分であるということです。

これまでの戦略の研究では、まさに「軍事上の目標」と「軍事戦略の構想」だけを考察の対象とすることで満足するものが少なくなかったと著者は批判しています。ただ、軍事戦略は実行の手段までを考慮に入れないという考え方は相当に根強いものであると想定し、著者はクラウゼヴィッツが戦略の考察において「数的優勢」を重視していたこと、ブローディが戦略の研究で「武器体系」の選択を問題にしていたことを指摘し、従来の見方が間違いであると主張しています。

「一部の読者はこの考えに疑問を抱くかもしれない。それは軍事的資源が戦略を支える必要があるものの、それは戦略の要素ではないと考えるためである。彼らは軍事戦略を軍事上の目標と軍事戦略の構想に限定するだろう。しかし、数的優勢の重要性に関する議論において、クラウゼヴィッツは軍隊の規模の決定は「確実に戦略の中心的要素の一つである」と述べた。またバーナード・ブロディは「平時における戦略は、どの武器体系を選ぶのかによって反映されている」と述べた」(Ibid.)

もし戦略の研究において、資源、手段、能力の考慮が不十分であれば、その戦略で追求された目標が現実的に達成可能な水準であるのか、採用した構想には妥当性があるのかを判断できなくなります。著者はこの論点をさらに掘り下げるために、失敗のリスクを見積ることの重要性を説いています。

著者はリスクの定義として「損害ないし被害の可能性」または「目標の達成に失敗する可能性」と述べており、その戦略にどのようなリスクがあるのかを評価することは戦略の研究において非常に重要なことだと論じています(Ibid.:6)。例えば、「国家安全保障を確かなものにするには、軍事戦略の三本の『脚』が存在するだけでなく、それらが均衡していなければならない」と述べています。これは著者が戦略を構成する目標、構想、資源に不均衡な点があると、目標を達成することができなくなる恐れがあると見ていたために他なりません(Ibid.)。

軍事学という領域で戦略がどのような意味で使われているのかを改めて確認し、机上の空論に陥らないように注意を払うことは適切なことだと思います。もし戦略を考えるのであれば、達成すべき目標を明確化し、その行動方針を構想として具体化することはもちろん重要ですが、その戦略を実行するために必要な各種資源が十分に利用できるのかを忘れずに確認しなければならないでしょう。

見出し画像:U.S. Department of Defense

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